翌週、小日向さんの協力を得て、シャープペンシルの偽物が完成した。同じ店で作った、同じ刻印のものだ。これならバレないだろう。
そうして予定通り、昼休みにぼくがタクロウくんをわざと挑発し痛め付けられている間、彼女はすり替えに成功したらしい。
教室に戻った時、すれ違い様にこっそりピースをしてくれた彼女に、ぼくは小さく頷く。理不尽な痛みを受けた甲斐があった。
「さて、と……ここからだ」
これで作戦が終わりな訳ではない。タクロウくんから本物のシャープペンシルは奪ったものの、それは小日向さんの手元にあるのだ。
「……罪は、埋めなくちゃいけないんだから」
そう、罪の証は手元になくては意味がないのだ。
ぼくはその日、隙を見て小日向さんからシャープペンシルを盗むことにした。最初に断念した、仮病を使い体育を脱け出す作戦だった。
午後一の体育の授業が始まると、お腹が痛いと先生に伝え、ぼくはグラウンドから一人校舎へと戻る。女子は体育館で授業中だろう。ぼくは無人の教室へと、こっそり向かった。
「……あった」
真面目で慎重なところのある小日向さんなら、すり替えた本物は誰にも見られないよう荷物の奥底か、或いは制服のポケットに入れ、肌身離さず持つだろうと考えた。
木を隠すなら森の中という言葉もあるが、ぼくらのような大人しいタイプの人間が秘密を隠すのは、大抵人目につかない場所だ。
盗んだ時はすぐにポケットに。そしてすぐに体育があるのはわかっているから、着替えの際に落とすのを恐れ、きっとその前に何かに移し替えるだろう。
そうなると、人目につかないトイレかどこかでこっそり作業出来る、持ち運びしやすいポーチか何かの小さな入れ物。
そして案の定、鞄の奥にあったミントグリーンのポーチから、それは出てきた。
「……よかった。制服に入れっぱなしだったら、女子更衣室まで行かなきゃいけないところだった……」
ぼくは安堵から深く息を吐く。女子の荷物を物色するなんて、ましてや女子更衣室に侵入するなんて、見付かりでもしたら大事だ。
いくら気配を殺すのが得意でも、犯行現場を見られたら終わりだった。
緊張で心臓が飛び出そうで、冬なのに汗が止まらなかった。それでも、ぼくは成し遂げた。
「これでよし……」
あの日櫛を隠したように、ぼくは自分のジャージの上着のポケットに、タクロウくんのシャープペンシルの入ったポーチごと隠した。
そして何食わぬ顔をして教室を出て、保健室へと向かった。出迎えてくれた保健室の先生は、ぼくの顔を見た瞬間驚いたようにした。
「あらあら、どうしたの!?」
「あの、二年一組の雨宮です……すみません、お腹が痛くて……」
「雨宮くんね。本当、ひどい汗だし、顔色も悪いわ! 辛いでしょう、横になって休んでいきなさい。……ああ、お腹に温かいものを当てましょうか。ちょっと待っててね」
「すみません……トイレに寄ってから来たので、大分よくはなったんですけど……」
嘘の証言でアリバイを作り、仮病を疑われることもなく、ぼくは少し休ませてもらうことにした。
嘘をついている罪悪感と、心配してくれる申し訳なさはもちろんあったけれど、今のぼくは、内心作戦成功の喜びでいっぱいだった。
そうしてしばらく休ませて貰い、腹痛が回復したことにして、ぼくは次の授業が始まる頃に教室に戻った。
「あ。雨宮クン、トイレと仲良しになってたんだって? 貧乏だからって、拾い食いでもしたんじゃねぇの?」
「……保健室で休んだから、もう平気」
「ユウヒ、ドッジボール出来なくて残念だったな? せっかくボールたくさん投げてやろうと思ったのによー。腹を狙ったら面白かったろうに」
にやにやと笑うタクロウくんたちにお腹を痛めたことをからかわれたが、彼らの大切なものを人知れず手に入れた高揚から、苛立つ気持ちは感じなかった。
「え、雨宮くんお腹痛かったの? 大丈夫?」
「うん、ありがとう……小日向さん」
タクロウくんに優しい女子アピールをしたかったのだろうか。それとも委員長としての責任感か。この作戦以前はこんな風に親しげに話したこともなかった小日向さんが心配してくれたことに、ぼくは複雑な気持ちになる。
秘密の共犯とするのなら、表立って接触しない方がいいのだ。
そしてなにより「ユウヒのくせに女子に心配されるなんて生意気だ」と、放課後さらに呼び出される未来が見えた。
嫌な想像をしていると、次の授業の先生が教室に入ってきて、一人ジャージ姿のぼくを見る。
「……お。雨宮、大丈夫か? 更衣室あいてるから、さっさと着替えてこい」
「あ……はい、先生」
戻るタイミングを調整したおかげで、ぼくはみんなが授業を始める頃、一人更衣室でゆっくりと着替えることができた。
この目立つミントグリーンのポーチも、誰にも見られることなくジャージのポケットから移し替えられる。
「……」
小日向さんは、帰宅してからポーチごとシャープペンシルがないことに気付くだろう。
落としたか、或いはその時ぼくを容疑者として疑うだろうが、そんなことをするメリットはないと判断してくれるはずだ。
そもそもこの提案をしたのはぼくだし、ぼくはまだ星之瀬さんの大切なものを手に入れていないのだ。
本来そんなものぼくには必要ないのだと知るよしもない彼女は、協力を得られる前に裏切るなんて思わないはずだ。
「ごめんね、小日向さん……」
タクロウくんの手元には、偽物がある。犯行には気付かないのだから、犯人捜しなんてすることはない。
小日向さんはタクロウくんからシャープペンシルを盗んだ加害者なわけで、彼女が紛失に気付いたとして、被害を訴えることは出来ない。
それをするとしたら、自分の犯行とその理由を自ら証言する必要があるのだ。そんなこと、優等生の彼女が出来るはずもなかった。
そうしてぼくの計画は、誰にも咎められることなく成功に終わった。
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