「……!?」
こんな深夜にぼくが居るのは予想外だったようで、振り向き驚いたように目を見開いたリヒトさん。白いサマーカーディガンを羽織った彼は、夜闇の中で月の光を集め輝いて見える。
彼は動揺からか、顔だけ麻袋に覆われた『それ』を腕から取り落とし、地面に転がした。
「ユウヒくん……なんで……」
人間を落としたにしては軽い音。思わずランタンで照らし視線を向けると、そこに転がったラフな格好をした男は、見覚えのあるシルバーのネックレスを首から下げていた。
「え……? あれ?」
服装の系統も、アクセサリーも、少しはみ出た明るい髪色も、アキラさんのものだ。ぼくは思わず動揺した。
アキラさんは川に流されたのではなかったのか。死体が見付かったのか。だとしても何故リヒトさんが埋めるのか。これはぼくの罪のはずだ。もしかするとリヒトさんは、ぼくの罪を代わりに埋めようとしてくれているのか。
そこまでぐるぐると考えて、ふと初めて穴の中よりも近い距離で見るそれに、ある違和感を覚えた。
「……?」
濃いグレーの夏服から覗く腕に、段ボールを運んでいた時のようなしっかりとした筋肉はない。そしてよくよく見ると、他のパーツもなんだか固そうな、無機質な質感だった。
血の気のない死体というよりは、いっそ作り物めいていて、それが本物のアキラさんではなく、マネキンのような等身大の精巧な人形であることに気付く。
「……アキラさんの、人形……?」
罪の懺悔も、殺して欲しいという懇願も、一瞬で頭の中から飛んでいき、ぼくは目の前の光景に戸惑う。
同じように動揺した様子のリヒトさんは、口許に手を当て視線を泳がせる。そしてしばらくしてから深く息を吐き、少し眉を下げて困ったように笑った。
「ひとまず……埋めるの、手伝ってくれるかい?」
「……、……はい」
それはいつもの埋葬の儀式。いつもは罪と向き合うように無言で、作業の音だけが響くその時間。
けれど今日のリヒトさんは、シャベルで穴を掘りながら、ぽつりぽつりと話をしてくれた。
「これはね、舞台で使う人形なんだ」
「へえ……すごくリアルですね。すごく近くで見ないとわからない。爪とかもちゃんとある……」
「うん。うちの美術スタッフの傑作だよ。……まあこだわりが強すぎて、演目に合わせて新しく作ったりするから、倉庫を圧迫しがちでね」
今日のリヒトさんはなんだか顔色が悪い。辛そうな彼を見ていたくなくて、交代だと言ってリヒトさんから受け取ったシャベルで穴を掘りながら、アキラさんに見立てた人形へとちらりと視線を向ける。
「あ、じゃあ……不要な人形をこうしてリヒトさんが処分してるってことですか?」
「……半分正解、かな」
「半分?」
なんだかやけに蒸し暑い。すぐに汗だくになって、ぼくは一旦手を止め、パーカーの袖で額の汗を拭った。
「……ねえ、ユウヒくん。埋める人形が、どうしてアキラの格好をしていると思う?」
「え……と」
土に埋められるのは罪だ。しかしこれはぼくが埋めるべき罪。ぼくが害した人を象るそれを前に質問され、どこまで知られているのかと戸惑う。
リヒトさんにすべて伝えて殺してもらいたかったのに、話すタイミングを見失ってしまった。
いっそ今言うべきかと悩んでいると、リヒトさんがいつもの穏やかな笑顔を浮かべて言葉を続けた。
「……最初に言ってしまうとね、この裏庭に埋まっている死体は、全部人形なんだ」
「えっ……?」
「ああ、きみの猫だけは例外だね……でもそれ以外、僕の埋めてきた罪は、すべて犠牲者に似せた人形なんだよ」
「……!?」
予想外の言葉に、ぼくは思わずリヒトさんに視線を向ける。彼は傍らにしゃがんで、人形の首にぶら下がったシルバーのネックレスを指先で弄んでいた。
「……全部、人形……?」
「うん。掘り返したら、腐りもせず変わらないまま、僕の罪はそこにあるよ」
「は……」
訳がわからなかった。
あの夏の鮮烈な記憶。日差しの下で初めて見た、土に揺れる血の気のない青白い指。あれも死体ではなく人形だったと言うのか。だとしたら、趣味の悪い人形遊びのおままごとのようだ。
しかしそれは、一体何のために。あの時彼は「殺した」と宣っていたのに、それは嘘だったのだろうか。
信じていた現実が揺らぐような言葉に、ぼくはなんとか立っていようと、汗ばんだ手でシャベルを強く握りしめた。
もしリヒトさんが殺人鬼でないのなら、ぼくだけが人殺しだ。その事実に行き当たり、血の気が引くような心地がした。



