「……あの日、ぼくと会った時、『友達に毒を飲ませて殺した』って、言ってましたよね? 嘘、だったんですか?」
「ううん……嘘じゃないよ。だけど埋めたのは、死体そのものじゃない。僕が殺したけれど、直接手を下した訳ではないからね」
「……どういう、ことですか?」
リヒトさんは言葉に悩むように、視線を少し彷徨わせた。
穴を掘りシャベルを握るぼくと、罪の傍らでしゃがみ込むリヒトさん。暗い世界を下から照らす、ランタンの仄かな明かり。
あの夏とは正反対の世界で、ぼくは真実を知る。
「……僕は、自らの意思とは関係なく、人を死なせてしまうんだよ」
「死なせてしまう……? リヒトさんが、望んで手を下しているわけじゃないんですか?」
「ああ……役として演じはしたけれど、僕は殺人鬼ではないからね」
ずっと信じていた前提が覆り、彼に殺されることを夢に見ていたぼくの希望が打ち砕かれる。
けれどリヒトさんはそんなこと知るよしもなく、交代だと言って、止まっていたシャベルをぼくの手から受け取った。
「そうだな……水に毒薬を混ぜて飲ませて殺した友達……トモルは、同じ劇団員でね。彼の方が年上で、在籍も長かったんだ。兄のように優しく、素人同然の僕に目をかけてくれて、たくさんよくしてくれた……だから僕も、彼に懐いた……懐いてしまった」
リヒトさんはかつて埋めた罪と向き合うように語りながら、ゆっくりと穴を掘る。
「……ある日、僕とトモルは同じ役のオーディションを受けることになったんだ。スポンサーもつく有名な演目の主演、注目度が高くて、名を売るチャンス。そんなプレッシャーの中、トモルはオーディションの前日に、景気付けにと僕を飲みに誘ってくれたんだよ」
「リヒトさん、お酒飲むんですね……?」
「ううん。ほとんど飲まないよ……彼はそれを知っていたのにね。彼は、僕を酔い潰して、オーディションに遅刻させようとしたんだろう」
「え……」
明確な悪意にして裏切りだ。しかしリヒトさんは当時を思い出すようにして、美しい横顔でくすりと笑った。
「僕はトモルのことを、親しく思っていたし、信じてしまっていた。なのに彼は、僕を裏切った。だから彼は……僕と飲んだ帰りに酩酊して、僕と別れた後すぐに、誤って道路に飛び出して事故に遭ったんだ」
「っ……!?」
いつもより白く見えるリヒトさんの顔は、それこそ人形のように感情が読めない。
「おかしいだろう? 僕を酔わせて潰すだけなら、彼は飲みすぎる必要もなかった……。なのに、僕と話す内に楽しくなったと言ってどんどん飲むものだから、僕は彼に、最後に水を飲むよう勧めたんだ」
「水……そこに毒を?」
「うん、それが致命的な毒だった。僕に飲ませるはずだった強いお酒と水を取り違えてね、トモルはそれを一気に飲んだんだ。……僕も酔っていたから、その取り違えをしたのが僕だったか彼だったかは忘れてしまったけれど。それが原因で、彼は死んだんだよ」
リヒトさんの証言が、事実とは限らない。裏切られたとわかっていたなら、別れた後ではなくその寸前に酔ったトモルさんを突き飛ばした可能性もあるし、お酒だってわざと取り違えたかもしれない。
しかし彼言葉が本当なら、強いお酒を勧めようとしたトモルさんの自業自得だ。決してリヒトさんのせいではなく、ただの事故だろう。
いろんな可能性を考えながらも、当時を思い返すリヒトさんの横顔は変わらず笑みを浮かべていて、ぼくはその心情を推し測れず言葉を飲み込む。
「……僕は、トモルに役を掴んで欲しかった。彼は長く主演を貰えていなくて焦っていたし、僕も殺人鬼役なんて、出来る気がしなかったから」
「……」
「だけど、オーディションの朝に彼の訃報を知って……人を殺した直後の演技には説得力があったんだろうね。僕はトモルを殺して、主役の座を手に入れたんだ」
「……それは、ただの不運な事故です。リヒトさんが主役になれたのは、リヒトさんの実力です……」
なんとか振り絞った言葉に、リヒトさんは寂しげに微笑む。
すっかり聞き慣れたざくざくと土を掘り進める音の中、彼はかつて埋めてきた罪を掘り返すように言葉を続けた。



