ぼくの肩に額を預け、落ち着くように深く息を吐いたリヒトさんは、しばらくしてから顔を上げ、いつものように笑みを浮かべた。
「……もう大丈夫。ごめんね」
「いえ……」
なんとなく名残惜しく思うぼくから離れたリヒトさんは、意を決したように、アキラさんを模した人形を穴の中に放った。
その光景に、ぼくは改めて戸惑う。
これはぼくが犯した罪のはずだった。許しとしての死を貰えない今、罪をどう懺悔しようかと考えながら、恐る恐る尋ねる。
「……その、アキラさんは、どうして……」
「アキラは……今は意識不明でね」
「意識不明……?」
予想外の言葉に、ぼくは思わず聞き返した。
「うん、先日川で溺れたようなんだ。肺に水が入った上に、石か何かに頭をぶつけたみたいでね……偶々木に引っ掛かっていたのを救助されたらしいんだけど……」
「生きて、るんですか……?」
ぼくは安堵してその場に座り込みそうになるのをなんとか堪える。
「……僕のこの呪いじみた死が原因なら、もうすぐ死んでしまうけどね」
「あ……いや……」
「アキラとは、高校からの付き合いなんだ。彼はああいう性格だし、つい心を許してしまっていたから……裏切られたなんて、思いたくはないけど……」
人形を見下ろしながら、リヒトさんは寂しげに目を細める。
リヒトさんは、自分の罪としてこれから来るであろうアキラさんの死を埋葬しようとしていたのだ。
「……っ」
それを理解した瞬間、ぼくは口を開きかけて、言葉に詰まった。
そうだ。せっかく勘違いしてくれているのなら、最後まで黙っていればいい。そうすれば、真実が露見することはない。
許されない罪を懺悔する必要もなく、リヒトさんがぼくの罪を背負ってくれる。それこそ本当の共犯者ではないか。
都合の悪いものを隠してしまう悪い癖が、再びぼくに口を閉ざさせる。
「……ごめんね、アキラ」
しかし、初めて埋葬中に苦しげに呟く声を聞いて、ぼくは卑怯な自分を呪った。
ぼくはリヒトさんを裏切らないと誓ったばかりだ。隠し事が裏切りとなるかはわからないが、目の前にいる彼は、すべてを自らの罪としてしまう人なのだ。
人一人死なせてしまったと思うだけで、死ぬほど苦しかったこの数日間を思い返す。
リヒトさんもこれまでずっと同じ気持ちを抱えてきたのなら、せめてぼくのこの罪だけは、彼に押し付けたくはなかった。
ぼくは半ば強引にシャベルを奪い取り、意を決して懺悔する。
「ちが、います……アキラさんのことは、ぼくの罪です……!」
「え……?」
戸惑った様子のリヒトさんに、ぼくは事の経緯を話した。
アキラさんに嫉妬して、不安で殺そうと思い呼び出したものの、やっぱり出来なかったこと。けれど結果として、アキラさんは自ら川に入って溺れたこと。
そしてこの数日間、その罪を許されたくて、ずっとぼくの神さまに殺されたかったこと。
何度も言葉に詰まりながらも、すべての罪を吐露しようとするぼくをまっすぐ見つめ、急かすことなく一つ一つ聞いてくれるリヒトさん。
その眼差しはひどく優しくて、共感するように頷いてくれる。ぼくの苦しみを心から理解してくれているのだと、なんだか安心して涙が溢れた。
穴の傍で座り込み耐えきれず泣きじゃくるぼくの頭を、隣に腰掛けたリヒトさんはあやすように撫でてくれて、そのぬくもりに、改めて一人じゃないのだと安堵した。
しばらくして落ち着いた頃に、リヒトさんは穴の中の人形を見つめて呟く。
「……じゃあ、アキラのことは、僕とユウヒくん二人の罪だね」
「そんな……リヒトさんは何も……」
「ううん。アキラのことを聞いて、やっぱりって思ってしまったんだ……きみがアキラを殺そうとしたのは、元はといえば僕のせいだろう?」
動機を話してしまった以上、誤魔化しはきかなかった。ぼくは僅かに視線を泳がせる。
「それ、は……。でも、計画したのも、決行しようとしたのもぼくの判断です」
「僕を裏切る、が条件だと思っていたけれど……存外、僕に関わる人間はみんな死に近くなるのかもしれないね」
寂しそうな横顔に、ぼくは慌てて首を振った。ぼくの軽率な行動のせいで、アキラさんだけでなくリヒトさんも傷つけてしまった。
自責の念にかられてやっぱり死にたくなったけれど、それもリヒトさんが自分を責めるきっかけになりかねない。
ぼくは彼の隣で生きると決めたのだ。せっかく近付けたのに遠ざけられたくなくて、ぼくは袖口で涙を拭いて立ち上がる。
「ぼくの粗末な計画と、リヒトさんの悲しい呪い……その相乗効果だとしたら、今回は本当の意味で共犯者ですね」
「……そうだね。それじゃあ、二人でこの罪を埋めようか」
「はい……この罪は、二人で分け合いましょう」
かつてない程長く話をしたからか、辺りは気付けば少し明るくなっていて、また新しい朝が始まるのだとわかった。
淡く白んでいく世界の中で、ぼくたちは仄暗い罪を埋めて眠らせる。
それは被害者にとっては身勝手な救いで、やはりいずれ罰を受けるものなのだろう。それでも今だけは、この儀式で彼の心を少しでも癒してあげたかった。
あの日不安でいっぱいだった、ひとりぼっちだったぼくが救われたように、今度はぼくが傍らで、傷だらけの彼を救いたかったのだ。
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