【続編♡】かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい2


みんなで昼食を摂った後、午後は全員で中級者コースに行って、上で写真を撮ろうという話になった。


「岳くん、私ほんとに中級者コース行けるかな…」
「大丈夫やって!俺がちゃんと下まで連れてったるから、安心しとき」
「でも、リフトも…まだ、こ、怖い…きゃっ!」
「おっと」


リフト待ちの列。俺たちの目の前では、カゲヤンカップルがずっとこんなやりとりをしている。
柚月がふらつくと、すかさずカゲヤンが片手で柚月の腕を掴み、転ばないように支える。
その度に柚月は顔を赤くして、上目遣いにいじらしく「ありがと」と微笑み、カゲヤンがぽんぽんと頭を撫でる。

…はぁ。全く。
見せつけられる側の気持ちにもなって欲しいもんだ。


「なぁ千冬。俺たち、午前中リフト乗ってみてねぇけど、千冬なら余裕だよな?」


俺は隣に立つ、顔の整った恋人に話しかける。
ぼんやりとリフトを見つめる千冬は、相変わらず綺麗な横顔だ。
白い雪の背景に映える、甘い栗色の瞳と長いまつ毛。日に輝く淡いピンクの髪。
このゲレンデにあるもの全てが、千冬の綺麗さをを引き立てるために存在しているようだった。


「リフトは、シートが来たら座って、向こう着いたら立てば、あとはシートを降りた勢いでコース近くまで滑って行けるから」
「………」
「最悪コケてもスタッフがアシストしたり、リフト止めたりしてくれるし………千冬?」
「え?」


再び名前を呼びかけると、千冬はようやく俺の方を向いた。


「俺の話、聞いてるか?」
「え…、と…ごめんなさい。なんでしたっけ…」
「…お前、どうかした?さっきから、妙に静かじゃねぇか?」
「そ、そう…ですか…ね…」
「おう」


ぎこちなく口元だけ微笑んで見せる千冬。
変な千冬。
午前中は「教えて教えて」とやる気満々だったけど、昼食後から急に、心ここに在らずといった感じだ。


「あ。もしかして、リフト怖ぇの?」
「えっ!?そ、そんな、ことは………、」
「はは!図星かよ」
「………」


目を見開き、動揺した様子の千冬に思わず笑う。
千冬は顔を赤くして、ジトっとした目で俺を見た。
そんな様子も余計面白い。

なんだこいつ、かわいいとこあるじゃねぇか。


「大丈夫だって。マロの言う通り、千冬はバランス感覚良いし、リフトの乗り降りには問題ないくらいには滑れてっから」
「…………はい」


俺から目を逸らし、小さな声で答える後輩に、また俺も小さく笑った。
…まあ、こればっかりは実際やってみねぇと自信がつかねぇのかもしれないけどな。


「じゃあ、乗る時は手ぇ繋いでやるよ?そしたらタイミング分かるだろ?」
「手っ、…」


絶望の中に希望を見出したかのように、眉を下げてきゅるきゅるした瞳で俺を見る。
子犬か?
こんな千冬を見るのは初めてで、俺の中の庇護欲と、ちょっと兄貴ぶりたいような自尊心がくすぐられた。


「ほら。もうじき俺たちの番だし。もう繋いどこうぜ?」
「……はい」


手を差し出すと、千冬の手が俺の手をぎゅっと強く掴んだ。
お互いグローブ越しだから、いつもより強く握るくらいでちょうどいいのかもしれねぇ。

相変わらず眉を下げたままの千冬は、唇をきゅっと結び、不安げな顔でまたリフトの方を見ている。
……ほんと、そんな緊張しなくても、乗ってしまえば案外大丈夫なもんだけどな?


「次の方ー、ここまで進んでー」

「千冬、行くぞ」
「…はい」


千冬を励ますように俺も強めに手を握り返し、スタッフが指示した停止線まで進む。


「あ、」
「っ、大丈夫ですか?」
「悪ぃ、さんきゅ」


停止線で上手く止まれず、またよろけた俺を、千冬が手を繋いだまま腰を抱くようにして支えてくれた。
そのまますぐにシートが流れてきて、俺たちの膝裏を押す。
俺は千冬に支えられたまま腰を下ろし、千冬も難なくシートに座った。


「な?乗れたろ?」
「…はい」


正直、俺の方が千冬に助けられてたような気もしなくもねぇが、まあ、こうやって二人でスムーズに座れたんだから結果オーライだ。

千冬の腕が腰から離れ、シートに座り直し安全バーを下げる。
シートがガタガタと揺れながら持ち上がる感覚と共に、板下の地面が足から離れた。


「ふぅ。雪山って、リフト乗ってる時が一番気持ちいいよなぁ」


リフト列のざわめきはすでに遠ざかり、地面もどんどん遠く離れていく。
コースを滑る人々がアリくらい小さくなって、冷たい風と、清々しい空気に俺はちょっとした開放感を感じていた。


「良い景色だよなぁ…。あ、見ろよ。あっちの山は上の方が真っ白だぞ?」


左奥の山を指差し、右隣の千冬を振り返った。
………え?


「千冬?」
「……はい」
「…大丈夫か?」
「大丈夫ですよ」
「………」


左手は俺の手をぎゅうっと強く握ったまま、もう片方の手はしがみつくように安全バーを握り込んでいる。
そして視線は、前のシートを一心不乱に凝視している。


「…なぁ、もしかして千冬…」
「……」
「高い所苦手なのか?」
「………」


口では答えないものの、更に強く握られた手と、そっと下唇を噛み締める様子が、その答えを雄弁に語っていた。

は?
早く言えよ。


「千冬…」
「…なんですか?」
「……なんか手伝えること…あるか?」
「………大丈夫です。…っ、」


リフトの支柱の横を通り過ぎるとき、ワイヤーロープについた滑車が、シートをガタガタ揺らす。
千冬の顔色はサッと青ざめ、苦痛に耐えるように目はギュッと細められた。必死に安全バーを握り込む姿は、気の毒なほどだ。


「……」
「……」


こんな弱った様子の千冬を見るのも、俺は初めて。
強がりな後輩の弱い一面を好ましく思い、俺は口の端を緩めた。

なんで隠そうとするんだか。
苦手なことの一つや二つ、あった方が人間味があっていいじゃねぇか。


「ふぅ…、」


喉の奥がくすぐったいような、なんとも言い難い愛おしさに、ため息をつく。


「……っ、ごめん、なさい……」
「えっ!?」


千冬と同じように前を向いた途端、絞り出すような謝罪が聞こえた。
俺はびっくりして千冬の方を見る。
綺麗な横顔は、酷く辛そうに歪められていた。


「……僕のこと、…嫌いに、なりましたか…?」
「は…?」


突然、脈略のない質問をされて理解が追いつかない。
嫌う?なんで?


「………こんな、…カッコ悪い、とこ……」


千冬が奥歯をギリッと噛み締める。
抗えない恐怖と、どうしようもない後悔。その両方に苦しめられているようだった。


「お前……」


仕方ねぇ後輩だな、全く。
俺は眉尻を下げ、千冬の顔を覗き込む。


「掴まってれば、落ち着くのか?」
「………マシ、です」
「なら、……」


そっと千冬の方へ体を向け、千冬の手に、自分の手を重ねた。


「…ぎゅって、して、やるか…?」
「えっ…、っ…」


驚きに見開かれた栗色の瞳。
手の力が抜けた隙に繋がれていた手を離し、千冬の身体に腕を回した。
体勢も体勢だし、千冬の身体に腕を回しきることはできねぇけど、千冬が安心できるように、服の端を掴んで、できるだけ強く、しっかりと抱きしめる。
千冬の胸に耳をつけると、ドクドク忙しく鼓動する心臓の音が聞こえた。

千冬、あったけぇな…。


「そんなことで、嫌わねぇから。……千冬のそんなとこも、……俺は、好き…だ」


小さい声でも、素直に思っていることを口にするのはすげぇ恥ずかしかった。
千冬に触れているところだけじゃなくて、首元から耳の先まで、ぐわっと赤くなる。


「苦手なのに、付き合わせてごめんな?」


何も言わない千冬の顔を、上目遣いに見上げる。


「でも…、ありがと」


丸く見開いた栗色の瞳が、ガラス細工のように繊細に煌めいていた。
澄んだ青空より、白銀の雪景色より、いつだって千冬の瞳が一番綺麗だ。


「怖ぇなら、下も、景色も、見なくていい」


俺は、眉は下がったままだし、顔は赤い。
冷たい風のせいで目の淵に涙が溜まるのを感じながら、申し訳なさを隠すように唇を少しだけ突き出した。


「…俺だけ、見て…?」
「……っ…」


千冬は眉を寄せ、息を止めた。

ウェアがガサリと擦れる音がすると同時に、千冬の腕が俺の身体を包み込む。
俺の肩に顔を埋めた千冬が、掠れた声で呟く。


「……先輩は…、僕を、どれだけ惚れさせれば気が済むんですか…?」
「はっ、え?なんだそれ?」


いつもの優しく包み込むハグとは違う。
縋り付くように、必死に俺を抱きしめる腕に、切ないほど千冬を愛おしく思った。


「……僕は、本当に…、伊織先輩なしじゃ、…生きられません」
「フッ、大袈裟だろ」
「………」


熱のこもった真剣な声に、心臓が忙しく脈を打つ。
ちょっと照れながら、揶揄うように返した言葉に、千冬は顔を擦り寄せることで返事をした。


千冬とお揃いのネックウォーマーと、ニット帽の隙間。頬の、一番耳に近いところ。
そこを、千冬の冷たい鼻先が弄った。


「ちょっ、ちふ…、」


ネックウォーマーの隙間から顔を埋め、俺の匂いと体温を求める、動物のような仕草だ。


「ふは、千冬っ、くすぐってぇよ」
「………」


かわいい年下彼氏の甘えたな行動に、皮膚で感じるくすぐったさ以上に、胸の内側も、むずむずする。

リフトが次の支柱を横切り、またシートがガタガタと揺れた。
その拍子に、首筋が柔らかいもので摘まれたような甘い痺れが走る。


「ひぁっ…!?ち…千冬…?」
「……」


眉間に皺を寄せ、俺の首元を弄るピンク頭に呼びかける。返事はない。
かわいい恋人は、恐怖で声が出ないほどらしい。
…それなら…、今の感触は…気のせい…か。


「千冬、この体勢、落ち着くか?辛くねぇか?」


俺の問いに、千冬が小さく頷く。
ツンとした鼻先が首元を擦り、やっぱりくすぐったい。
俺はフッと笑って、その背中を一定のリズムで優しく叩いた。


「お前、実は結構、甘えたがりだな?」
「………」
「俺の方が年上なんだし。変に強がらねぇで、…その…、甘えて…いい、からな…?」


自分で言っていながら、気恥ずかしさが隠せねぇ。
千冬にこんな風に甘えられるのは、頼られてる感じがして、悪い気はしねぇ。だけどそれを強要してると受け取られたくはない。
違ぇから。


「あ、もうじき着くぞ。千冬、良かったな…ぅひゃぁっ…!?」


今度こそ、首筋に異常を感じた。
湿った熱い何かに、思い切り摘み上げられるようなビリッと甘い感覚。
痛みはねぇけど、身体がビクンと跳ねて、千冬を掴む腕の力が一瞬抜けてしまった。


「な、な…千冬っ、お前、何してんだ?」


千冬の顔をネックウォーマーから締め出すように首を曲げてやる。
ずっと俺の首元に顔を伏せ黙ったままだった千冬が、やっと顔を上げた。

ネックウォーマーの中は暑かったのか、頬も鼻も赤い。
薄い瞼の下から、麗しい栗色を半分ほど覗かせるが、その目尻は泣いた後のようにほんのり赤くて熱っぽくて、ちょっと…官能的だった。


「……伊織先輩が、甘えて良いって言いました」
「……、は?」

「次の方ー!安全バー上げてー!」
「あ、はいっ」


足元に、地面の感覚が戻る。
スタッフに声をかけられ、急いで安全バーを上げると、千冬が俺の腰に手を添えてリフトから降りるのを手伝ってくれる。

…いや、俺は一人でも降りられるけどな?


「伊織ー!千冬くーん!」

「あ、あの派手な奴は柑奈だな」
「ふふ。行きましょうか」
「おう」


コースの端で、スマホを掲げ元気に叫ぶビビットオレンジを見つけ、再び隣の千冬を見る。
リフトを降りる直前に見た、頬や目元の赤みはすっかり消え、キラキラと輝く爽やかな笑顔を俺に向けていた。
それにしても。
山の上の景色と、雪の妖精か?ってくらい綺麗な千冬。
ほんと、ムカつくくらい絵になるな…。


「……伊織先輩?」
「へ?」
「僕の顔に、何かついてます?」
「あ、いや…」


見すぎてたみてぇ。
慌てて目を逸らし、柑奈達のところへボードを滑らせた。


「伊織先輩」
「あ?」
「…もしかして、今、…僕に、見惚れてくれてました?」
「はっ、はぁあ!?」


待っていたみんなの元まで辿り着き、ボードを止めると同時に千冬に振り返る。
さっきまであんなに弱々しかった千冬は、地面に足がついた途端、清々しい笑顔で自惚れたことを言ってきやがる。
かくいう俺は、図星を突かれ、情けなくも顔まで真っ赤だ。


「伊織、何おっきい声出してるのぉ〜?写真撮るよぉ〜」
「あっちの景色バックにしよ!」
「マンティス、お前いつボード着けんねん?」
「滑る時だけだ」
「岳くんっ、ま、待ってぇ…!」


賑やかな友人達に適当に返事をして、生意気な後輩を軽く睨む。
千冬はとろけるような微笑みを浮かべながら、俺に近づくと、首を傾げ俺を覗き込んだ。


「伊織先輩っ」
「……なんだよ?」


わざと不機嫌そうな声を出してみるけど、千冬には効かないらしい。
千冬は、俺のネックウォーマーの上から、先ほどいたずら(?)した首筋を人差し指でそっと押した。

そして、俺の耳元にそっと口を寄せる。
甘い囁き声が、俺の耳に響いた。


「…また、甘えてもい?」
「…っ、」


風はこんなに冷たいのに、俺の顔はまた熱くなる。


「………うるせー」
「ふふっ、ありがとうございます」


いいなんて言ってねぇのに、勝手に礼を言う千冬に、ムッとした顔をしてみせる。
何が面白れぇのか、顔のいい恋人は、白い歯を見せて心底幸せそうに笑った。


くそっ。
次はもう助けねぇからな。