日曜日には家に帰り、少し身辺整理をした。お母さんはやっぱり家に帰ってきていないようで、少し寂しかったけれど、どこか安心した。
月曜日にはいつものように学校に行くことにした。バレないように、挙動不審にならないようにと緊張しながら家を出る。すれ違う人の視線が、やけに気になった。
しかし通学路でタクロウくんとヨイチくんに会って、相変わらず朝から意地悪を言ってイジメてくる彼らに対して、思わず呆れたような感覚になった。
嫌がらせも暴行も、あれだけ苦しく耐え難かったはずなのに、人を殺しその罪を背負った今、彼らの行為がなんとも幼稚なものに思えたのだ。彼らの行為には、傷つく価値もない。初めてそう思えた。
いつものように怯えたり必死に耐えたりするのではなく、冷めた目で彼らを見るぼくに、二人は何かを察したように気味悪がって、「なんだこいつ」と捨て台詞を吐いて、逃げるように離れていった。
それ以降、彼らは放課後までぼくをからかうこともなかった。
授業中邪魔も入らなかったから、一年の頃からつけていたその日受けたイジメを記した黒いノートの片隅に、ぼくは「くだらない」と書き足した。
日々を耐えるために続けていたこのノートは、もう土に埋めてもいいかもしれない。或いは彼らが志望校に受かった時にでも、親や高校に送り付けてやろうかと考える。
まあ、その頃までぼくが生きていたらの話だ。
自分の死を意識したお陰か、なんとなく、暗闇に覆われていた全部を客観的に見られる気がした。
星之瀬さんはアキラさんのことがあったからか、今日はお休みだった。何か聞かれるのではないかという緊張感も薄れ、用意していた言い訳も使わずに済んだことにほっとする。
そうしてぼくは、人を殺した後とは思えないほど、いつもより穏やかな一日を過ごした。
それから数日間、ぼくは教会に寝泊まりした。いつリヒトさんが来るかわからない。ぼくは今か今かと待ちわびた。
家でシャワーを浴びてから来るものの、冷房のない廃墟の熱帯夜は耐えがたいもので、持ち込んだ小さな扇風機の風だけが頼りだった。
今日も彼は来ない。諦めて夜寝る前になると、ぼくは洗面台で顔や髪を洗った。タオルを濡らして体を拭き、埋葬で汚すことも多いからと置いてある服に着替えると、なんだか少しすっきりとした。
「……ふう」
ランタンを消し、月明かりのみが照らす小部屋のソファーに寝転がりながら、ぼんやりと考える。
リヒトさんに会えるのが先か、警察がぼくに辿り着くのが先か。タクロウくんの着信の方が優先的に調べられるだろうか。
もしぼくに辿り着いたとしても、アキラさんが自分で川に入ったのだとありのまま説明しよう。
罪はぼくのもので違いないけれど、ぼくを裁くのは警察なんかじゃなく、神さまなのだ。
「……リヒトさん、会いたいなぁ……。早く、ぼくを殺してください……」
目を閉じて、もう何度目かもわからない『ぼくを殺してくれる神さま』を想像する。
いつものように微笑んで、優しく眠らせてくれるのだろうか。それとも見たことのない冷たい目で、罪人のぼくを見下ろすのだろうか。或いは友を殺された復讐心から、殺意と怒りを向けられるのだろうか。
後者は殺される瞬間さえ目の前のぼくよりもアキラさんの方が心を占めていそうで複雑だけど、きっとどんな顔も美しい。
絞殺、毒殺、撲殺、いろんな方法を想像して、一番苦しむ方法で死なせて欲しいと考える。
死の間際、叶うなら纏わりつく罪悪感ではなく、リヒトさんの与える苦しみが強く残って欲しい。
あらゆる断罪を想像している内に、ふと、シャベルで土をざくざくと掘る、罪を埋める音が耳に届いた。
最初は幻聴かと思った。けれど静寂の中確かに聞こえるその音に、ぼくは飛び起きて窓の外を見下ろす。
月明かりにぼんやりと浮かぶ幽霊のような白い影に、ぼくは願いが通じたのだと喜んだ。
罪を懺悔しに行くにはあまりに軽やかに、殺されに行くにしてはあまりに嬉々として、ぼくはランタンを片手に階段を降りる。
「リヒトさん……!」
教会を出て、裏庭へと駆けた。そして、ぼくを救ってくれる神さまの名前を呼ぶ。その響きは祈りにも似ていた。



