ぼくの神さま。


 今日の穴は、すでにほとんど土に覆われ埋められていた。中に何が眠っているのかわからない。
 昨日土から露出していた血の気のない指先は正直言うと怖かったから、少し安心した。
 リヒトさんの隣で穴の中をじっと見ていると、彼はシャベルを動かす手を止め、そっとその柄をぼくの方へと差し出した。

「今日も何かを埋めたいのかな?」
「え……」

 なにも話していないのに罪を見破られた気がして、ぼくは一瞬固まる。

「昨日の今日でこんなところに来るのは、恐怖から安全を確認するためかと思ったけれど……それにしては逃げずに近付いてくるし。……さっきから、ポケットを気にしているようだったから」
「……あ、これ……は」

 リヒトさんは、身近に居る誰よりもぼくのことを考え、ちゃんと見ていてくれているのだと、なんだか照れくさくも嬉しくなる。

「小さいものなら、一緒に埋めていいよ。いちいち掘るのも手間だろうしね」
「……」

 ぼくの罪を、リヒトさんの罪と同じ穴に埋めてもらえる。
 そんな魅力的な誘いに、ぼくはおずおずと、ポケットから壊れたオレンジ色の櫛を取り出した。

 先程は怖くて細かく見ていなかったけれど、ぼくが壊した曲がる部分は花の形になっていて、女子の好きそうなデザインだった。
 あきらかにぼくの物ではないそれを見下ろして、リヒトさんは持ち主を問うこともなく首を傾げる。

「おや、結構割れてしまっているね。……もう使えないし、捨てるかい? それとも、一緒に埋めてしまおうか?」
「はい……埋めます。これも、ぼくの罪だから」

 どんな罪も、許してくれるリヒトさんの前でなら臆せず曝すことができる。それはとても幸せなことだった。
 今までのように、隠して一人抱え込む必要がない。苦しみの中で与えられる理不尽な痛みを、罰とする必要もない。
 シャベルを借りて櫛を同じ穴に埋めながら、あんなにも重かった心が軽くなっていくのを感じた。

 やがて綺麗に埋め終わってから、地面をならし、ぼくは一息吐く。シャベルの片付けを買って出て、教会の建物に隣接した物置小屋へとそれを運んだ。
 物置小屋は廃墟にしてはしっかりとしていて、鍵もかけられるようだった。ぼくの隣でその鍵を指先で弄ぶリヒトさんは、ふとぼくに問いかける。

「……ねえ。今日の穴の中身は何かと、きみは聞かないのかい?」
「え……?」
「昨日、僕の埋めたものの一部を見て、怯えていただろう?」

 昨日腰を抜かしたことを思い出し、思わず足を止める。あの時確かに感じた恐怖と、情けないところを見せて恥ずかしい気持ち。けれどぼくは、目を逸らすことなくリヒトさんを真っ直ぐ見上げた。

「……確かに、見た目は怖かったけど、平気です。あれがリヒトさんの罪なら……埋めた時点で眠っているから」
「へえ……?」
「だから、リヒトさんが教えてくれるなら聞きますけど、ぼくがわざわざ調べたり、怖がる必要はない……そうでしょう?」

 ぼくの答えにリヒトさんは少し驚いたように目を丸くした後、口元に手をやり、肩を揺らして楽しそうに笑った。

「あはは。うん、そうだね……きみは賢い子だ。それに、肝も据わってる」

 彼の笑顔を見られた喜びに、ぼくはつられて笑みを浮かべる。

「……リヒトさんに褒められて、嬉しいです」
「よしよし、素直ないい子だね。……けれど、きみみたいないい子は、僕みたいなのにはあまり深入りしない方がいいよ」
「え……?」
「命が惜しいならね」

 明確な線引きに少しだけ寂しく感じたものの、昨日と同じように頭を撫でられて、ぼくは神さまに認めてもらえたようで嬉しかった。
 それからリヒトさんは鍵を開けて、小さな物置小屋の扉がぎぃっと鈍い音と共に開かれた。
 ぼくは照明もなく暗いそこに、少し戸惑いながらもそっと足を踏み入れた。埃っぽく、足元は土が地続きで、少し湿った匂いがする。

「あの、リヒトさん……」

 シャベルをどこに置くか聞くために振り返ると、逆光になったリヒトさんのシルエットが、真っ黒な影のように見えた。
 リヒトさんは今、どんな顔をしているのだろう。表情も感情もわからないものの、彼はとても優しく甘い響きで、ぼくに魔法の言葉をくれた。

「……深入りはしない方がいい。だけど、きみが同じようにここに罪を埋めるのなら……僕たちは『共犯者』だね」

 夏の湿っぽい温度が閉じ込められた物置小屋の暗闇の中、光を背にした神さまの言葉だけが、ぼくの心を確かにとらえた。


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