千冬の家はすでに暖房が入っていて、冷えた身体に優しい、安心する温かさだった。
上着を脱いでリビングに入ると、いつもと少し雰囲気の違う部屋に驚く。
「お邪魔します…、え、すごっ!ツリー!?」
「ふふ、はい。ちょっとだけ、クリスマス仕様にしてみました」
俺の胸くらいの高さのミニツリーには、シャンパンゴールドやシルバー、ホワイトの上品なオーナメントが輝いている。
すぐ横のダイニングテーブルは、サンタと雪だるまの二頭身の木製人形と、キャンドルが飾られ、いつも千冬とゲームをするソファにもタータンチェックの大判ブランケットが掛けられている。
なんか…めっちゃオシャレだ。
おしゃれクリスマス仕様。
「夕飯は、もう少し後でいいですよね。ゲームでもしますか?」
部屋の真ん中で、黒髪の美形が俺に振り返る。
「この前、途中まで観たドラマを観るのもいいですね。あ、とりあえず、温かい飲み物用意しますね。座っててください」
テキパキと指示を出し、キッチンに立つ千冬。
その距離が無性に寂しくて、俺はそっと千冬に近づき、後ろから控えめに背中に触れた。
「千冬…」
「…、…どうしましたか?伊織先輩」
千冬は一瞬、少し驚いたようだったけど、作業の手を止めて肩越しに俺に振り向く。
千冬はココアを作ってくれているらしい。
ほろ苦さの混じるココアの甘い香りが、今の千冬の雰囲気そのもののように感じた。
いつもと違う、千冬。
俺は、千冬の背中に添えた手の横に、静かにおでこをつけた。
「───っ、」
「ごめん…」
千冬が微かに呼吸を乱す。
急に触ってびっくりさせたと思って、謝りはしたけど…、今、千冬から離れるのは嫌だった。
デコだけじゃ足りなくて、頬と耳まで付けて千冬を確かめようとする。
千冬の背中って、思ったより広いんだな…。
背中にもしっかり筋肉がある。
「あの…、伊織、先輩…?」
千冬の躊躇う声が、千冬の困惑具合を伝える。
俺は千冬の背中に顔をつけたまま、呟くように言った。
「………先に、風呂、入んねぇ?」
「………」
千冬の返事はない。
時刻はまだ4時台。
いつも風呂に入る時間に比べたら、まだだいぶ早い時間だ。
千冬も不思議に思って考え込んでいるらしい。
でも俺は、やっぱり千冬に風呂に入って欲しい。
だって…、
「それ…、シャンプーで取れんだろ?」
「…か、髪のことですか?」
「ん」
俺が千冬に風呂に入って欲しい理由。
黒の、髪。
千冬は少し迷ったそぶりを見せてから振り返った。
「…嫌でしたか?」
壊れ物に触れるように俺の手を取って、自分の腰に回す。
千冬に緩く抱きつくような格好になると、千冬は俺の両頬を優しく包み、柔らかな栗色の瞳で俺を見下ろした。
「いつもの方が好きですか?」
「違う、黒もすげぇ似合ってる。似合いすぎてるくらい、…カッコ、いい。……けど、…なんか、いつもの千冬に会いたくなって…」
千冬が小首を傾げ、俺を甘やかすように柔らかく微笑んだ。
僅かに伏せられた薄い瞼は艶めき、黒髪の毛先が千冬の鼻根を掠める。
そんな細やかな動きだけで、俺は体温が上がってしまう。
「僕はいつもの千冬と同じですよ」
「分かってる、けど…」
もちろん、中身は同じだ。
だけど、黒髪の千冬は落ち着かない。
だって……、学校の女子も、さっきの人たちも、「あの日ステージに上がった千冬」を探している。
学祭の実行委員たちも探しているとマロも言っていた。
このままじゃ、千冬が、見つかってしまうかもしれない。
見つかって、連れていかれてしまうかも…しれない、から…。
「ぁ…」
「?」
自分の気持ちに気付き、ハッとする。
これ…、独占欲、ってやつか。
わがままな感情に気付き赤面する。
そんなこと感じてる自分が恥ずかしい。
素直な気持ちは口に出せないまま、情けない顔で千冬を見上げた。
「……わがまま言って、ごめん。…でも、おねがい」
「…っ、」
あの千冬を知ってるのは、俺だけがいい。
俺だけの、特別な千冬で、いてほしい…。
千冬は俺の言葉に眉根を寄せ、瞳を細めた。
俺の頬に触れる指先に微かに力が入る。
苦しそうな顔。
せっかくこんな綺麗に黒に染めてきたのに、戻せなんて言われたら嫌に決まってるよな…。
「ごめ、」
「……あまり、僕を試さないでください」
「え、ん…っ、」
唇に、柔らかいものがあたる。
触れるだけの優しいキス。
心地よさにうっとりしてしまい、ゆっくり瞳を閉じた。
千冬の唇は俺の下唇を食んで、小さな音を立て離れていく。温もりはすぐに戻り、もう一度下唇を、そして上唇をやわく摘む。
きもちいい。千冬が好き。大好きだ。
啄み合うようなキスを繰り返していると、千冬は俺の肩に手を掛け身体を離した。
「…、…お風呂、入ってきます…」
「………」
もう、終わり……、か。
俺は、もっとキスしていたい。
もっと、千冬に…触れられていたいのに…。
肩にかけられた手は俺の腕を滑り降りていき、名残惜しそうに指先を撫でてから離される。
「これでも必死なんです」
「へ?」
「伊織先輩のこと、ちゃんと大切にしたいので」
「大切…には、してくれてるだろ」
ココア色の瞳が、甘い揺らめきの中に俺を映した。
千冬の思いやりは、いつも十分に受け取ってる。
俺の世話を焼いてくれて、楽しむときは一緒に楽しんでくれて、いつも優しくて…。
なんで今そんなこと言うのか分かんねぇけど、千冬の愛情はちゃんと伝わってるから。
目だけで見上げるように千冬を窺うと、千冬は困ったように微笑んだ。
「そうだ。二人ともお風呂から出たら、映画を観ましょう?」
「……おう」
「ふふ。何観ましょうね?僕は伊織先輩が選んだ映画がいいです。選んでくれますか?」
「…分かった。じゃあ、お前が風呂行ってる間に選んどく」
千冬は「楽しみにしてます」と言って、俺の額に軽いキスを落としてから風呂場に向かう。
俺は用意されたココアに視線を落とし、ため息をつく。
もどかしい。
もっと、千冬に近づきたい。
俺だけが、千冬の1番近くにいるんだって、感じたい。
千冬の「好き」は、ちゃんと感じてる。
なのに、どうしてこんなに貪欲になってしまうんだろう。
この物足りなさは、どうしたら埋まるんだろう…。
*
風呂から出ると、ピンクの髪にサンタ帽を被った千冬が、ちょっと照れたように笑いながらお手製クリスマスディナーの席まで案内してくれた。
「お口に合うか分かりませんけど、クリスマスっぽいメニューで揃えてみました」
「えっ、これ全部手作り!?」
「千冬サンタが腕によりをかけて作りました」
「ふっ、はは!」
オーバーサイズのパーカーの袖を捲り、「千冬サンタ」がサンタ帽を指差し、俺に見せつけてくる。
なんのアピールだと思わず吹き出した。
ダイニングの照明はいつもより落とされて、キャンドルの揺らぎが心地良い。
ドラマに出てくる高級フレンチの店とかみてぇな感じ。
向かいの席に座った千冬は、光の陰影さえ味方につけ、綺麗な顔で幸せそうに微笑んだ。
「千冬って、クリスマス好きなんだな?」
「クリスマスじゃなくて、伊織先輩が好きなんです」
「っ、そうかよ…」
「はい。伊織先輩と特別な日を過ごせるのがとっても幸せです」
そういうことサラッと言うの、…相変わらず恥ずかしい奴…。
にこにこの笑顔を向ける千冬から目を逸らし、いただきます、と両手を合わせた。
テーブルに並ぶ料理はどれも美味そうだ。
焼きたての具沢山ピザに、パリッと焼き目が付いたチキンソテー、熱々のクラムチャウダーと、クリスマスらしい色合いのミニトマトとアボカドのサラダ。
「あーーーうまっ!!」
「ふふ、良かったです」
「毎週クリスマス来てほしいわ」
「それは流石に多すぎですよ」
冗談を言い合って笑って、料理はどれも贅沢なほど美味い。
楽しい。
友達と過ごすクリスマスも楽しいけど、千冬と過ごすクリスマスは、それ以上に心がぽかぽかして、あったかい。
来年も、こうやって過ごせるといいなぁ…。
食事の後は、千冬からサプライズプレゼントを貰った。
俺が前に欲しがっていたスニーカーだ。
俺も千冬からサンタ帽を奪い取り、負けじと用意していたプレゼントを出す。
カバンから唐突に出てきたゲームソフトに、千冬は笑いながらも喜んでくれた。
「モリカーの新作、僕買おうか迷ってたんです。ありがとうございます」
「ハハハ、伊織サンタにはお前の欲しいもんなんてお見通しだからな」
「ふふっ、はい、さすが僕の伊織先輩です」
「おう、そーだろ?」
ドヤ顔で返事しつつも、千冬がプレゼントに喜んでくれたことに顔が勝手にニヤける。
早速一緒に遊ぼうと誘われて、二人してソファに移動した。
ローテーブルの上に、お揃いのマグカップ。
千冬が用意してくれた大判ブランケットは、男二人で入ると少し狭い。
でもふわふわであったけぇ。
「これ、話題になってた新キャラですね」
「じゃあ千冬はそれな。俺はいつものモリオ使うわ」
「ええ〜っ、いいですけど…あ、コースも増えてますね」
「わあ、こことか面白そうじゃね?やろうぜ!」
「ふふ、はい」
新キャラや新機能についてコメントしながら何レースか競う。
お互い初見のコースだというのに、やっぱり千冬は強くて、俺は一度も勝てなかった。
少しは手加減しろよ。
「ちょっと休憩しねぇ?他の人のプレイ動画とか見てみてぇ」
「いいですね。モリカーといったらやっぱり……」
「あ、」
ふと、千冬の脚がブランケットからはみ出ていることに気づき身体を寄せる。
「千冬、お前脚が出てんじゃん。寒ぃだろ」
「いえ……、」
肩と膝が軽く当たって、互いの腿が擦れると、千冬の身体が微かに跳ねた気がした。
千冬の匂い。
それに、千冬の体温。
千冬、あったけぇな……。
……もっと、近づいても、いいかな…。
「千冬、手…」
「……」
隣に座る千冬が無性に恋しくて、手を繋ぎたくなった。
手のひらを上に向け、遠慮がちに千冬の腿の上に置く。
首を傾げて千冬の顔を覗き込むと、千冬は喉をごくりと鳴らし、少し赤い顔で伏せ目がちに俺を見た。
手、握ってくんねぇの…?
もしかして伝わってねぇのかな…。
「ぁ、」
「…何でもねぇ」
これ以上頼むのは恥ずかしくて、手を引っ込める。
自分の顔が熱いのを誤魔化すように、ソファの背もたれからズルズル背中を滑らせた。
旅行から帰ってから、ずっと物足りない。
ハグも、キスも、ディープキスだって少しするようになった。
でも前より、何か足りないって感じてる。
腿も、体も、腕も千冬にぴたりとくっつけて、千冬の肩に頭を預けた。
こうしてる方が、もっと千冬を感じるから。
「……ぃ、伊織先輩、眠いですか…?」
「眠くはねぇけど」
「……。」
千冬の体温と鼓動が伝わる。
ゲームで白熱したせいか、千冬の鼓動は少し早い。
顔を傾け千冬の首筋に鼻を近づけると、千冬から、俺と同じボディソープの匂いがする。
同じ匂いだから、このままくっついちゃったりしねぇかな。なんて。
「なぁ、千冬」
「…はい」
寄りかかったまま見上げると、千冬が口を固く閉じて俺を見下ろした。
甘い甘い栗色の瞳。
俺は手を伸ばして、千冬の前髪に触れた。
俺の指に従順に、柔らかく乱れるピンクの髪。その下で、顕になった白い額をそっと撫でた。
「……っ、」
千冬が長いまつ毛を伏せ、視線を逸らす。
なんか、…千冬って、色っぽい…よな…。
千冬を見ていると、体温が上がる。
俺は指を滑らせ、千冬の綺麗な鼻筋をなぞり、小鼻の上を雪崩落ち艶やかな頬に触れた。
赤く染まっても、きめ細かく滑らかな肌。
整った顔立ち。
こんなふうに顔に触れるなんて、きっと恋人じゃなければできないことだ。
なのに、俺はなんでこんなに物足りなく感じるんだろう。
身体を起こし、ソファの上で千冬に対して正座する。
「千冬」
「………はい」
「……あの…、」
「………」
欲しい時は、俺から。
「………キス…、して」
「……、キス、ですか…?」
「…いつものじゃなくて、あの…、口、開けてする方」
「………」
年下の彼氏にディープキスをねだる。
こんなとこ、誰にも見せらんねぇわ。
恥ずかしくて顔が熱いけど、下唇を噛んで、期待の目で千冬を見上げた。
千冬は口を閉じると、何かに耐えるように苦しげに目を瞑った。
「千冬?」
「……」
呼びかけても、返事がない。
…もしかして、千冬はそんなにしたくねぇのかな……。
折角、恥ずかしさを堪えて言った、のに…。
「あの、…したくねぇなら、…別に……いいけど」
「そっ、そんなことないです!」
「お、おう…、」
「……でも……少し、だけ…で…」
「ん」
少し、なのか…。
寂しい気持ちになりながら、それでも千冬が応じてくれるならと目を瞑った。
千冬の喉が鳴る。
頬に手が添えられたのを感じ、俺の心拍数は一気に跳ね上がった。
千冬が息を吸う音。
そして…、唇に、柔らかい感触。
「ん…」
「…はぁ、」
何度かリップ音を立て吸い付いたあと、薄く口を開くと千冬の舌が割り入ってくる。
待ち望んだ温もりに、身体がぞくぞくと震えた。
優しく俺を絡みとる千冬に溶けそうな頭で何とか応えようとする。
…すき、
きもちい…、
ちふゆ……。
「〜っ、はっ…、お、終わりです!」
「ぇ…、」
千冬は赤い顔で息を整えながら、手の甲で口元を隠している。
視線は床に落ち、長いまつ毛が繊細に震えていた。
「千冬…?」
「…、あの、…な、何か、飲み物取ってきます」
「あ、おい!」
俺と目も合わせず、千冬は勢いよくブランケットを捲り上げた。
すかさずその手を掴んで引き止める。
なんで逃げんだよ。
…そんなに、嫌なのか?
目の奥がじわっと熱を持ち、視界が滲む。
瞬きと共に、目から涙がこぼれ落ちた。
「お前さ…、イヤ、なの…?」
「え…、え!?い、伊織先輩っ、な、泣いて…!?」
「…違ぇ、なんか、勝手に、目が変で…」
「先輩…っ!」
切なく掠れた声と共に、優しく抱きしめられる。
千冬の胸に顔を押し付けたまま、涙が溢れるのを止められない。
「…千冬は、俺との、キス…、好きじゃねぇ…の?」
「そんなことありませんっ」
「だって、最近、いっつも、急にやめるし、…俺は、もっと、千冬が…、欲しい、のに…っ」
「伊織先輩…っ」
千冬が更にキツく俺を抱きしめる。
強い力でホールドされ、千冬の鼓動が耳元で響いた。
千冬…。
俺、もっと、千冬に近づきたい…のに…。
「伊織先輩、ごめんなさい。僕は、伊織先輩とのキスは大好きです。許されるなら一日中でもしてたいです」
「…なら、なんで…、」
「…っ、ディープキスは、本当に堪えるんです」
「…?」
俺の涙が落ち着くと、千冬は抱きしめる腕をそっと緩めた。
俺の両手を、壊れものに触れるかのように、慎重に、大切に握る。
千冬は耳まで赤くして、真剣な瞳で俺を射抜いた。
「大好きな人とのディープキスですよ?僕…、伊織先輩の、舌の柔らかさとか…、漏れてくるかわいい声とか…、ふにゃふにゃに蕩けた表情とか……、っ、思い出しただけで、もう、…襲ってしまいそうで…」
「襲う、って…?」
「分かりませんか?僕は……、先輩を組み敷いて、めちゃくちゃに抱きたい。キスする度に、そんな衝動を必死に抑えてるんです」
「抱き…、」
「………」
千冬が赤い顔で小さく頷く。
千冬につられて、俺の顔もみるみる赤くなるのが分かる。
千冬の目には薄っすらと涙が浮かび、俺に許しを乞うように、切なげな表情を浮かべていた。
「あの、でもそれは僕の願望っていうだけで、先輩に強制したいものではないんです。……初めては怖いでしょうし、無理に僕に合わせて、万が一にでも辛い思い出にしてほしくないですし…」
「千冬……」
「伊織先輩が心から、僕と繋がりたいって思ってくれる時まで、僕はちゃんと待ちたいんです」
千冬の真摯な思いに、胸が熱くなる。
どこまでも俺を大事に、大切に思ってくれる、かわいい恋人。
本当に…、愛おしいなって、…感じた。
「僕は、伊織先輩の全てが欲しいんです。身体だけじゃ、意味が無いですから」
泣きそうな顔で笑う千冬。
確かに、千冬は前にも似たようなことを言っていた。
俺の心が欲しいだとか、全部欲しいだとか…。
「……そのさ、…千冬は、どうして俺と…えっち、してぇの?」
「え…、え…!?」
「してぇんだろ?」
「し、したいです!、……すごく」
最後の一言は、目を逸らして付け足された。
極めて小さな声だったけど、俺の耳にはしっかり届いている。
「全部説明するのは難しいですけど…、……、僕にとって、伊織先輩は一番大切な人だからです」
「おう…?」
「伊織先輩の全部が知りたいし、伊織先輩に僕を刻みつけたい。僕だけのものにしたいんです。…だから、せめて身体を重ねて、僕が、…僕だけが、伊織先輩に選ばれた存在だって、心から実感したいんです」
「…?、そう、なの、か…」
「はい」
千冬の表現は、やっぱりちょっと難しい。
でも、千冬の「選ばれた存在」っていう言葉は俺の胸にも響いた。
それは、俺も同じだ。
俺だって、千冬をもっと感じたいし、特別な存在になりたい。
千冬の愛を、全身で感じたい。
心臓がドキドキとうるさく鼓動を始める。
汗ばむ手をぎゅっと握りしめ、張り付く喉から声を絞り出した。
「、………して、みるか?」
「……へ、」
「………俺も、したい…気がする、し…」
時が止まったかのように、千冬は固まった。
上目遣いに千冬を見つめる。
千冬の胸元に手を添えて、その唇にそっと触れるだけのキスをした。
「───っ、…」
「俺、…俺しか知らない千冬が、ほしい」
「伊織、先輩…」
「千冬にとって特別な存在だって、俺も───、んっ!」
キスで口が塞がれる。
最初から容赦なく千冬の舌が入り込み、呼吸が乱される。
熱いキスの最中、千冬が俺の後頭部を支えながら覆い被さり、俺の体はソファの上でいとも簡単に押し倒された。
「僕をこんなに狂わせる人は、伊織先輩しかいないです…」
「はぁ、はぁ…、」
「これ以上は、もう、本当に止められないですよ。……いい?」
「ひぁっ、」
耳元で囁く甘く低い声に、身体が跳ねる。
答えを待ちきれない千冬の手が、俺の腰を弄り、服の下から素肌を撫でた。
「ち、ふ…、」
「早く答えて、」
「ぁ…っ、」
首筋に吸い付かれ、背中がびくびく反応する。
答えなんて、決まってんだろ…。
「きょう、は…、何でも、プレゼント…、して、くれるって…」
「え?…はい、」
「ん…っ、なら、俺の、一番欲しいもの……、くれよ?」
「……ほんとにっ、そういうところですよ…!」
「あっ、んぁ…っ!」
両手首をひとまとめにして、頭の上で拘束される。
貪るような深いキスに、身体の芯が熱を帯びていった。
千冬の舌に隅々まで愛され、追い詰められる感覚。
ヤバい、なんだよ、これ……。
ブランケットが滑り落ちた音に、朦朧としてた意識が薄っすら蘇った。
「ちふ、べ、ベッド、に…、」
「…、あとで、連れてくから、」
「ち、あっ…!」
狭いソファの上で、お互い余裕なんて無く求め合う。
千冬もいつもの敬語は剥がれ落ち、素肌を汗で湿らせ、必死に俺を貪っている。
その息遣いに、口付けに、触れ合う肌に、俺の理性は失われていく。
「ぁ、」
「っ、かわい…、」
熱を孕み、暗く揺らめく栗色の瞳。
千冬に与えられる快感で、思考はドロドロに溶け落ちた。
だめだ、熱くて、きもちい…。
千冬のことしか、考えらんねぇ……。
「先輩…、愛してる、誰よりも、ずっと、俺が…、」
「俺、も……」
震える呼吸の合間でなんとか千冬に答えると、千冬は欲に濡れた瞳を細めた。
俺だけの、千冬……。
幾度となく互いの境界線を侵食しては、確かめ合う、初めての夜。
それは蕩けるほど甘く、咽せ返るほど濃厚で、俺の全身を赤く染め上げた。
世界で二人きりの時間は、ゆっくりと、密やかに、過ぎていった。

