「……ユウヒくん、ユウヒくん」
そしてどれくらい経っただろう、不意に肩を揺すぶられて、夢に見る程焦がれた優しい声に呼ばれて、ぼくはハッと目を覚ました。
「ユウヒくん。こんなところで寝たら、風邪を引くよ?」
「り、リヒトさん……!? あれ? 夢……?」
先程まで見ていたカラフルな罪とは真逆の、白いハイネックの上から黒いコートを羽織るように着た、モノトーンなリヒトさんの姿が目の前にあった。彼はぼくを覗き込むようにして、困ったように笑っている。
「おや、夢を見ていたのかい? ここは現実だよ、おはよう……もう夕方だけど」
「う、おはようございます……。ぼく、いつの間に寝て……」
「本当に、いつから居たんだい? ……ほら、こんなに冷たくなってる」
そう言って肩から頬へと滑るように触れた指先の熱に、夢ではなく本物なのだと理解して、思わず固まってしまう。
そうしている内に窓の外はどんどん日が傾いて、血のように赤い夕陽がリヒトさんの肌や白い服を染めた。
「……、……きれい……」
「え?」
ぼくは思わず、目の前の彼にうっとりと見惚れてしまう。
ぼくは埋められる罪しか知らず、彼が人を殺す場面は見たことがない。
もし血が出る方法を選ぶなら、殺される人は最期の瞬間に、自分の返り血を浴びたこんなにも美しい殺人鬼の姿を見るのだ。
なんて羨ましいんだろう。もし彼がぼくの血で染まるなら、その時どんな顔をするのだろう。
思わずそんな想像をしたところで、「大丈夫? まだ寝ぼけてる?」と心配そうに首を傾げられた。ぼくはふと我に返る。
「だ、大丈夫です! リヒトさんに殺されたいなんてそんな……」
「え……?」
「あ、いや、違くて……そうだ、ぼく、これを埋めたくて……! リヒトさんに、会いたくて……たくさん集めたんです」
ぼくは誤魔化すように、抱えたままだった黒い箱を勢いよくリヒトさんに手渡した。それはかつての罪への懺悔とは違い、貢ぎ物をするような誇らしい気持ちだった。
不思議そうに箱を開けた彼は、それらを一通り眺めた後、少し考えるようにしてから箱をぼくに返した。そして、想像とは違い少し冷たい声で彼は問う。
「……これは、何かな?」
「あ、えっと……ガラクタに見えるかもしれないですけど、全部誰かの大切だったもので……あ、誰の何でどんな大切なのかも全部言えます! まず、こっちのノートはクラスメイトの女の子の……」
「ああ、そういうのはいいよ」
その言葉にいつもの線引きの時のような温度を感じて、ぼくは思わず萎縮した。
「え、あ……そうですよね、すみません……リヒトさんは、ぼくの私生活になんて興味は……」
「そうじゃなくて……きみはどうしてこれらを埋めようと思ったの?」
「え……?」
ぼくはリヒトさんの言葉の意味がわからず、瞬きを繰り返す。
てっきりこれだけの努力を「すごいね」と褒めてくれると思っていた。或いは隣に立つに相応しいと認めてくれると思っていたのに。
「えっと……」
けれどリヒトさんは、少し難しい顔をしたまま、おもむろに隣に腰掛けた。
小さな古いソファーは、鈍く軋んだ音を立てて、僅かな反動の後二人分の体重で沈む。それが土の中に沈むような感覚に思えて、ぼくは少し動揺した。
「埋めたいのは……これ全部、ぼくの罪の証だから……」
「そう……でもユウヒくん、罪と言う割には、今はそんなに苦しんでいないよね?」
「え……っ」
「殺されたいとか言うから、てっきりまた罪悪感に潰されそうなのかと思ったけれど……今のきみは、なんだかいっそ嬉しそうだ」
これらすべて、わざと犯した罪だと見透かされているようで、心臓が大きな音を立てる。
咄嗟に顔を隠すように俯き、視線は泳ぐ。どんな言葉を紡げば神さまの許しを得られるのかと、頭の中で必死に答えを探した。
「……っ」
「…………」
「……、あ……」
長い沈黙の後、小さく溜め息を吐いたリヒトさんが立ち上がる。ソファーは揺れて、呼応するようにぼくの心臓がまた跳ねた。
「り、リヒトさ……」
反射的に縋るように顔を上げると、既に夕陽も沈み薄暗い部屋の中、ぼくを見下ろすリヒトさんは、いつものように優しげな笑みを浮かべていた。
「……ユウヒくん。僕、裏庭に用があるんだ。手伝ってくれるかい?」
「えっ……は、はい……っ!」
それ以上回答を求められないことや、突き放されないことに安堵して、ぼくは慌てて立ち上がる。
手伝いをさせてくれるということは、やはり罪を重ねるのは正解だったのだ。
黒い箱を抱えたまま、ぼくは彼の後をついていく。階段を下りる間、先に下りるリヒトさんをそっと見下ろす。丸い頭を流れるさらさらとした綺麗な黒髪が、いつもより近くに見えた。
その新鮮な視界に感動していると、身体が揺れる度に箱の中身がガチャガチャと鳴った。
確かに彼の言う通り、押し潰されそうな罪悪感なんてほとんどない。だけどその欠片たち一つ一つがぼくの罪なのだと、改めて自分に言い聞かせた。
*****
そしてどれくらい経っただろう、不意に肩を揺すぶられて、夢に見る程焦がれた優しい声に呼ばれて、ぼくはハッと目を覚ました。
「ユウヒくん。こんなところで寝たら、風邪を引くよ?」
「り、リヒトさん……!? あれ? 夢……?」
先程まで見ていたカラフルな罪とは真逆の、白いハイネックの上から黒いコートを羽織るように着た、モノトーンなリヒトさんの姿が目の前にあった。彼はぼくを覗き込むようにして、困ったように笑っている。
「おや、夢を見ていたのかい? ここは現実だよ、おはよう……もう夕方だけど」
「う、おはようございます……。ぼく、いつの間に寝て……」
「本当に、いつから居たんだい? ……ほら、こんなに冷たくなってる」
そう言って肩から頬へと滑るように触れた指先の熱に、夢ではなく本物なのだと理解して、思わず固まってしまう。
そうしている内に窓の外はどんどん日が傾いて、血のように赤い夕陽がリヒトさんの肌や白い服を染めた。
「……、……きれい……」
「え?」
ぼくは思わず、目の前の彼にうっとりと見惚れてしまう。
ぼくは埋められる罪しか知らず、彼が人を殺す場面は見たことがない。
もし血が出る方法を選ぶなら、殺される人は最期の瞬間に、自分の返り血を浴びたこんなにも美しい殺人鬼の姿を見るのだ。
なんて羨ましいんだろう。もし彼がぼくの血で染まるなら、その時どんな顔をするのだろう。
思わずそんな想像をしたところで、「大丈夫? まだ寝ぼけてる?」と心配そうに首を傾げられた。ぼくはふと我に返る。
「だ、大丈夫です! リヒトさんに殺されたいなんてそんな……」
「え……?」
「あ、いや、違くて……そうだ、ぼく、これを埋めたくて……! リヒトさんに、会いたくて……たくさん集めたんです」
ぼくは誤魔化すように、抱えたままだった黒い箱を勢いよくリヒトさんに手渡した。それはかつての罪への懺悔とは違い、貢ぎ物をするような誇らしい気持ちだった。
不思議そうに箱を開けた彼は、それらを一通り眺めた後、少し考えるようにしてから箱をぼくに返した。そして、想像とは違い少し冷たい声で彼は問う。
「……これは、何かな?」
「あ、えっと……ガラクタに見えるかもしれないですけど、全部誰かの大切だったもので……あ、誰の何でどんな大切なのかも全部言えます! まず、こっちのノートはクラスメイトの女の子の……」
「ああ、そういうのはいいよ」
その言葉にいつもの線引きの時のような温度を感じて、ぼくは思わず萎縮した。
「え、あ……そうですよね、すみません……リヒトさんは、ぼくの私生活になんて興味は……」
「そうじゃなくて……きみはどうしてこれらを埋めようと思ったの?」
「え……?」
ぼくはリヒトさんの言葉の意味がわからず、瞬きを繰り返す。
てっきりこれだけの努力を「すごいね」と褒めてくれると思っていた。或いは隣に立つに相応しいと認めてくれると思っていたのに。
「えっと……」
けれどリヒトさんは、少し難しい顔をしたまま、おもむろに隣に腰掛けた。
小さな古いソファーは、鈍く軋んだ音を立てて、僅かな反動の後二人分の体重で沈む。それが土の中に沈むような感覚に思えて、ぼくは少し動揺した。
「埋めたいのは……これ全部、ぼくの罪の証だから……」
「そう……でもユウヒくん、罪と言う割には、今はそんなに苦しんでいないよね?」
「え……っ」
「殺されたいとか言うから、てっきりまた罪悪感に潰されそうなのかと思ったけれど……今のきみは、なんだかいっそ嬉しそうだ」
これらすべて、わざと犯した罪だと見透かされているようで、心臓が大きな音を立てる。
咄嗟に顔を隠すように俯き、視線は泳ぐ。どんな言葉を紡げば神さまの許しを得られるのかと、頭の中で必死に答えを探した。
「……っ」
「…………」
「……、あ……」
長い沈黙の後、小さく溜め息を吐いたリヒトさんが立ち上がる。ソファーは揺れて、呼応するようにぼくの心臓がまた跳ねた。
「り、リヒトさ……」
反射的に縋るように顔を上げると、既に夕陽も沈み薄暗い部屋の中、ぼくを見下ろすリヒトさんは、いつものように優しげな笑みを浮かべていた。
「……ユウヒくん。僕、裏庭に用があるんだ。手伝ってくれるかい?」
「えっ……は、はい……っ!」
それ以上回答を求められないことや、突き放されないことに安堵して、ぼくは慌てて立ち上がる。
手伝いをさせてくれるということは、やはり罪を重ねるのは正解だったのだ。
黒い箱を抱えたまま、ぼくは彼の後をついていく。階段を下りる間、先に下りるリヒトさんをそっと見下ろす。丸い頭を流れるさらさらとした綺麗な黒髪が、いつもより近くに見えた。
その新鮮な視界に感動していると、身体が揺れる度に箱の中身がガチャガチャと鳴った。
確かに彼の言う通り、押し潰されそうな罪悪感なんてほとんどない。だけどその欠片たち一つ一つがぼくの罪なのだと、改めて自分に言い聞かせた。
*****



