ぼくの神さま。

 今日は綺麗な満月だ。久しぶりの埋葬の儀式は、月明かりの差し込む裏庭で行われた。冬の土は硬そうで、もしかしたら凍ってしまっているのかもしれない。
 リヒトさんはいつものようにシャベルを手にして、そんな冷たい土を無言で掘り進めていた。
 彼はいつも軍手をしない。罪の重さをこの手できちんと感じたいからだと言っていたけれど、さすがに寒空の下での作業は冷えるのか、指先がすぐに赤くなっていた。

 ぼくはその作業を眺めながら、どこか手持ち無沙汰だった。この間に箱の中身を埋める穴を別に掘ろうにも、そのための道具もない。スコップか何かを持参するべきだったと後悔する。

「あ、あの……ぼくは何を手伝えば……?」
「ああ……そうだな。僕の手元を照らすように、明かりを持っていてくれるかい?」
「はいっ!」

 役目を与えられたぼくは、シャベルと一緒に物置小屋から持ってきていたランタンをつける。正直月明かりだけでは心許なかったから、暖色の光にぼくは一息吐いた。

「……ユウヒくん、光は落ち着く?」
「え? はい……それはもちろん。暗闇は、怖いですし……」
「そう……でもここからは、光を消したくなるかもしれないよ」
「……?」

 リヒトさんの言葉に、ぼくは首を傾げた。やがて穴がいい大きさになったのか、「待っていて」と言われて、ぼくはその場で大人しく待つ。
 できたての穴をランタンで照らしてみるものの、暗がりで見る穴は深く、とても大きい。落ちてしまえば、永遠に這い上がれない気がした。
 そんな奈落の傍らで過ごす時間は永遠にも感じられたけれど、しばらくして、ゴロゴロという車輪の音と共にリヒトさんが帰ってきた。

「ふう。疲れた……」
「あ、おかえりなさ……、っ……!?」

 彼が台車に乗せて運んできたのは、ぼくと同じくらいの大きさの麻袋だった。
 よく見ると、頭と胴体部分にそれぞれサイズの違う袋が被せられていて、嫌でもそれが人間のシルエットだとわかってしまった。

「やっぱり外だと砂利が邪魔だな、一回落としちゃった。……他の移動手段、考えなきゃいけないか……リヤカーとかかな? でも置場所が困るよね」

 いつもの様子で話しながら、リヒトさんは台車を穴の近くで止めて、やれやれと一息吐く。その世間話のような温度感と目の前の光景の差に、ぼくは一瞬目眩がした。

「……あの……それって、まさか……」
「そう。……これは、僕の罪だよ」

 ランタンを持つ手が震えて、照らされる死体の影が揺れる。まるでここから出してともがいているようだった。

「……っ」
「ねえ。罪を埋めるのは、地獄に罪を預けるのと同じだって、前に話したよね?」
「え……」
「罪はいつか、罰として返ってくるんだよ。……だけどきみの罪は、悪戯に増やしただけ。そこに後悔も苦しみもない」

 すべてはリヒトさんの傍に居るためにしたことだった。けれど、それはぼくの自己満足でしかないことは、ちゃんとわかっている。
 だからリヒトさんのせいだとか、リヒトさんのためだとか、そんな風に彼を理由にして反論はできないのも頭の中では理解していた。
 それでも、他ならぬ彼に、その気持ちを軽いものとして扱って欲しくはなかった。ぼくにとっては唯一の手段で、切実な願いだったのだ。

「でも、ぼくは……」
「これだけ増やして、個々に重みもない罪。そんなものに罰を与えられるなんて、嫌じゃない?」
「……っ」

 ぼくは思わず言葉に詰まる。確かに、行為自体は悪いものの、なんとも思っていないものに罰を下されるのは、なんだか複雑だ。本来そのための儀式だというのに、今さら気付く。
 しかしタクロウくんたちの物を壊すのは、復讐にも似た気持ちだった。それに罰を与えられるのは、余計に悔しかった。

「……でも、罪だとカウントするくらいには、悪いことだとわかってはいるんだよね」
「はい……」
「なにか理由があるのかもしれないけれど……わざとそういうことをして誇るのは、少し違うと思うんだ」

 リヒトさんはぼくを諭すように話しながら、人の入っているであろう麻袋を転がすように、台車から穴に落とした。

「まあ……僕には僕の、きみにはきみの罪があるんだから、これ以上とやかく言うつもりはないけれど」

 そんな線を引くような言葉と共に、足元でどさりと重い音がして、ぼくは思わずそちらを照らす。

「……あ」

 衝撃で麻袋の隙間からはみ出た細い首や、そこに巻き付く長い茶色の髪の毛が見えて、その中身が若い女の人であることに気付く。その首には、小さな薔薇のタトゥーが刻まれていた。
 顔は見えないものの、きっとうちのお母さんのような派手な女だ。
 リヒトさんとこの人は、どんな関係だったのだろう。
 リヒトさんは、この女の人を殺した罪を、罰を受けてもいいと思いながら埋葬するのか。
 リヒトさんにとってはぼくの集めたたくさんの罪よりも、この女の人の方が大切で重いのか。
 そう思うとなんだか無性にモヤモヤとした気持ちになって、自分の罪への覚悟も、目の前の死体への恐怖も、一瞬で塗り潰された。

「……あの、リヒトさん」
「うん?」
「それ、ぼくにやらせてください」
「……え? わっ……」 

 ぼくはランタンを押し付けて、驚くリヒトさんからシャベルを奪う。そして、躊躇うことなく女の人の死体に土をかけた。

「……、……ユウヒくん?」

 ぼくの行動は予想外だったようで、呆然としたリヒトさんから戸惑ったように呼ばれても、ぼくは手を止めなかった。