女の埋葬を終えた後、気付けば時計の針はてっぺんに近付いていた。こんな夜更けに帰すわけにはいかないからと、今夜はそのまま教会に泊めてもらえることになった。
真夜中の礼拝堂は昼間よりもひんやりとしていて、静寂が耳に痛いくらいだった。ぼくたちの足音どころか、呼吸音や心音まで、すべてが反響しているような気がした。
軋む階段を登り、小部屋の扉を開けると、気持ちの高揚と裏腹にぐったりと疲れた身体をソファーに沈める。
「はー……」
先ほどまで穴を照らしていたランタンの明かりが揺れる小部屋は、より秘密めいていて、どこか特別感があった。
「お疲れ様。……あいにく電気は通っていなくてね、寒くないかい?」
「あ、はい……ありがとうございます」
彼が持ち込んだのだろう。以前は聖書くらいしかなかった本棚の空いているスペースには、気付けば膝掛けやタオルが置いてあった。
タオルを借りて、ストックのペットボトルの水で汚れを落としたぼくは、羊のように白くてふわふわの膝掛けにくるまり深く息を吐く。
洗面台の傍の棚にはカセットコンロもあり、それを使ってリヒトさんは温かな飲み物を用意してくれた。
使い捨ての紙コップに淹れられた簡素なティーパックの紅茶が、特別なもののように感じる。
じんわりと指先が温まり、今更ながら小さく震えた。
「……さてと。ユウヒくん。きみのことを、少し教えてくれるかな」
「……え? ぼくのこと、ですか?」
「うん。さっきは……正直驚いた。僕は、きみのことをよく知らないんだって気付いてね……興味が湧いたんだ」
ぼくの罪も、こんな場所にいる理由も、いつも深く聞かず受け入れてくれたリヒトさん。その彼が、初めて自分からぼくのことを知ろうとしてくれる。
そのことにぼくも驚いて、それ以上に嬉しくて、壁に凭れるようにしたリヒトさんを見上げる。
「なんでもいいよ。学校のことでも、家のことでも、きみの集めた罪のことでも。……もちろん、話したくなければこのままソファーで寝てくれて構わない」
「……いえ、その、知って欲しいです。そんなに楽しい話はないんですけど……」
ぼくは少し考えてから、ぽつりぽつりと、自分のことを語った。
お父さんは、物心ついた頃にはいなかったこと。お母さんはいつも酔っていて、いろんな男の人といて帰ってこない日もあること。
兄弟もいないから、小さい頃からひとりぼっちで過ごすことが多かったこと。テストでいい点を取れば褒めて貰えるかと思い、勉強を頑張る習慣がついたこと。箱に溜めていたテストの答案用紙は、今も捨てられないこと。
今はお互い家に居てもどちらかが寝ていたりと生活も合わず、しばらくろくに会話もしていないこと。だから今夜ここに泊まっても、きっと心配もされないこと。
クラスメイトのタクロウくんやヨイチくんに、学校でイジメられていること。いつも消しカスを投げつけられたり、地味な嫌がらせをされること。
放課後人気のないところに呼び出されて、殴られたりもすること。顔や目立つ場所にはアザを作らないように、彼らなりに気を遣っていること。
もし誰かに見つかっても、ぼくが転んだのを助けたのだと言い訳されて、ぼくは助けを求められず同意してしまうこと。なんなら自分から二人は悪くないと言い訳をしてしまうこともあること。
だけど後になって苦しくなって、ぼくは嫌がらせを受ける度に、黒いノートにされたことやその時の気持ちをメモしていること。
一年生の時、二人に肝試しにと連れて来られた黄昏時の廃墟の教会は、今よりも怖かったこと。けれどここで出会ったミーティアは、ぼくにとって唯一の友達だったこと。
誰も寄り付かないこの場所を、こっそり秘密基地にしていたこと。
「……なるほど。きみが定期的に通っていたから、建物内も思ったより綺麗だったわけだ」
「はい……快適に過ごすために掃除とかも少しはしてました。……あと、ぼくの場所にしたかったので、もう誰も肝試しに来ないように『錆びた釘が出てて危ない』とか『割れた硝子が散乱してる』とか、心霊じゃない方面で怯えるふりして注意喚起したり……」
「おや、現実的。……思いの外用意周到だね」
「あはは……廃墟だし、危ないから立ち入り禁止なのは、わかってたんですけど。ぼくにとって、ここが一番安心できたんです」
自分のことを話すのは、なんだか罪の懺悔と少し似ていて、何度か言葉に詰まった。
けれどリヒトさんは急かすことなく、穏やかに相槌を打ってくれる。そのことに、ひどく安心した。
「……それで、夏にミーティアが死んで……ぼくはあの日、リヒトさんに出会ったんです……」
ぼくの語る半生は、楽しいことなんてほとんどなかった。全部自分が悪いのだと、苦しみの理由を自分の中で完結させていた。ぼく自身が罪の象徴だった。
けれど今はこうして、ぼくの罪を和らげる方法を教えてくれ、ぼくを知ろうとしてくれる人が居る。
リヒトさんの存在だけが、ぼくの救いだった。
「そっか……。話してくれてありがとう、ユウヒくん。……僕もね、この教会が拠り所だった時期があるんだよ」
「え……?」
リヒトさんが初めて、自分のことを話してくれた。そのことにぼくはひどく驚いて、彼を見上げる。ランタンの明かりに照らされたリヒトさんは、どこか懐かしむような優しげな微笑みを浮かべていた。
真夜中の礼拝堂は昼間よりもひんやりとしていて、静寂が耳に痛いくらいだった。ぼくたちの足音どころか、呼吸音や心音まで、すべてが反響しているような気がした。
軋む階段を登り、小部屋の扉を開けると、気持ちの高揚と裏腹にぐったりと疲れた身体をソファーに沈める。
「はー……」
先ほどまで穴を照らしていたランタンの明かりが揺れる小部屋は、より秘密めいていて、どこか特別感があった。
「お疲れ様。……あいにく電気は通っていなくてね、寒くないかい?」
「あ、はい……ありがとうございます」
彼が持ち込んだのだろう。以前は聖書くらいしかなかった本棚の空いているスペースには、気付けば膝掛けやタオルが置いてあった。
タオルを借りて、ストックのペットボトルの水で汚れを落としたぼくは、羊のように白くてふわふわの膝掛けにくるまり深く息を吐く。
洗面台の傍の棚にはカセットコンロもあり、それを使ってリヒトさんは温かな飲み物を用意してくれた。
使い捨ての紙コップに淹れられた簡素なティーパックの紅茶が、特別なもののように感じる。
じんわりと指先が温まり、今更ながら小さく震えた。
「……さてと。ユウヒくん。きみのことを、少し教えてくれるかな」
「……え? ぼくのこと、ですか?」
「うん。さっきは……正直驚いた。僕は、きみのことをよく知らないんだって気付いてね……興味が湧いたんだ」
ぼくの罪も、こんな場所にいる理由も、いつも深く聞かず受け入れてくれたリヒトさん。その彼が、初めて自分からぼくのことを知ろうとしてくれる。
そのことにぼくも驚いて、それ以上に嬉しくて、壁に凭れるようにしたリヒトさんを見上げる。
「なんでもいいよ。学校のことでも、家のことでも、きみの集めた罪のことでも。……もちろん、話したくなければこのままソファーで寝てくれて構わない」
「……いえ、その、知って欲しいです。そんなに楽しい話はないんですけど……」
ぼくは少し考えてから、ぽつりぽつりと、自分のことを語った。
お父さんは、物心ついた頃にはいなかったこと。お母さんはいつも酔っていて、いろんな男の人といて帰ってこない日もあること。
兄弟もいないから、小さい頃からひとりぼっちで過ごすことが多かったこと。テストでいい点を取れば褒めて貰えるかと思い、勉強を頑張る習慣がついたこと。箱に溜めていたテストの答案用紙は、今も捨てられないこと。
今はお互い家に居てもどちらかが寝ていたりと生活も合わず、しばらくろくに会話もしていないこと。だから今夜ここに泊まっても、きっと心配もされないこと。
クラスメイトのタクロウくんやヨイチくんに、学校でイジメられていること。いつも消しカスを投げつけられたり、地味な嫌がらせをされること。
放課後人気のないところに呼び出されて、殴られたりもすること。顔や目立つ場所にはアザを作らないように、彼らなりに気を遣っていること。
もし誰かに見つかっても、ぼくが転んだのを助けたのだと言い訳されて、ぼくは助けを求められず同意してしまうこと。なんなら自分から二人は悪くないと言い訳をしてしまうこともあること。
だけど後になって苦しくなって、ぼくは嫌がらせを受ける度に、黒いノートにされたことやその時の気持ちをメモしていること。
一年生の時、二人に肝試しにと連れて来られた黄昏時の廃墟の教会は、今よりも怖かったこと。けれどここで出会ったミーティアは、ぼくにとって唯一の友達だったこと。
誰も寄り付かないこの場所を、こっそり秘密基地にしていたこと。
「……なるほど。きみが定期的に通っていたから、建物内も思ったより綺麗だったわけだ」
「はい……快適に過ごすために掃除とかも少しはしてました。……あと、ぼくの場所にしたかったので、もう誰も肝試しに来ないように『錆びた釘が出てて危ない』とか『割れた硝子が散乱してる』とか、心霊じゃない方面で怯えるふりして注意喚起したり……」
「おや、現実的。……思いの外用意周到だね」
「あはは……廃墟だし、危ないから立ち入り禁止なのは、わかってたんですけど。ぼくにとって、ここが一番安心できたんです」
自分のことを話すのは、なんだか罪の懺悔と少し似ていて、何度か言葉に詰まった。
けれどリヒトさんは急かすことなく、穏やかに相槌を打ってくれる。そのことに、ひどく安心した。
「……それで、夏にミーティアが死んで……ぼくはあの日、リヒトさんに出会ったんです……」
ぼくの語る半生は、楽しいことなんてほとんどなかった。全部自分が悪いのだと、苦しみの理由を自分の中で完結させていた。ぼく自身が罪の象徴だった。
けれど今はこうして、ぼくの罪を和らげる方法を教えてくれ、ぼくを知ろうとしてくれる人が居る。
リヒトさんの存在だけが、ぼくの救いだった。
「そっか……。話してくれてありがとう、ユウヒくん。……僕もね、この教会が拠り所だった時期があるんだよ」
「え……?」
リヒトさんが初めて、自分のことを話してくれた。そのことにぼくはひどく驚いて、彼を見上げる。ランタンの明かりに照らされたリヒトさんは、どこか懐かしむような優しげな微笑みを浮かべていた。



