アキラさんが暗闇の中に姿を消して、ぼくはすぐに駆け出した。
助けを呼ぶでもなく、彼を探すでもなく、安全地帯である教会へ逃げ込んだ。ぼくは彼を見捨てたのだ。
「……っ、はあ……はぁ」
もともと願ったことだった。覚悟もしていたはずだった。手を下さずに済んだのはラッキーだ。ぼくはなにも悪くない。
目の前で起きた光景があまりにも現実離れしていて、映画を見終わった後のような不思議な感覚だった。
「……ちがう、あれは、現実だ……ぼくは……見捨てた、ちがう、ぼくが、殺した……っ!」
ぼくは真っ暗な礼拝堂の固い長椅子に座り込んで、思考の止まらないぐちゃぐちゃの頭を抱える。
ふわふわとした現実逃避と、暗闇に飲み込まれ沈むような恐怖。押し寄せる罪悪感と、ぼくは悪くないという自己暗示。
二律背反な心はぼくの中で処理しきれず、身体も震えが止まらない。
茹だるような熱帯夜にも関わらず、指先は冷たく感覚がない、奥歯が上手く噛み合わずガチガチと音を立て、ぼくは一人凍えてしまいそうだった。
「どうしよう、……神さま、たすけて……」
縋るように呟いて、ぼくはリヒトさんの顔を思い浮かべる。
きっと彼が、またぼくを救ってくれる。ミーティアの時と同じように、ぼくの罪を許してくれる。
彼はなんでもないような顔をして、人を殺して埋めるのだ。そんな彼に一歩近付けたと思えば、この苦しみも恐怖も無駄じゃない。そう信じて、ぼくは自分の身体を抱き締める。
「そうだ、またリヒトさんと埋めれば……きっと……」
しかし心が少し安定したところで、ふと気付いてしまう。
この罪は、埋めることができない。アキラさんは、あの暗い水の中、溺れたか流されてしまったのだ。
罪を埋めて眠らせられないのなら、ぼくが一生抱えていくしかない。人一人の命を奪った罪を、重さを、苦しみのすべてを。それをようやく自覚して、ぼくは途方に暮れる。
「ぼくの、罪……ひとを、殺した……あんなにいい人を……」
そして何より、アキラさんは、リヒトさんの線引きの内側にいる人だ。
彼を消すのが正義だと思い込んでいたのに、リヒトさんが悲しむ可能性に今さらながら行き当たり、ぼくはさらに深い絶望に苛まれる。
「あ……あ……ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
救いを見失い、絶え間ない苦しみと後悔の中、過去に埋めてきた罪の記憶も蘇り、亡霊のようにぼくに纏わりつく。
埋めることの叶わないぼくの新たな罪を知ったら、リヒトさんは怒るだろうか、悲しむだろうか。それともいつものように、なんでもないことのように優しく微笑んでくれるだろうか。
「……ゆるしてください、ぼくの、神さま……」
縋るようにリヒトさんのことを想う内、気付けば人を見殺しにした罪悪感は、アキラさん本人への謝罪ではなく、神さまへ許しを乞う行為となって、ぼくの中で再び歪められていく。
けれど神さまというフィルターを通すことで、事実そのものに目を向けるよりもずっと、罪と誠実に向き合える気がした。
そうしてぼくは、抱えきれない罪に溺れるように、永遠にも思える一夜を明かした。
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