「やっぱり……こいつはいらない」
「ん? なんか言ったか?」
「いえ。何も……あ、そうだ。アキラさん、向こうの方に、橋があるのは知ってますか?」
「橋? いや、知らないな」
同じ苦しみならば、リヒトさんから与えられたい。ぼくの知らないことは、すべてリヒトさんの口から聞かせて欲しい。
もし、ぼくの理想と違う現実がそこにあったとしても、それは他人経由ではなく、ぼくが直接確かめるべきだ。日々自分の罪と向き合い手ずから埋めるリヒトさんだって、きっとそう思ってくれている。
ぼくの心のすべては、ぼくの神さまに委ねたかった。
「特に有名って訳じゃないんですけど……川が澄んでいて、ちょうど今の時間とっても綺麗な場所なので、ぜひ見て欲しくて。リヒトさんもお気に入りの場所なんですよ」
もう迷いはなかった。邪魔者は排除する。ぼくは目的のため、神さまのためという大義名分をもって、自然な笑顔で嘘をつく。
「へえ? いいな。近いのか?」
「はい。街を抜けたらわりとすぐです。よければ案内しますね」
「はは、道案内するつもりだったのに、逆になっちまったな」
そうしてぼくたちは都会の喧騒から離れた、黄昏時の田舎道を歩く。途中すれ違う人もほとんど居らず、草むらの虫の声がやけに響いた。
その道中、アキラさんは不意にポケットから振動するスマホを取り出した。
「お、電話だ……」
その様子に、誰かにぼくと居ることを話してしまうかもしれないと内心冷や汗をかいたけれど、彼はその画面を見た後、切れるのを待つようにしている。
「……出ないんですか?」
「ああ。知らない番号。そういうのも出ないんだ。……たまにあるんだよなぁ、こういうの。……少年のこともあるし、さてはキラサのやつ、俺の番号流出させてんのか?」
「そんなことは……小日向さんに聞かれても教えてませんでしたし……」
「お? 女子か? 可愛い女の子なら歓迎なんだけどなぁ……いやでも、キラサの同級生ならまだ子供か……いかんいかん」
星之瀬さんの名前を聞いて、ふと思い出す。ぼくはアキラさんの番号のメモを、タクロウくんたちに奪われた。
もしかするとそれを星之瀬さんの番号だと勘違いした彼らが、塾終わりにでもかけたのかもしれない。
だとしたら好都合だ。もしアキラさんが死んだ後、万が一警察に通話履歴を調べられたとしても、公衆電話からかけたぼくよりもタクロウくんたちの方が死亡時刻近くに連絡を取ろうとしたことになる。
もし彼らが事情聴取なんかに呼ばれた日には、無実となったとしても評判に傷が付くだろう。彼らの入試や推薦に影響が出るなら一石二鳥だと、ぼくは彼の手の中で中々切れない電話を指差す。
「……あ、もしかしたらそれ、ぼくのクラスメイトかもしれません」
「え?」
「番号のメモ、落としちゃったのを拾ってくれたんですよ。妹さんにもらったところを見られてるから、もしかしたら妹さんの番号と勘違いさせちゃったかもで……一回出てみてもらっていいですか?」
「つまりこいつは、俺じゃなくキラサと電話をしようとして……!?」
別に嘘はついていない。アキラさんはぼくの言葉を信じて、すぐに電話に出た。
「おい、……って、出た瞬間切りやがった……。やっぱりキラサ目当てだったのか?」
繋がった瞬間切れてしまったようで、アキラさんは不完全燃焼とばかりに眉を寄せた。
「なあ、そのクラスメイトってどんなやつ? キラサのこと狙ってんのか?」
「どうでしょう……星之瀬さん人気ありますから。あ、でも、たぶん妹さんが気になってる男子は知ってますよ」
「なに!?」
妹の恋話に食いつき一喜一憂するアキラさん。先程とは逆転した立場に、ぼくの気分はすこぶるよくなる。
今なら殺さずにいてあげてもいいかなと決心が揺らぎそうになるものの、ちょうど橋が見えてきたところで、今しかないと改めて覚悟を決めた。



