誰かとお店でお茶をするなんて、初めてだった。緊張の面持ちで店までの道のりを歩いていると、リヒトさんがこっそり声をかけてくれる。
「……ごめんね、ユウヒくん。無理に付き合わせちゃって」
「いえ、外でもリヒトさんと居られるの……嬉しいです」
「よし、着いたぞ!」
アキラさんに案内されたのは、想像していた流行りのお洒落なお店ではなく、昔ながらの喫茶店だった。
ベルの付いたドアを押し開き店に入ると、料理の匂いに混ざり古い木造の匂いがして、席につくとステンドグラスに似たテーブルランプが目に入る。
年期の入ったソファーと、薄暗い店内。そのレトロな雰囲気は、なんとなく教会と似ていて落ち着いた。
「……ここ、僕のお気に入りの店なんだ。ユウヒくんも気に入るといいんだけど」
隣に座りメニューを広げながら、こっそりぼくにそう伝えてくれるリヒトさんに、彼の大切なものを分けてもらえたようで嬉しくなった。
「絶対気に入ります!」
「ふふ、そう? ならよかったよ」
そう言って微笑む彼を見て、ぼくは今この瞬間に栞を挟みたくなる。
ぼくはリヒトさんの一挙一動にすっかり翻弄されているのだと、改めて自覚した。
「すみません、注文お願いします」
それからしばらくして、ぼくの前に置かれたのは、ステンドグラスに似た綺麗な色味でぱちぱちと弾ける、さくらんぼの乗ったクリームソーダだった。
見た目も味も本来ならきっと好ましいのに、ぼくはあまりそれを楽しめずにいた。
その原因は、やはり目の前の彼だ。
「……それでリヒトときたらあの時さー」
「ちょっと、アキラ。あんまりユウヒくんの前で変な話しないでくれるかな」
「お、なんだ。子供の前でカッコつけたいのか?」
「そんなんじゃないけど……ごめんね、ユウヒくん。こんな話聞いてもつまらないよね」
「あ、いえ……そんなことないです。リヒトさんのこと知れるの、嬉しいですし……」
クリームソーダのグラスの向こうには、身振り手振りを交えて楽しげに話すアキラさん。会話のほとんどが、ぼくの知らないリヒトさんのこと。
リヒトさんのことならなんだって、たくさん知りたいと思うのに、アキラさんの口から聞くのはなんだか嫌だった。
せっかくのクリームソーダの味もわからなくて、そのまま氷が溶けて薄まっていく。
あの夜紙コップで二人で飲んだ紅茶の方が、何百倍も美味しいと感じた。
ちらりと横目にリヒトさんを見ると、相変わらず綺麗なその横顔は、ぼくが普段見ている穏やかな笑みとは違う温度を持っている。
「……」
早く教会に帰りたい。せっかくリヒトさんが居るのに、そんなことを考えてしまう。二人は時々ぼくの様子を気にかけてくれるけれど、ぼくは曖昧に笑いながら相槌を打つしか出来なかった。
気を遣われるのに、教室の片隅で息を殺すのとは違う疎外感に、何とも言えず苦しくなる。
「……あ、劇団といえば、去年リヒトが演じてた殺人鬼役なんて凄かったんだぞ」
時折ストローを噛みながら、視線の置き場に悩みぼんやりとテーブルランプを眺めていると、不意に聞き捨てならないアキラさんの言葉が耳に飛び込んできて、ぼくは勢いよく顔を上げる。
「リヒトさんが、殺人鬼役……?」
教会の裏庭で罪を埋める彼の姿が鮮明に浮かび、思わず心臓が跳ねた。
動揺するぼくに、アキラさんは得意気な様子で言葉を続ける。
「おう。こいつ、普段から割と憑依型のカメレオン役者なんだけどさ……殺人鬼ともなると、さすがに空気感から全然違って……同じ板の上に居て鳥肌立ったもんな」
詳しく話を聞こうと前のめりになったところで、ティーカップを置いたリヒトさんが少し冷たい声で告げた。
「……ねえアキラ。そろそろ時間じゃない?」
「え!? うわ、マジだ、やばっ。話しすぎたな……よし、戻るか!」
アキラさんはポケットから灰色の猫のステッカーが挟まれたスマホを取り出して、時刻を確認しながら慌てて手元のコーヒーを飲み干す。
「……」
リヒトさんも、動揺したのだろうか。それとも、ぼくに何か隠したかったのだろうか。いつもより冷たく強張ったその声や目元に、ぼくは胸がざわついた。
席を立ち、アキラさんがぼくたちの分も纏めて会計してくれるのを出口近くで眺めながら、リヒトさんに確かめようと小さな声で問いかける。
「あの、さっきの話……」
「ユウヒくん、引き留めた上に慌ただしくてごめんね。僕たち戻らないといけないから……今日はここで解散しようか」
「……え……あ、はい……」
リヒトさんはいつもの柔らかい雰囲気に戻っていたものの、そんな風に明確な線引きをされて、ぼくはそれ以上踏み込めなくなる。
余計にモヤモヤとしつつも、ぼくは会計を済ませこちらに近付いてきたアキラさんに頭を下げた。
「……あの、ご馳走さまでした」
「おう! それじゃあ少年、これからもうちのリヒトとキラサのこと、よろしくな」
「……、……はい、こちらこそ」
店を出て、ぼくは手を振るリヒトさんたちと別れた。
その後ろ姿が人混みに紛れ遠ざかるのを眺めながら、最後の言葉に胸の中がじりじりと焼け焦げるのを感じる。
買い出しは中止し、ぼくは一刻も早く教会に帰りたくなって、その場から駆け出した。
「……っ」
星之瀬さんは、妹だからわかる。クラスメイトとしてよろしくされたのだ。なんならタクロウくんのシャープペンシルを盗む際についた「星之瀬さんが好き」だという嘘を、本人なり小日向さん経由なりで知っていた可能性もある。
けれどリヒトさんまで『うちの』扱いするなんて、どうしても許せなかった。リヒトさんから線引きされて落ち込んでいたぼくは、我が物顔でリヒトさんを語る存在に、明確な嫌悪を抱く。
「……あいつがいるから、リヒトさんは毎日教会に来られない? あいつがいたから、リヒトさんはぼくに線を引いた? あいつがいるせいで、こんなにも胸の奥がざわつく? ……あいつさえいなければ、リヒトさんはずっと、ぼくだけの神さまでいてくれる……?」
ようやく足を止めた教会へと至る森の入り口。炎天下に一人佇むぼくは、足元の地面に濃く浮かび上がる真っ黒な影を、穴を掘るように何度も何度も踏みつけた。
*****



