もうすぐ夜になるにも関わらず、気温は相変わらず高く陽もまだ沈んではいなかった。アスファルトの照り返しに汗をかきつつ、ぼくたちは並んで歩いた。
「そういえばぼく、妹さんに番号聞いて、ここに来る前アキラさんに電話したんですよ」
「えっ、そうなのか?」
アキラさんはぼくの言葉に驚いて、ジーンズのポケットに手を入れる。クリアカバーの間にお洒落な灰色の猫のステッカーが挟まれたスマホを取り出して、着信履歴を確認しているようだった。
「……あー、この公衆電話ってのが少年か。悪い、公衆電話とか国際電話とか、誰からかわからんやつは基本出ないんだよ」
「そうなんですか?」
「大抵のやつがそうだと思うぞ」
「……ぼく、スマホ持ってないんで知らなかったです」
「そっか。リヒトにかける時も気を付けた方がいいぞ? あいつならそもそも、そういう番号はブロックしてそうだけどさ」
アキラさんの言葉に、ぼくは一瞬固まってしまう。
リヒトさんも、スマホを持っているのか。
それはそうだ。現代社会において、ぼくより年上で持っていない人の方が少ない。
けれどぼくの前では一度も触っているのを見たことがなかったし、なんとなく浮世離れした雰囲気の彼が、スマホなんて俗なものを所持しているイメージがなかったのだ。
「……」
なんとなく、ショックだった。リヒトさんのことをもっと知りたいのは本当なのに、アキラさんと話していると、ぼくの中の神さまが無遠慮に壊されていく気がした。
思わず黙って俯くぼくの様子に、アキラさんはハッとしたようにして、慌ててフォローをしてくる。
「あー……連絡先教えて貰ってないのか? 悪い悪い」
「……」
「あいつ誰にでも優しく見えて、案外壁作りがちだろ? メッセージのIDならまだしも、電話番号知ってる奴なんて限られてると思うしさ」
そんなわかっている風の口を利かれるのも我慢ならなかったが、遠回しに『知り合いの中でも自分は特に近しい間柄』だとアピールされている気がして、余計に腹が立った。
そして事実、ぼくは連絡先という点において、リヒトさんの線の内側にはいない。アキラさんに負けているのだ。
けれどぼくは、彼の唯一無二の『共犯者』だ。連絡先なんて知らなくても、ぼくの方がより深いところにいるはずだと、再び拳を握りなんとか耐える。
「……アキラさんは、リヒトさんと仲良しなんですね」
「ん……? ははっ、なんだ、さてはちょっと拗ねてるな? リヒトを取られたみたいで寂しかったんだろ」
「なっ……!?」
「あはは、悪い悪い。そんな怒んなって! うちのキラサも小さい頃、俺が母さんたちやペットの犬と仲良くしてるとそんなだったなって思い出して、つい……」
こいつはどこまで人の神経を逆撫ですれば気が済むのか。
思わず笑顔を忘れ睨み付けてしまうけれど、アキラさんはぼくの視線に気付かないようで、どこか寂しげな瞳で遠くを見ていた。
「まあ……さっきも言った通り、リヒトは人当たりもいいし、あいつに惹かれる人間も多い。なのにあいつ自身は透明な壁を作って、本心には触れさせないというか……。それを感じさせない柔らかさはあるんだが、近付こうとすると猫みたいにのらりくらりと離れてくというか……」
「……それは、わかります。リヒトさんは……夏の蜃気楼みたいだ」
「はは、いい表現だな! ……だからあいつは誰のもんでもないし、そんな風にいちいち拗ねたりしてたら大変だぞ」
そんなことはわかっている。彼と出会ってから今まで、どれだけ彼の一挙一動に一喜一憂して、心を乱されて来ただろう。
まだ彼の心に届かないことも、すべてを知っているわけじゃないことも痛いくらいわかっている。
それでもぼくは、穏やかな時だけじゃなく、この苦悩さえも彼が与えてくれたものだと、それだけで幸せだったのだ。
「そういえばぼく、妹さんに番号聞いて、ここに来る前アキラさんに電話したんですよ」
「えっ、そうなのか?」
アキラさんはぼくの言葉に驚いて、ジーンズのポケットに手を入れる。クリアカバーの間にお洒落な灰色の猫のステッカーが挟まれたスマホを取り出して、着信履歴を確認しているようだった。
「……あー、この公衆電話ってのが少年か。悪い、公衆電話とか国際電話とか、誰からかわからんやつは基本出ないんだよ」
「そうなんですか?」
「大抵のやつがそうだと思うぞ」
「……ぼく、スマホ持ってないんで知らなかったです」
「そっか。リヒトにかける時も気を付けた方がいいぞ? あいつならそもそも、そういう番号はブロックしてそうだけどさ」
アキラさんの言葉に、ぼくは一瞬固まってしまう。
リヒトさんも、スマホを持っているのか。
それはそうだ。現代社会において、ぼくより年上で持っていない人の方が少ない。
けれどぼくの前では一度も触っているのを見たことがなかったし、なんとなく浮世離れした雰囲気の彼が、スマホなんて俗なものを所持しているイメージがなかったのだ。
「……」
なんとなく、ショックだった。リヒトさんのことをもっと知りたいのは本当なのに、アキラさんと話していると、ぼくの中の神さまが無遠慮に壊されていく気がした。
思わず黙って俯くぼくの様子に、アキラさんはハッとしたようにして、慌ててフォローをしてくる。
「あー……連絡先教えて貰ってないのか? 悪い悪い」
「……」
「あいつ誰にでも優しく見えて、案外壁作りがちだろ? メッセージのIDならまだしも、電話番号知ってる奴なんて限られてると思うしさ」
そんなわかっている風の口を利かれるのも我慢ならなかったが、遠回しに『知り合いの中でも自分は特に近しい間柄』だとアピールされている気がして、余計に腹が立った。
そして事実、ぼくは連絡先という点において、リヒトさんの線の内側にはいない。アキラさんに負けているのだ。
けれどぼくは、彼の唯一無二の『共犯者』だ。連絡先なんて知らなくても、ぼくの方がより深いところにいるはずだと、再び拳を握りなんとか耐える。
「……アキラさんは、リヒトさんと仲良しなんですね」
「ん……? ははっ、なんだ、さてはちょっと拗ねてるな? リヒトを取られたみたいで寂しかったんだろ」
「なっ……!?」
「あはは、悪い悪い。そんな怒んなって! うちのキラサも小さい頃、俺が母さんたちやペットの犬と仲良くしてるとそんなだったなって思い出して、つい……」
こいつはどこまで人の神経を逆撫ですれば気が済むのか。
思わず笑顔を忘れ睨み付けてしまうけれど、アキラさんはぼくの視線に気付かないようで、どこか寂しげな瞳で遠くを見ていた。
「まあ……さっきも言った通り、リヒトは人当たりもいいし、あいつに惹かれる人間も多い。なのにあいつ自身は透明な壁を作って、本心には触れさせないというか……。それを感じさせない柔らかさはあるんだが、近付こうとすると猫みたいにのらりくらりと離れてくというか……」
「……それは、わかります。リヒトさんは……夏の蜃気楼みたいだ」
「はは、いい表現だな! ……だからあいつは誰のもんでもないし、そんな風にいちいち拗ねたりしてたら大変だぞ」
そんなことはわかっている。彼と出会ってから今まで、どれだけ彼の一挙一動に一喜一憂して、心を乱されて来ただろう。
まだ彼の心に届かないことも、すべてを知っているわけじゃないことも痛いくらいわかっている。
それでもぼくは、穏やかな時だけじゃなく、この苦悩さえも彼が与えてくれたものだと、それだけで幸せだったのだ。



