ぼくの神さま。


 あっという間に冬休みは終わりを迎え、やがて春になり、ぼくは三年生になった。

 暖かく過ごしやすくなった気候とは裏腹に、受験生になったことで、周りはすでにピリピリとしていた。
 タクロウくんとヨイチくんは勉強に集中するためか、授業中にゴミを投げてくるようなことはしなくなったものの、受験勉強のストレス発散にと、放課後になると塾までの隙間時間に呼び出しては、ぼくをサンドバッグにすることも増えた。
 けれど、殴られている間ぼくがつい嬉しそうな顔をするものだから、二人は気味悪がって近頃は早々に解放してくれる。
 そんな時には、ぼくはまっすぐ教会へと向かった。

「あ、リヒトさん……! 来てたんですね」
「いらっしゃいユウヒくん……おや、今日も殴られたのかい? 可哀想に。ほら、ここに座って見せてごらん」
「は、はい……」

 以前はあまり踏み込まない距離感だった。今でも埋葬の儀式の時には踏み込めない壁のようなものを感じるけれど、あの夜イジメの話をして以降、ぼくが怪我をしているのに気付くと、リヒトさんは簡単な手当てをしてくれるようになった。
 いつの間にか小部屋には、ぼく用の救急箱も置かれていて、それがなんだかくすぐったかった。

「……他に痛いところはある?」
「大丈夫です、ありがとうございます」

 消毒をして、絆創膏やガーゼを貼るくらいの応急措置。けれど人を殺し埋める冷酷なはずの指先が、こうしてぼくの傷を癒そうとする。そんな特別な時間を思うと、ぼくはどんな痛みにも耐えられて、つい嬉しくなってしまうのだ。

 いっそ自ら傷付けて、リヒトさんに看て欲しくもなるけれど、毎日会えるわけではないからタイミングが合わなければ虚しいだけで、それがぼくを冷静にさせた。
 それにきっと、わざと怪我をしたりしたら、彼はそれを見抜いて、愚かなぼくに呆れてしまうかもしれない。せっかくの手当てを無駄にすると、もう二度と触れてもらえないかもしれない。
 リヒトさんは優しいけれど、一度引かれた線は消えない気がした。

「さて……ユウヒくん、僕は今日も裏庭に用があるんだけど、きみはどうする?」
「手伝わせてください。リヒトさんのためなら、なんでもします」
「ふふ、ありがとう……それじゃあ、シャベルを用意しておいて」
「はいっ!」

 時に気まぐれに近付いたり、手を伸ばそうとすれば離れたり、彼は自由に舞う蝶のように掴み所がなかったけれど、その分向こうから近付いてくれると、奇跡のように嬉しくなる。
 そうしてぼくの世界は、教会とリヒトさんを中心に、かつてない程穏やかに回っていた。

「やっぱりリヒトさんは、ぼくの神さまだ……」
「……何度も言うけど、僕は神さまなんかじゃなく、ただの悪い人間だよ」

 そう言って困ったように微笑むリヒトさんは、罪を重ねても尚、いつだって綺麗だった。
 ぼくはその姿を見ていたくて、自然と顔を上げるようになった。

 春の柔らかく暖かい、綻んだ花と砂埃の混ざった少し甘い空気から、夏のじりじりと焦げ付くように暑く、時折青の混ざる空気に変わり行くこの一瞬一瞬が、かけがえのないもののように感じる。
 世界がこんなにも繊細な色彩を帯びていることに、ひとり俯いてばかりでは気付けなかった。
 すべてが輝いて見えるのは、リヒトさんに出会えたからだ。

 ずっとこのままいられたらと、ぼくは心から祈った。