ぼくの神さま。


 放課後になり、タクロウくんたちが塾へ行くのだと帰宅するのを確認してから、ぼくは小日向さんとの待ち合わせ場所に向かった。

 来年取り壊しの決まっている旧校舎の一室。滅多に人が来ないここは、よくタクロウくんたちに殴られるスポットのひとつだった。
 そんなことも知らない小日向さんは、普段立ち寄らない空間にそわそわとした様子でやって来た。

「お待たせ、雨宮くん」
「ううん。ぼくも今来たところだから」
「ふふ……なんだかデートの待ち合わせの台詞みたい」
「いつか、タクロウくんと言い合えるといいね」
「もーっ、恥ずかしいこと言わないでよ!」

 彼女は約束を守り友達に内緒で来たようで、少し緊張と高揚をしているようだった。秘密というのは、特別で、なんとも楽しいものだ。
 空き教室の壁に凭れ、ぼくたちは楽しげな空気を纏いながら、声をひそめ秘密の相談をする。

「それで? 雨宮くんの好きな子って?」
「……誰にも内緒だよ?」
「もちろん!」
「同じクラスの……星之瀬キラサさん」

 ぼくはもったいぶってから、小日向さんと仲の良い女子の名前を告げる。
 実際は星之瀬さんのことが好きどころか、会話をしたことさえない。けれどその方が都合がよかった。

「えーっ、意外! 雨宮くんとキラサちゃんって、絡みあったっけ? ……でもわかるかも、キラサちゃんってめちゃくちゃ可愛いもんね。お兄ちゃんもすっごいイケメンなんだよ! 俳優さんなんだって!」

 クラスの中でも目立つ『星之瀬キラサ』は、そのアイドルのような見た目の可愛らしさから、男子にも人気だった。
 彼女へ好意を持つ男子が今さらぼく一人増えたところで、目立つこともない。

「へえ……そうなんだ? 美形の遺伝子だ」
「本当にそう……羨ましい。わたしもあやかりたい……」
「あはは。小日向さんもそのままで十分可愛いよ」
「え……っ」
「それでさ、知っての通りぼくは星之瀬さんと接点がまったくないから……まずはさっき話した『おまじない』を試してみたいなって思って」
「あ……えっと。わたしから紹介するとか、然り気無くサポートするとかしなくていいの?」

 世話好きの小日向さんらしい言葉が飛び出してきて、ぼくは慌てて首を振る。それから少し考えて、もっともらしいことを言った。

「いいんだ。逆に、ゼロからスタートした方が、おまじないの効果がわかりやすいと思うし」
「それは、確かに……!」
「やるからには効果も気になるもんね」

 それからぼくは、適当にでっち上げた『恋のおまじない』を小日向さんに説明した。

 意中の相手の大切なものをこっそり入手し、自分でまったく同じものを用意する。そしてそれを、相手に気付かれないように入れ替える。一年間それが相手にバレなければ、恋が叶うというものだ。

「へえ、そんなおまじないがあるんだね……でも、好きな人の大切なものかぁ……なんだろう」

 ぼくは一緒に考えるふりをして、さも今思い出したかのように手を叩いた。

「あ、タクロウくん、誕生日にシャープペンシルを貰ったって言ってたんだ。紫色の、金属製のやつ。しかも名前入りだし、効果抜群って感じしない?」
「なるほど……名前があるなら、同じ刻印のを用意したらいっそ偽物だってバレにくそう!」
「そうそう。それに……好きな人の使った名前入りのアイテムなんて、ゲットできたら最高の宝物になりそうじゃない?」
「うん……! 本当にそう!」

 ぼくが思い付いた、タクロウくんのシャープペンシルを盗む作戦。
 大事な宝物が盗まれ紛失すれば、すぐにその物と共に犯人捜しが始まる。
 しかし偽物が手元にあるのなら、本物を奪ってもタクロウくんにバレることはないだろう。要は替え玉作戦だ。

 一見回りくどいけれど、一番安全かつ、大切なものを奪われるのに気付かない間抜けなタクロウくんを嘲笑える、一石二鳥の作戦だった。

 けれど肝心の偽物を用意するだけの資金がぼくにはなく、誰かに頼む必要があったのだ。
 だが、そこでさらに問題があった。他人の名前入りのシャープペンシルをわざわざ用意してくれる人なんて、いるだろうか。

 そう考えた時に、クラスの女子たちがよく騒いでいる、流行りのドラマに出てくるアイドルのことを思い出した。
 彼女たちが、推しのアイドルの名前入りグッズを自作したという話を、先日偶然聞いたのだ。

 大切な人の名前は、呟くだけで幸せになる魔法の呪文ような力を持つことを、ぼくも身をもって知っている。
 そしてぼくは、今回のすり替え作戦を実行するべく、ターゲットであるタクロウくんに好意を持つ女子を利用することにしたのだ。

「小日向さんが同じものを用意でき次第、ぼくが昼休みにでもタクロウくんを引き付ける。だから、その間にこっそり入れ替えなよ」
「いいの? でも、上手くいくかなぁ……」
「うん。小日向さんは委員長だし、提出物の回収とか、理由を付けて机の近くにいても不自然じゃないしね」
「そっか! 委員長やっててよかった……!」

 タクロウくんを引き付けるということは、自らイジメられに行くようなものだ。
 中々に自虐的な作戦だったが、背に腹は代えられない。ぼくはその痛みを想像し、わずかに眉を下げる。

「……その代わり、ぼくが星之瀬さんの私物に近付くのはちょっと目立つから、代わりにお願いしてもいい……? 偽物の準備はちゃんと自分でやるからさ」
「あ、協力ってそういうことか……うん、わかった! そういうことなら任せておいて!」
「ありがとう、小日向さん。よろしくね」

 こうして、ぼくにだけ有利な共犯関係を結んだ。
 この場合、お互いに協力すると見せかけて、実行犯はどちらも彼女なのだ。

 そんなことに気付きもしない彼女は、秘密の作戦にわくわくとした様子だった。
 それからぼくは、今朝タクロウくんの自慢話の中で聞いた刻印の表記からどの店の品かまで、シャープペンシルに関する情報を詳しく話した。

「ふむふむ、ありがとう! さすが仲良しさん。詳しいね。それなら来週にでも用意できそう!」
「はは、まあね。そっか……それじゃあ、このことはくれぐれも、二人だけの秘密だよ」
「うん。お互い幸せ目指して頑張ろうね!」

 関係のない小日向さんを巻き込み、その純粋な恋愛感情を利用する罪悪感はあったものの、それさえも嬉しかった。
 だって、罪に対する苦しみが強ければ、その分埋める時に救われる。神さまの恩恵を強く感じられる気がしたのだ。


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