ぼくの神さま。


「おはよう。……星之瀬さん、ちょっといいかな」
「え? あ、おはよう~。なぁに? 雨宮くん」

 翌日、登校するなり、ぼくは初めて自分から星之瀬さんに声をかけた。
 たまたま傍にいた小日向さんは、ぼくが彼女を好いていると思っているから、気を利かせて話しやすいようにと目配せをしてくれる。

「おはよう! わたし、席外そうか?」
「ううん、大丈夫だよ。ちょっとお礼がしたかっただけなんだ」
「お礼……? 私、雨宮くんに何かお礼されるようなことしたかなぁ?」

 ぼくの言葉に、星之瀬さんは不思議そうに首を傾げる。甘ったるく間延びした声は、ゆるふわの長い髪にリボンをした愛らしい外見と相俟って、可愛さを売りにしたアイドルのようだ。
 アキラさんと同じく、ぼくの苦手な部類だった。

「昨日、星之瀬さんのお兄さんに偶然会ってさ。喫茶店で奢ってもらったんだ」
「あ~! お兄ちゃんが言ってたの、雨宮くんのことだったんだねぇ」
「えっ、いいな。キラサちゃんのお兄ちゃんって、あのイケメン俳優の……」

 そんな風に女の子たちと話していると、いつの間にか登校してきたらしいタクロウくんやヨイチくんの嫌な視線を感じた。
 これ以上は邪魔されかねない。その場合、彼らに好意を向けているこの女子二人は喜ぶだろうけれど、ぼくとしては不本意だった。ぼくはひとまず、端的に用件を伝えることにする。

「それで、改めて直接お礼したくてさ。アキラさんの連絡先とか教えてくれたらなって……」
「わ、わたしも知りたいかも……!」

 便乗してきた小日向さんのミーハー心に内心呆れつつ、客観的に見てもアキラさんのようなぼくと真逆の人間は、やはり人を惹き付けるのだと、複雑になった。

「アカリちゃんもかぁ……ん~……」

 星之瀬さんは少し考えるように口許に手をやり、首を捻った。複数人に身内の連絡先を教えるとなると、さすがに抵抗感が芽生えるのだろう。
 計画を邪魔されたくないぼくは、悪気のないふりをした笑みを作りながら、小日向さんを制止する。

「アキラさんは女の子にモテそうだったし、競争率高いと思うよ。それに、小日向さんにはタク……」
「わーっ! そうだよね、わたし、やっぱりいい! キラサちゃん、雨宮くんにだけ教えてあげて!」
「……そう? まぁ、雨宮くんならいっか。お兄ちゃんとお茶した仲みたいだし、悪用とかしなさそうだもんね」

 どうやら、普段からおとなしくしていたのが功を奏したようだ。真面目で勉強の出来る物静かなクラスメイトというブランドは、信用に値するらしい。
 そうしてぼくは、星之瀬さん経由でアキラさんの連絡先を知ることに成功した。
 ぼくはスマホを持っていなかったから、メールアドレスやSNSではなく、電話番号を書いてもらう。

「ありがとう、星之瀬さん」

 可愛らしい星模様のメモ帳に記されたそれを受け取って、この後万が一タクロウくんたちに捨てられても大丈夫なように、その番号を暗記した。
 そしてちょうどチャイムが鳴り、ぼくはお礼を告げて彼女たちから離れる。
 席に戻る際、すれ違い様に小日向さんがぼくにそっと耳打ちした。

「雨宮くん、外堀から埋めるなんてさすがだね」
「……そんなんじゃないよ」

 肩を竦め否定しつつも、『埋める』という単語にぼくの心はざわついた。
 そうだ、これ以上ぼくとリヒトさんの邪魔をされる前に、早くアキラさんを埋めないといけない。
 その日は久しぶりに、授業中もタクロウくんたちにゴミを投げられたりしたけれど、これからどうしようかと思考の海に深く潜っていると、あまり気にならなかった。

「おいユウヒ、これ星之瀬キラサちゃんの電話番号だよな!? オレのキラりんに近付くなんて生意気だ!」
「星之瀬サンだけじゃなくて、小日向サンとも楽しそうにしてたよな? 雨宮クン?」
「あー、なるほど、そっちなんだ……逆かぁ」

 どうやら矢印がどれも一方通行らしい。これまであまり興味のなかったクラスメイトの色恋模様を垣間見て、思わず感心する。人の心とは往々にしてままならないものだ。

「あ? 逆って何がだよ。おら、それ寄越せ!」

 案の定女子の連絡先だと勘違いされた可愛らしいメモ用紙は、放課後タクロウくんたちに奪われてしまったけれど、番号は頭に入っているから問題なかった。