結果として、思いの外すぐに『劇団トワイライト』は見つかった。
本来演劇は会場を借りて決められた期間公演を行うことが多いらしいのだが、トワイライトは小さいながら固定の専用劇場を持つ、地元では有名な劇団らしかった。ファンがいるという話もあながち嘘ではないらしい。駅前で観光客を装い通行人に聞くと、すぐに場所も教えて貰えた。
「……ここが、劇場……」
パッと見スーパーマーケットくらいの大きさの、黒い壁の二階建ての建物。今日も中では公演をしているらしく、建物の扉は閉ざされていて、そこにポスターが飾られていた。
宣材写真のようにおすまし顔で、みんなお揃いの白いワイシャツを着た、没個性な数人の男女が並んでいるだけのシンプルなポスター。
その中において一際美しい彼の姿と共に、主演『御影リヒト』の名前があった。ぼくはポスターに映る彼の姿を、そっと指先でなぞる。
「本当に、何にも知らないんだな、ぼく……」
ぼくはクラスメイトが当然知っているような、遊園地や水族館がどこにあるのかも知らない。カラオケやボウリングも行ったことがなく、楽しい場所はすべて、テレビの中の別世界だった。
演劇も、ぼくにとっては保育園や小学校低学年の頃にやった学習発表会の朧気な記憶しかなく、そんな世界に身を置いているリヒトさんやアキラさんもまた、別世界の人のようでなんだか寂しかった。
そんなことを考えながら無意識のうちに繰り返し指先でなぞっていると、不意にポスターのリヒトさんが遠ざかる。思わず追い求めるように手を伸ばしかけて、少し遅れて扉が開いたのだと気付いた。
「え……」
「あれ? 少年……?」
扉が開くと同時に声をかけられて、ぼくは驚いて顔を上げる。そこには探していた姿があった。
「……アキラさん!?」
少し長めの襟足を結び、オーバーサイズのTシャツにジーンズのラフな格好をしたアキラさんは、相変わらずキラキラ眩しいシルバーのネックレスをぶら下げながら、その胸元に段ボールを抱えていた。
彼はどうやらそれを、入口横にあった長テーブルに置きに来たようだった。
「なんだ、リヒトを観に来たのか? でももう、残り三十分くらいだしなぁ……」
呆然と突っ立っているぼくに、アキラさんはまるで昔からの知り合いのように気さくに声をかけてくれる。
一度会っただけのぼくの顔を覚えているのは、ある意味才能だろう。そして誰にでも分け隔てなく接することが出来るのも、それだけですごいことだ。ぼくと違い友達の多い人種は、そういうことが多い印象だった。
ぼくに話しかけつつ、段ボールを開けて中からチラシのようなものを取り出しテーブルに並べていくアキラさん。
そのチラシには、大きく彼の顔が印刷されている。思わず眺めていると、帰りにお客さんに渡す次回作のフライヤーだと説明してくれた。
「少年、マチネのチケットはあるのか? 今からでも受付するか?」
新作のメインを張る役者も裏方仕事をするのかとぼんやりと見上げつつ、ぼくはその問い掛けに首を振った。
アキラさんを害そうと計画している最中、劇団という彼らのテリトリーの中でリヒトさんに見付かるのは、なんだかまずい気がした。
「いえ、その……ぼく、アキラさんに会いに来たんです。この間のお礼を言いたくて。クリームソーダ、ご馳走さまでした。美味しかったです」
味なんてわからなかったことを隠しつつ、ぼくは素直で純朴な、悪意のない子供として振る舞う。
「へえ……律儀だなぁ。気に入った! 俺今日はスタッフ側だからさ、こっそり関係者席に案内してやろうか?」
「え……」
「今月の演目は朗読劇だから、あとはもう小道具出したりとかもないし……これ置いてきたら後は暇なんだ、一緒に観ようぜ」
アキラさんはにこやかな笑みを浮かべながら、気を利かせて提案してくる。
予想外の展開に戸惑いつつ、マイクを通して遠くから微かに聞こえるリヒトさんの声に、一瞬心が揺れた。
舞台の上にいるリヒトさんの姿を一目見たい。ぼくの知らない一面を見たい。スポットライトに照らされる彼は、きっと誰よりも輝いているはずだ。
「あー……いえ」
けれど、それはこいつとじゃない。きっと一緒に居たら、こいつが我が物顔をして役者のリヒトさんを自慢するのが目に見えた。そしてまた言うのだ。「うちの」リヒトはすごいだろうと。
昨日同様胸の内に広がるむかむかを必死に抑えながら、ぼくは首を振る。
「そろそろ帰ります。その、リヒトさんには、ぼくがここに来たことは内緒で……」
「……あー、わかった。そういえばこの間、あからさまに話題変えられてたもんな。リヒトもこっちに踏み込まれたくなかったんだろうし」
「……、……あの。ぼく、ここに来るまでに迷っちゃって。もしこの後時間があるなら、案内してくれませんか?」
気にしていた明確な線引きをよりによってこいつに言葉にされて、ぼくは思わず拳を握り締めた。
掌に爪を食い込ませ、沸き上がる殺意を必死に抑え込みながら、ぼくはひきつった笑みを貼り付ける。役者相手に演技をするなんて自信がなかったが、これがぼくの精一杯だった。
「そうなのか? わかった! ちょっと待ってろ。送りがてら、リヒトの話してやるよ。あいつには内緒でさ」
「ありがとうございます」
ぼくの殺意は悟られなかったらしい。どこまでも気のいいアキラさんは笑顔で了承してくれて、一度空になった段ボールを置きに建物の中に戻った。
本来演劇は会場を借りて決められた期間公演を行うことが多いらしいのだが、トワイライトは小さいながら固定の専用劇場を持つ、地元では有名な劇団らしかった。ファンがいるという話もあながち嘘ではないらしい。駅前で観光客を装い通行人に聞くと、すぐに場所も教えて貰えた。
「……ここが、劇場……」
パッと見スーパーマーケットくらいの大きさの、黒い壁の二階建ての建物。今日も中では公演をしているらしく、建物の扉は閉ざされていて、そこにポスターが飾られていた。
宣材写真のようにおすまし顔で、みんなお揃いの白いワイシャツを着た、没個性な数人の男女が並んでいるだけのシンプルなポスター。
その中において一際美しい彼の姿と共に、主演『御影リヒト』の名前があった。ぼくはポスターに映る彼の姿を、そっと指先でなぞる。
「本当に、何にも知らないんだな、ぼく……」
ぼくはクラスメイトが当然知っているような、遊園地や水族館がどこにあるのかも知らない。カラオケやボウリングも行ったことがなく、楽しい場所はすべて、テレビの中の別世界だった。
演劇も、ぼくにとっては保育園や小学校低学年の頃にやった学習発表会の朧気な記憶しかなく、そんな世界に身を置いているリヒトさんやアキラさんもまた、別世界の人のようでなんだか寂しかった。
そんなことを考えながら無意識のうちに繰り返し指先でなぞっていると、不意にポスターのリヒトさんが遠ざかる。思わず追い求めるように手を伸ばしかけて、少し遅れて扉が開いたのだと気付いた。
「え……」
「あれ? 少年……?」
扉が開くと同時に声をかけられて、ぼくは驚いて顔を上げる。そこには探していた姿があった。
「……アキラさん!?」
少し長めの襟足を結び、オーバーサイズのTシャツにジーンズのラフな格好をしたアキラさんは、相変わらずキラキラ眩しいシルバーのネックレスをぶら下げながら、その胸元に段ボールを抱えていた。
彼はどうやらそれを、入口横にあった長テーブルに置きに来たようだった。
「なんだ、リヒトを観に来たのか? でももう、残り三十分くらいだしなぁ……」
呆然と突っ立っているぼくに、アキラさんはまるで昔からの知り合いのように気さくに声をかけてくれる。
一度会っただけのぼくの顔を覚えているのは、ある意味才能だろう。そして誰にでも分け隔てなく接することが出来るのも、それだけですごいことだ。ぼくと違い友達の多い人種は、そういうことが多い印象だった。
ぼくに話しかけつつ、段ボールを開けて中からチラシのようなものを取り出しテーブルに並べていくアキラさん。
そのチラシには、大きく彼の顔が印刷されている。思わず眺めていると、帰りにお客さんに渡す次回作のフライヤーだと説明してくれた。
「少年、マチネのチケットはあるのか? 今からでも受付するか?」
新作のメインを張る役者も裏方仕事をするのかとぼんやりと見上げつつ、ぼくはその問い掛けに首を振った。
アキラさんを害そうと計画している最中、劇団という彼らのテリトリーの中でリヒトさんに見付かるのは、なんだかまずい気がした。
「いえ、その……ぼく、アキラさんに会いに来たんです。この間のお礼を言いたくて。クリームソーダ、ご馳走さまでした。美味しかったです」
味なんてわからなかったことを隠しつつ、ぼくは素直で純朴な、悪意のない子供として振る舞う。
「へえ……律儀だなぁ。気に入った! 俺今日はスタッフ側だからさ、こっそり関係者席に案内してやろうか?」
「え……」
「今月の演目は朗読劇だから、あとはもう小道具出したりとかもないし……これ置いてきたら後は暇なんだ、一緒に観ようぜ」
アキラさんはにこやかな笑みを浮かべながら、気を利かせて提案してくる。
予想外の展開に戸惑いつつ、マイクを通して遠くから微かに聞こえるリヒトさんの声に、一瞬心が揺れた。
舞台の上にいるリヒトさんの姿を一目見たい。ぼくの知らない一面を見たい。スポットライトに照らされる彼は、きっと誰よりも輝いているはずだ。
「あー……いえ」
けれど、それはこいつとじゃない。きっと一緒に居たら、こいつが我が物顔をして役者のリヒトさんを自慢するのが目に見えた。そしてまた言うのだ。「うちの」リヒトはすごいだろうと。
昨日同様胸の内に広がるむかむかを必死に抑えながら、ぼくは首を振る。
「そろそろ帰ります。その、リヒトさんには、ぼくがここに来たことは内緒で……」
「……あー、わかった。そういえばこの間、あからさまに話題変えられてたもんな。リヒトもこっちに踏み込まれたくなかったんだろうし」
「……、……あの。ぼく、ここに来るまでに迷っちゃって。もしこの後時間があるなら、案内してくれませんか?」
気にしていた明確な線引きをよりによってこいつに言葉にされて、ぼくは思わず拳を握り締めた。
掌に爪を食い込ませ、沸き上がる殺意を必死に抑え込みながら、ぼくはひきつった笑みを貼り付ける。役者相手に演技をするなんて自信がなかったが、これがぼくの精一杯だった。
「そうなのか? わかった! ちょっと待ってろ。送りがてら、リヒトの話してやるよ。あいつには内緒でさ」
「ありがとうございます」
ぼくの殺意は悟られなかったらしい。どこまでも気のいいアキラさんは笑顔で了承してくれて、一度空になった段ボールを置きに建物の中に戻った。



