ぼくの神さま。



 午後になり、理科の実験授業で、ぼくは一緒の班になった『小日向(こひなた)アカリ』にこっそりと声をかけた。
 彼女はクラスの中でも、真面目寄りの女の子だ。みんなから信頼される良きクラス委員長で、用事がある時や行事の際には男女問わず気兼ねなく声をかけてくれることから、ぼくでも比較的話しかけやすかった。

「ねえ、小日向さん……ちょっといい?」
「ん……? どうしたの? 雨宮くん。わからないところでもあった?」

 小日向さんは面倒見がいい。ぼくの小さな声かけに、隣からさらに椅子を寄せ、親身な様子で対応してくれた。
 実験授業のざわめきの中、これなら周りに会話を聞かれることもないだろう。

「……小日向さんって、タクロウくんのこと好きだよね?」

 ぼくはどこのグループにも属さず、輪の外からクラス全体を他人事のように見ていた。
 その中でタクロウくんたちを脅威として警戒していたぼくには、小日向さんがタクロウくんに好意を抱いていることがすぐにわかった。

「えっ!? な……っ」

 ぼくの言葉に彼女は図星とばかりに顔を赤くして、思わず出た大きな声に、慌てて口を塞ぐ。

「アカリ? なんかあった?」
「あっ、ううん、なんでもない……実験続けて」
「そう……?」

 同じグループの女子が顕微鏡から顔を上げる。何かあったのかという周りからの視線にも、小日向さんは慌てて首を振った。
 そうしているうちに先生から次の課題を出され、みんなの関心が彼女から逸れた頃、小日向さんは小声でぼくに問いかけた。

「……えっと、なんでわかったの?」

 彼女は仲の良い女子たちの間でも、率先して恋話をするタイプではなかった。相談は乗る専門という印象だ。
 もちろん女子同士の内緒話の内容までは知らないから、ほとんど勘でしかなかったものの、本気でどこから漏れたのかと戸惑う様子にぼくは曖昧に微笑む。

「んー……なんとなく?」
「うう……そっか、雨宮くんって、タクロウくんたちと仲良いもんね……」
「えっ」

 小日向さんの言葉に、一瞬笑みが固まってしまった。日頃からぼくが、タクロウくんたちによく休み時間や放課後連れ出される場面を見ているからだろう。
 授業中紙くずを投げつけるのも、女子からすれば手紙を回しているようなものと認識されているのかもしれない。

 しかし彼女は、紙くずが単純な嫌がらせであることも、呼び出しの先でタクロウくんたちがぼくに何をしているのかも知らないのだ。
 知っていたら、『仲良し』なんて言葉は到底出てこないし、そもそもあんなやつを好きになんてならないはずだ。
 しかし、今はその言葉をぐっと飲み込んで、彼女の勘違いに乗ることにした。

「うん……仲良しだから。でも大丈夫。タクロウくんは気付いてないと思うよ」
「本当? よかったぁ……」
「……あのさ、それで……よく効く『恋が叶うおまじない』って知ってる? よかったら、お互い協力しない?」
「お互いって……えっ? 雨宮くんも、好きな子いるの!?」

 『よく効くおまじない』に、『お互いに恋の協力』。そんな女子の好みそうなキーワードに、小日向さんももれなく食いついた。普段恥じらいからか自分の恋話をしない彼女なら、なおさら魅力的に聞こえただろう。

「アカリ、次見ていいよー」
「あ、うん……」

 さらに話をしようとしたところで、向かいの女子から顕微鏡が回ってくる。
 ぼくはノートを取るふりをして、端にこっそりメッセージを書き込んだ。

『小日向さん、放課後、時間ある? ここじゃなんだから、こっそり話そう。十六時に旧校舎で待ち合わせ。二人だけの秘密で!』
『わかった!』

 これで彼女は、ぼくを恋する同士として認識したはずだ。
 けれどぼく自身、恋愛になんて興味はない。今のぼくにあるのは、埋めるための罪を確保することだけだった。

「……あとは、放課後……」

 作戦が一歩進んだことに、ひとまず安心する。酔ったお母さんの得意気な語りも、存外馬鹿に出来ないものだ。

 一方的に弱みを握った状態で、脅すように協力を強制されるよりも、お互いに弱みをさらけ出す方が、仲間意識からより協力的になり、秘密も守られやすいのだという。その結果、よりリスクなく成果を得られやすいらしい。
 他人を思い通りに操ろうなんて、したたかで、狡猾で、汚い。そう思っていたけれど、今は使えるものは使わなくてはいけなかった。

「仲間意識……共犯……」

 一瞬リヒトさんの顔が浮かんだけれど、ぼくは見ないふりをした。


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