【続編♡】かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい2



手のひらを横断するように大きく切れた傷は、縫うほどでは無かったものの、些細な動作ですら痛みを感じた。
悶絶しながら傷口を洗われ、大きなパッドを貼られると、手の動きを制限するようにぐるぐると包帯を巻かれる。


「お風呂の時に包帯は綺麗なものに変えてね。それから一番下のパッドは数日は剥がさないように」
「はい、」
「動かすと傷口が開くから、今日明日は右手は使わないように気をつけて。不便だと思うけど、我慢してね」
「わかりました…」
「僕が伊織先輩の右手の代わりになります」
「あはは、優しい彼氏さんだね」
「ま、まぁ…」


スタッフの微笑ましそうな視線から目を逸らす。
千冬が親切心で言ってんのは分かるけど、俺はちょっと恥ずかしい。

お礼を言いつつ救護室を後にすると、部屋の外の人気のない廊下では、カゲヤンと柚月が待っていた。


「あ、伊織くん!大丈夫?」
「おう、ただの切り傷」
「その割には包帯ぐるぐる巻きやな。深かったん?痛い?」
「そこまで深くねぇけど。今日明日は動かすなって」
「うわ、えらいこっちゃなぁ。ほな、もう宿行くか?先、車行って着替えとき。ほい、鍵」
「ありがとうございます」


カゲヤンは千冬の手に車の鍵を渡すと、俺の頭を軽くポンポンと叩き、口元を緩めた。


「伊織、柚月チャンのこと、ありがとうな」
「おー。通報されなくてよかったな」
「ごめんて!千冬クンも、あんがとうな。伊織のこと頼むで。俺は、マロとマンティスにも言ってくるわ。行くで、柚月チャン」
「あ、うんっ」


ヒラヒラと手を振ったカゲヤンに手を振り返していると、千冬が俺の左手をぎゅっと握る。
そういえば、今日はずっとグローブをしていたから、直接千冬の手に触れるのはちょっと久しぶりな感じだ。
…なんか、あったけぇ。


「あ?千冬、行かねぇの?」
「……」


何故か動かない千冬を不思議に思い覗く。千冬はムスッとした顔で俺の頭を見ていた。
…俺の頭になんかついてるのか?

ジトっとした目はそのまま俺の視線を捉え、無言で俺のニット帽を取る。


「……どうかしたのかよ? わ、」


千冬の手が、俺の頭をくしゃくしゃと撫でた。
何度か撫で回すと、頭についた埃でも払うように、サッ、サッ、と髪の流れに沿って優しく撫で、最後に爪先で俺の前髪を丁寧に整えた。


「あ、帽子の跡ついてたか?」
「……はい、ちょっと整えさせてもらいました」
「おう、ありがとな」


ニコッと笑って千冬を見ると、千冬はため息をつき、俺の頬を指の側面で軽く撫でた。
疲れたのかな。
ただの切り傷だけど、千冬にはすげぇ心配かけちゃったみたいだしな。


「行きましょうか」
「おー」


千冬は気掛かりが消えたのか、今度は爽やかな微笑みを俺に見せる。
どうやら俺の帽子の跡は、よっぽど変だったらしい。
千冬に直してもらえて良かった。


「あ、お前は?」
「え?」
「やってやるよ」


千冬の頭に手を伸ばし、ニット帽に両手を添える。千冬の頬がほんのり染まって、微かに見開かれた栗色の瞳が俺を見つめた。

右手は使えないことを思い出し、左手だけで滑らせるように帽子を外す。
ニット帽を取ったピンクの前髪は、根元がふわりと立ち上がり、形の良い眉がよく見えて、いつもより男らしい印象を受けた。


「あ…」
「?」


前髪の間に覗く、白く丸い額に目を奪われる。
きめ細やかな綺麗な肌。
かっこよさの中にある無防備な幼さ。
脳裏にはシュンから貰った高校時代の千冬の写真がチラついていた。

……触って、みたい…。

使えない右手を、思わず伸ばしかけた。


「…僕のおでこ、何かついてますか?」
「ぅえ!?」
「ずっと見てるので。…伊織先輩が僕だけ見つめてくれるのは、嬉しいですけど」


千冬が目を細め可愛らしく首を傾けると、持ち上がった前髪の細いひと束がはらりと倒れる。
甘い声にちょっと気恥ずかしくなって手を引っ込めた。
頬が熱ぃ。


「いや…、なんか、千冬のデコがさ…」
「はい」


千冬の顔をそっと上目遣いに見ると、綺麗な瞳と目が合う。

変な感じだ。
千冬のデコに触るくらい、大したことじゃねぇはず。
なのに、妙に恥ずかしい。
自分でもどうしてなのか、わかんなくて戸惑う。

揺れる瞳を逸らし、足元に視線をさまよわせた。


「やっぱ…、なんでもねぇ」
「……伊織先輩」


千冬が俺の腰に手を添えそっと引き寄せた。
薄い瞼から覗く蕩ける栗色と目が合う。


「顔、赤いですよ」
「え、はっ?」


千冬の端正な顔が近付く。

自分の体温がぐんぐん上がっていくのが分かる。
き、きす…、されるのか…?
いや、でも…

心臓がどくどく鳴る。
千冬の唇が俺の耳元に寄せられた。


「ぼんやり僕を見つめて、……何を考えてたんですか?」
「何って…、えっと……」
「教えて?先輩」


甘い毒のようなハスキーな声。
身体がびくりと反応して、瞼をぎゅっと閉じ肩をすくめた。

何って…、何て……、

千冬に囁かれる耳が、熱くなっていく。
恥ずかしい。
でも、大好きな、千冬の声。


「僕に、教えてください?」
「…ぅ…、」


耳に唇がつきそうなほど近づき、注ぎ込まれる囁き。
ぞわぞわする感覚に足の力が抜けて、千冬の胸に手をつく。


「たっ、大したことじゃ、ねぇんだけど…」
「はい」
「えっと…」


なんて言えば、いいんだろう。
「デコを触らせろ」…?
それ、意味わかんねぇし、変態すぎねぇか。


「あ、あとで、」
「はい」
「後で、…い、言う!」
「……」


問題の先送りだ。
俺は言葉にすることが苦手なんだ、もう少し考える時間がほしい。
勢いよく顔を上げると、千冬の瞳が不満そうにスッと細められた。控えめに突き出された唇が、何か言いたげな様子だ。

勘弁してくれ。恥ずかしいんだよ!

迷いながら、千冬の顔を目だけで見上げる。


「えっと、…お、お願い、千冬…、…だめか…?」


なんとか伝わって欲しいと願いを込めて千冬を見つめる。
後で、きっと、ちゃんと言う!
頼むから許してくれ。


「千冬…?」


自分の顔が赤いのも、情けなさが出てる顔も、その際気にしない。
もう一度伺うように呼びかけた。


「…っ、……だめじゃ、ない、です」


千冬は手の甲で口元を押さえ、目を逸らした。
小さく、息を飲む音が聞こえた。

良かった。
猶予は与えてもらえたらしい。


「ん、さんきゅ」
「はぁ……」


安堵して千冬に笑いかけると、千冬は息を止めていたのか、大きく息を吐き出し、盛大なため息をついた。
こいつ、ため息多いな。
大方、俺の不甲斐なさに呆れてんだろうけど、簡単には治らねぇから、そろそろ慣れて欲しいところだ。

自然と左手を握られ、廊下を抜けて駐車場へ向かう。
ゲレンデの午後の営業時間も終わる頃だ。
俺たち以外にも駐車場に向かう人が結構いる。


「そうだ、売店かコンビニで包帯買ってっていいか?」
「はい…」
「あと車着いたら、服、脱がせてくんねぇ?」
「はい…、はいぃ!?」


千冬が急に素っ頓狂な声を上げるから、周りの人も通りすがりにこちらを見る。
俺も驚いて千冬を見ると、千冬も千冬で何かに本気で驚いているようで、目を丸くして、赤い顔で固まっていた。

もしかして、俺が着替えさえ頼る気でいたことにびっくりしてんのか?


「仕方ねぇだろ。このウェア、ジッパーねぇから片手じゃ脱ぐの大変なんだよ」
「……………はい……」
「でも千冬にばっか迷惑かけるのも悪ぃし、これは後でカゲヤンに頼───」
「ッ、僕がやりますっ!」
「お、おう…。いいのか?」


食い気味に世話役を買って出てると、その返事と共に握る手の力がさらに強まった。
俺を見返す目も、心なしか鬼気迫るようなギラつきがある気がする。
ていうか、なんか…怒ってる?


「カゲヤン先輩には頼まないでください」
「えっと…、分かった。悪ぃな、さんきゅ…」


俺の返事を聞いて、またもやジト目で俺を見ると、再び俺の手を引いて歩き出した。
俺がカゲヤンに迷惑かけないように気を遣ってくれてんのかな。
まあ別にカゲヤンなら、そのくらい軽く引き受けてくれると思うけどな。
迷子且つ通報の危機から救ってやった貸しがあるわけだし。


「はぁ…」


またまた、千冬の小さなため息が聞こえた。
だけど俺をチラリとみる目は、優しく甘い。
だから、俺の頬も勝手に緩んでしまう。

…やっぱり千冬は、なんだかんだ世話好きだよな。