気付けば短い秋も終わり、冬に差し掛かった頃、すっかり冷たくなった空気の中で、久しぶりに教会にいるリヒトさんの姿を見つけた。
「リヒトさん……!」
「おや……奇遇だね。ユウヒくん」
彼がいたのは、罪が眠る裏庭ではなく、礼拝堂の中だった。
奇遇なんかじゃない。あなたを毎日探していました。
なんて、そんなことを言えるはずもなく、ぼくは手招きされるまま飛び付きたい気持ちを抑えて、そっと隣に腰かけた。
木製の長椅子の冷たさを感じつつ、ちらりと横目で彼を見上げる。夏よりも淡く感じるステンドグラス越しの光に彩られた横顔は、この教会で何よりも神聖なもののように見えた。
「今日は寒いね。もうすっかり冬だなぁ……」
「そう、ですね……今夜にも雪が降るみたいですし」
「そうなんだ? 通りで冷えるわけだ。ユウヒくんは、夏と冬どっちが好きかな?」
のんびりと世間話をするリヒトさんの思考は、相変わらず読めない。久しぶりの再会に少し緊張していたぼくは、彼の問いかけに思わず本音を口にする。
「えっと、その……夏が好きです。リヒトさんに会えた季節だから……」
リヒトさんはぼくの答えを聞いて、面白い冗談を聞いた時のように笑った。
「ふふ、僕ありきなんだね? ……だったら、僕に会う前の世界は、あんまり好きじゃなかったのかい?」
リヒトさんに出会う前の世界を、ぼくはぼんやりと思い返す。
居場所のない『はみ出しもの』の孤独な人生。この教会で、唯一の友達だった猫のミーティアを愛でている間だけは、幸せだった。
少し砂っぽい柔らかな毛並みも、固くなってざらついた肉球も、小さく伝う鼓動も、寄り添う温もりも、ぼくにとっての宝物だった。
けれどその幸せは、長く続かなかった。ぼくが最悪のかたちで終わらせてしまったあの束の間の日々。
罪の重さに耐えきれず、苦しみに押し潰されそうだったぼくを救ってくれた、夏の幻のような美しい神さま。
「……はい。ぼくの世界は、暗闇でした……リヒトさんに会えて、ぼくは光を知ったんです」
「……そう。きみの見つけた光は、そんなにいいものじゃないと思うけどなぁ」
「いいとか悪いとか、そんなの関係ないです。ぼくにとっては、リヒトさんは神さまですから」
「……光で、神さまか。僕はずいぶんと、きみの中で神格化されているんだね」
恍惚と見上げたその先で、リヒトさんは肩を竦める。眉を下げて微笑むその顔は、困っているような照れているような、悲しんでいるような喜んでいるような、なんともいえない表情だった。
「まあ……きみがもう少し大人になったら、また別の答えに辿り着くかもしれないし、今はそれでもいいか」
「……ぼく、夏より随分背も伸びました。声変わりだって……。もうリヒトさんが思うより、ずっと大人です」
「ああ、確かに。大きくなったね……ふふ、そっか。子供の成長は早いなぁ」
子供扱いされていることに悔しさを感じるけれど、仕方ない。事実僕はまだ未成年で、彼からすれば子供だろう。
相変わらず線引きはするけど突き放しもしない。そんな彼の距離感に救われながら、ぼくは大人になってもこの光を失いたくないと願った。
「……ところで、今日はどうしてここに?」
ぼくがリヒトさんに会うために毎日のように通っているなんて知るはずもない彼は、当然の問いを持って首を傾げる。
「え……えっと」
「何もないなら、今日はもう帰るといいよ。近頃暗くなるのも早いからね」
「えっ……!?」
せっかく会えたのに、もうお別れなんて嫌だった。立ち上がるリヒトさんを目で追いながら、ぼくも立ち上がる。
すると最初に会った時よりも、身長差がなくなっていることに気付いた。彼に近付けた気がして、なんだか嬉しくなる。
「あの、リヒトさんは?」
「僕は……今日も裏庭に用があって」
彼の裏庭への用事。それが何を意味するのか、すぐにわかった。
「なら、ぼくも手伝います!」
だからもう少し傍に居たい。そう思うのに、彼はぼくをじっと見て、緩く首を振った。
「ううん。大丈夫だよ」
「え……? どうして……」
「きみは今日、埋める罪はないだろう? 僕に付き合って手を汚す必要なんてないんだから。……雪も降るなら大変だし、いい子は早く、あったかいお家にお帰り」
リヒトさんはそう言って、ひらりと手を振り、ぼくを置いて礼拝堂から出て行ってしまった。
一人取り残されたぼくは、追い掛けることも出来ず再び長椅子に座り込む。
「え……あ……リヒト、さん……」
いい子。あの時と同じ褒め言葉なのに、どこまでも優しい線の引き方。それはきっと正しくて、だけどぼくには残酷だった。
罪がなければ、ぼくは彼の『共犯者』になれない。神さまの隣に居ることができないのだ。
苦しみから救われるためにここに来ていたのに、ここに来るためには苦しみを得なくてはいけない。
やがて裏庭から響く土を掘り返す音にそう悟ったぼくは、裏庭に立ち寄ることなく、静かに教会を後にした。



