宴会部屋では、誰も喋っていなかった。
うつ伏せに寝転がるキコが、爪でガリガリと畳を引っ掻く乾いた音だけが聞こえる。
柳澤は、少し離れた場所をチラリと見た。体力も気力も限界なのだろう。杉山は部屋の真ん中あたりの壁に背を預け、深く腕を組んで目を瞑っていた。
柳澤は静かに立ち上がり、キコのそばに腰を下ろす。
「キコ。大丈夫か」
静かに尋ねる。
「……もー、心も身体も疲れましたぁ」
キコは畳を引っかきながら、ポツリとひび割れた声で呟く。
「次カチンコ鳴ったら、もう絶対動けませぇん」
呻くように言うキコに、柳澤はふっ、と力なく笑う。
「全くだよなぁ」
「うぅ……どうせ死ぬなら、こんな怖い思いじゃなくて、もっと幸せに死にたい……」
顔を伏せながら弱音を吐くキコに、柳澤は少しだけ眉を寄せる。
「……消えたやつらが、死んだとは限らないだろ」
「どうします? 夜明けと共に、みんなひょっこり帰ってきたら。……朝イチでドローンの撮影、いきます?」
キコが顔を半分だけ上げて、柳澤を見る。
「朝イチのドローンは……リスケしよう」
柳澤は苦笑して肩をすくめた。
「柳Dィ」
キコが鼻声の、震える声で呼ぶ。
「なんだよ」
「無事に帰れたら、何したいですかぁ」
「えぇ……」
柳澤は考えるように上を向く。そして、目線だけでチラリと、壁際の杉山を見た。
「あ〜、どうだろうな。ゆっくり、なんか映画でも見るかな。……絶対、ホラーじゃねぇやつ」
キコが、さっと引き攣った顔になる。
「うわぁ。こんな目にあってもまだなんかインプットする気ですか? 映画オタク、こわっ」
「……じゃあお前は何すんの」
少し不貞腐れたように、柳澤はキコを見下ろした。キコがうつ伏せから、ゴロンと仰向けにひっくり返る。
「漫画読んで〜、アニメ見て〜、推しカプについて友達にLINEで熱弁しながら、ニヤニヤして寝ます」
虚空を見つめ、ニタニタと笑いながらそう言う。柳澤は片眉を上げる。
「お前だってインプットばっかじゃん」
「私のは現実逃避ですぅ〜」
「てか、お前がよく言ってる『推しカプ』って何なの?」
ギク、とキコが不自然に肩を揺らす。仰向けのまま、顔だけをジトッと柳澤に向けた。
「……それは、絶対に言えませんねぇ」
柳澤は「あっそ」と鼻を鳴らす。
「杉山さんはー!? 帰ったら何したいのー!?」
キコが突然、大きな声で叫ぶ。柳澤はギョッとして「シー!」と口元に指を立てる。
「おい、バカ。アオイ寝てんだから!」
「……寝てないっすよ」
静かな低い声が、少し離れた場所から落ちた。
杉山はゆっくり顔を上げると、立ち上がり、そのまま柳澤のすぐ横に腰を下ろした。
ビクッ、と柳澤の身体が固まる。
杉山はそんな柳澤の動揺に気づく様子もなく、机にドンと肘をついて天井を見る。
「何するかなぁ〜。バイク乗って、遠出でもするかなぁ」
「えっ」
キコがガバッと起き上がる。
「杉山さん、バイク乗るんですか!? うわ、解釈一致すぎる!!」
杉山はキコのオタク特有の勢いに、困ったように笑う。
「てか、そのツーリングにはカメラ持って行きますか?」
「あー。……まぁ、持って行くだろうね」
杉山がそう答えると、キコがガクッ、と崩れ落ちるように肩を落として、またごろっと畳に寝っ転がった。
「……どいつもこいつも、病気ですね」
呆れ果てて吐き捨てたキコの言葉に、柳澤と杉山は思わず顔を見合わせる。二人は同時に、フッと小さく吹き出して苦笑した。
そのまま少し見つめ合う。杉山は笑顔のまま固まると、気まずそうにパッと目を逸らした。
「……元山さん、配信系のアニメでなんかオススメある?」
誤魔化すように話題をキコへと振る。
キコは待ってましたとばかりに、「えっ! 今期なら絶対アレです!」と早口で何かを捲し立て始めた。
柳澤の口から、ゆっくりと笑みが消えていく。そのまま机に肘をつき、手のひらに顔を乗せて、目の前の何もないブルースクリーンをぼんやりと眺めた。
『――もうサッパリと『想い』が消えちゃってたんでしょうね。遅すぎたんです』
暗い瞳でニタリと笑った、キコの顔を思い出す。
遅すぎた、も何も。
別に、俺は『そういう気持ち』でアオイを見ているわけじゃない。男だし、大事な後輩で、最高の相棒だ。
でも、じゃあ。
この、さっきから内臓の奥底で渦巻いている、気持ちの悪い『胃の重み』は何なんだ。
隣に座られただけで、こんなに心臓がうるさく鳴るのは何なんだ。
考えれば考えるほど、もう、二度と元の『ただの先輩と後輩』には戻れない気がした。
八年間、当たり前のように隣にいた、心地良すぎるこの関係には。
――カァァンッ!!
唐突に鳴り響いた甲高い怪異の音が、容赦なく柳澤の思考を断ち切った。
「えっ! やだ!!」
キコが短い悲鳴をあげる。杉山も険しい顔で顔を上げ、プロジェクターのスクリーンを睨みつけた。
ザ……ザザザッ……。
真っ青だった画面に、突如として不快な音と共に粗い砂嵐が巻き起こり、プツンッ、と古い電源を入れたような音を立てて映像が点いた。
「……ブラウン管テレビみてぇな点き方だな……」
「画質も……めちゃくちゃアナログですね……」
黒フェードインと共に、襖のスクリーンに映像が流れ始める。彩度が少しだけ低い、荒い粒子。ジリジリと走る走査線の跡。
古いアナログ画質のような質感で、柳澤の目には見慣れた『制作事務所』が映し出されていた。
「あ……? 会社?」
思わず口に出る。
「え、何言ってんすか。Tスタジオでしょ、これ」
杉山がスクリーンを凝視しながら、怪訝そうに眉を寄せる。キコが、ふふっ、と不気味に笑った。
「お二人とも、何言ってるんですかぁ。どう見たって、この『宴会部屋』じゃないですか!」
「……え」
柳澤の背筋に、ヒヤリと冷たい悪寒が走る。
(見えてるものが、全員違うのか……!?)
これは罠だ。そう直感の警鐘が鳴り響いているのに、ひどく懐かしい気配のするその画面から、柳澤はどうしても目を離すことができなかった。
*
杉山に見えていたのは、前の制作会社にいた時によく使っていた、都内のTスタジオだった。
黙々とケーブルを巻く自分の主観視点。ポケットからスマホを取り出す手。
光る画面に映し出される、柳澤先輩の文字。
(……あぁ。これは、あの時の……)
この後、あの人から言われた言葉。
それが、今の自分のすべての『喜び』であり、同時に、底なしの『痛みと苦しみ』を招いている。
(これは、甘い罠だ)
杉山は画面から、パッ、と強制的に目を逸らした。
一番欲しいものから目を逸らすことなんて、この八年間、嫌というほどやり続けてきた。得意中の得意だった。
視線を外した瞬間、杉山の目の前の映像がプツンと途切れ、ただの青いブルースクリーンへと変わる。
「……っ」
ほっと安堵の息を吐きつつ、左右を見て杉山は眉を強く寄せた。柳澤も、キコも、完全に魅入られたように、食い入るように画面を見つめたまま硬直していた。
*
柳澤は、呆然と画面を見ていた。
今勤めている会社の、制作事務所。その出口を出ると、廊下の奥で杉山が、総務の玉山と二人きりで話している。
(あ、これ、あん時の……)
確か、二年前だ。杉山を自分の会社に引き入れて、半年くらい経った頃。
『杉山さん、よかったら二人でご飯行きませんか?ずっと、杉山さんのこと気になってて』
玉山のその台詞に、柳澤はビクッとなって、思わず柱の影に隠れる。
『無理ですね。他当たってください』
驚くほど温度のない冷ややかな声でそれだけ告げると、杉山は一切の未練なく踵を返して、事務所の方へ歩いてくる。
柳澤は咄嗟に、奥の喫煙所に逃げ込んだ。すぐにガチャ、とドアが開き、片眉を上げながら杉山が入ってくる。
『ケイさん、のぞきっすか』
呆れたように言いながら、ポケットからタバコを出し、口に咥えて火をつけた。
『いや、ちょうど出くわしちゃったんだよ……一本くれ』
柳澤が手を出すと、杉山は一本その手に落としながら眉を顰めた。
『やめたんじゃなかったんすか』
『たまに吸いたくなるんだよ』
もらったタバコを咥えると、杉山がカチリとライターで火をつけてくれる。
『……しかしお前さ、もう少し優しく断れねぇの? あれじゃ玉山、立ち直れねぇって』
煙を吐きながら言うと、杉山はひどく自嘲的な苦笑を浮かべた。
『優しくして、期待持たせるほうが可哀想でしょ』
そう呟いた杉山の横顔は――今見ると、ひどく悲しげで、孤独だった。
ザザッ、と走査線ノイズと共に、パッと場面が飛ぶ。
暗闇の中、杉山の運転するバイクのヘッドライトが前方を白く切り裂き、一軒の家の前で止まる。
数年前まで住んでいた、前の自宅。
バイクの後部座席から柳澤が降りる。
「また……四時間後だな」
苦笑して言う。
フルフェイスヘルメットのシールドを上げ、杉山が目を細めた。
「お疲れっした。また……後で」
そう言って、バイクは低いエンジン音を残し、闇に溶けていった。
その背を見送ってから、静かに家に入る。
暗いダイニングテーブルの上に、一枚の紙が置いてあった。
『限界です。もうテリジノと結婚しろ』
妻の怒りに満ちた走り書きのメモと、緑色の離婚届、そして、外された結婚指輪。
『……そりゃ、そうか』
柳澤は自嘲気味に呟いた。
休みを潰してはロケハンに行き、早く帰れる日も遅くまで素材を見返したりと、家庭を全く顧みなかった。
(アオイが入社してから、余計だもんな)
柳澤はため息をついて、壁の時計を見上げる。
深夜三時を回ったところだった。
再びノイズと共に、場面が変わる。
夜のオフィス。
『柳澤、お前、離婚だって!?』
プロデューサーの田山が、デリカシーなく大声で喚く。
『あぁ……』
『まぁ〜、毎日毎日深夜帰りじゃ無理ねえか。この業界はバツ多いからなぁ!今日は珍しくもう上がりなんだろ? 飲み連れてってやろうか!? キャバクラ行く?』
田山が肩を組んでくる。
『いらねぇ。飲みたくもねぇし』
苛立ち紛れに振り払って、後ろを向く。
杉山が、自分のデスクで機材の整備をしながら、心配そうにチラッとこちらを見ていた。
『アオイ〜、映画見に行こ』
柳澤がそう縋るように言うと、杉山は、はぁ、と深くため息を吐き、困った顔をした。
『……まぁ、いいすけど』
静かにそう呟いた。
(……この時は、離婚のことを心配してくれてるのかと思ってたけど。違ったんだな)
また、諦められなくなるから。
期待してしまうから、あんなに困った顔をしていたのか。
ザザザッ。
激しいノイズと共に、場面が現在へと変わる。
この『宴会部屋』だ。
杉山が俯いている。
やがて、静かに、ゆっくりと顔を上げた。
その顔には、もう何の感情もなかった。
『……もう、諦めたんで。止めます』
そう言って、杉山が冷たく踵を返した。柳澤の全身からザッ、と血の気が引いていく。
待ってくれ。
行かないでくれ、アオイ。
*
柳澤とキコは、画面を見たまま微動だにしない。瞬きすら忘れ、食い入るように画面を見ている。
不気味な青い光が、二人の虚ろな瞳に反射していた。
「……くそっ」
強烈な嫌な予感に駆られ、杉山はプロジェクターの電源ケーブルを強引に引っこ抜いた。
だが、消えない。
「は……?」
電源を抜いたのに、襖のスクリーンにはまだ煌々と、呪いのような青い光が灯っていた。
「どうすれば……」
杉山がキョロキョロと使えそうなものはないかと周りを見渡した、その時。柳澤が、フラフラと吸い寄せられるように画面に向かって歩き始めた。
「ケイさん!!」
杉山は背後から飛びつき、右腕で柳澤の目を覆い、力強く羽交い締めに捕らえて動きを止める。
「……イ」
何かを譫言のように呟き、柳澤が身を捩って杉山の腕を振り切ろうと暴れる。
「……アオイ!」
杉山は、一瞬固まる。
俺?
ケイさんが見てる幻覚は、俺なのか?
(そうやって、またあんたは……)
そう思いかけた時、柳澤が腕の中でさらに激しく暴れる。
杉山は奥歯を噛み締め、渾身の力を込めて必死にその身体を拘束した。
すると、横でキコが画面に向かって歩き出すのが見えた。
「元山さん!!」
杉山は柳澤を右腕一本で抑え込みながら、左手を限界まで伸ばす。
キコの肩を掴んだ。
バシッ。
信じられないほどの強い力で、杉山の手が弾き飛ばされる。
「はぁ……推しカプ……てぇてぇ……」
キコは、恍惚とした笑顔を浮かべながら、画面に吸い込まれるように近づいていく。
「あー、幸せ……」
うっとりとそう言って、襖の目の前に辿り着いた瞬間。
パッと、キコの身体が虚空へ消え去った。
「元山、さん……っ」
弾かれた左手が、ジン、と痺れている。
杉山が呆然とキコの消えた虚空を見つめると、腕の中で、再び柳澤が激しく暴れ出した。
「行くなっ、アオイ……!!」
「くっ……!」
杉山は両手で包み込むようにして、暴れる柳澤の身体を強く抱きしめた。
「……俺はここにいるっ!!」
耳元で、張り裂けるような大声で叫ぶ。
ビタッ、と。
柳澤の激しい動きが止まり、プツンと糸が切れたように身体から力が抜け、前へ倒れそうになる。
「ケイさん!」
杉山はそのまま抱え込むようにして、力の抜けた重い身体と共に畳へ座り込む。同時に、プロジェクターの異常な光がフッと途切れ、襖が元の暗闇に戻った。
テーブルの上のタブレットだけが、冷たく青く光っている。
柳澤はぐったりと杉山の胸にもたれかかったまま、ピクリとも動かない。
「ケイさん……ケイさん!」
杉山が焦燥に駆られて名前を呼び、その肩を大きく揺らすと、柳澤の眉がピクリ、と微かに動いた。
ゆっくりと、柳澤の重い瞼が開く。
ぼやけた焦点が、目の前で自分を覗き込む杉山を捉えた瞬間、柳澤は弾かれたように目を見開いた。
「アオイ!」
ガバッ、と身を起こすと同時に、柳澤は両手を伸ばし、杉山の頬を包み込んでいた。
その顔は、不安と恐怖に酷く歪んでいた。
至近距離で見つめられ、杉山の瞳が激しく揺れる。小さく、痛みを堪えるように頭を振った。
「……変な幻覚、見せられてたんですよ。皆」
杉山は、自分の頬に添えられた柳澤の震える手をそっと掴み、引き剥がすように外しながら、努めて冷静な声で言った。
「え……」
手に残った冷たい感触に柳澤が固まり、ハッとしてキョロキョロと周りを見る。
「キ、キコは……」
杉山は苦く顔を歪ませて、無言のまま首を横に振った。
「キコ……そんな……」
柳澤は、電源の落ちた黒い襖を呆然と見つめた。
*
暗い画面を見つめると、自分が魅入られていた幻覚の記憶が鮮明に蘇ってくる。
「……っ」
柳澤は思わず、口元を片手で覆った。
「な、なぁ、アオイ」
横に力なく座り込む杉山に、恐る恐る声をかける。
「俺、なんか意識あんまなかったんだけど……何か、変なこと言ってなかったか……?」
「……いや。特には」
杉山は一切表情を変えず、静かに嘘を吐いた。
「そ、そっか」
柳澤は俯く。
『俺はここにいる!!』
幻覚の中で、確かに聞こえたような気がした、必死なアオイの声。
気のせいだったということにして、柳澤は立ち上がった。
「……とうとう、二人だけか」
虚空に向かって呟く。
「ですね」
見下ろすと、杉山がスッと顔を引き締めていた。
何か、絶対に曲げられないような決意を固めた顔。
その顔に、柳澤はゾッとして背筋が凍った。
(もし、またカチンコが鳴ったら。こいつは絶対に、俺を守る気だ。……自分が消えてでも)
直感的にそう確信し、息が震えた。
「……アオイ」
何かを言いかけて、喉が詰まって言葉が出ない。
もしアオイが、皆と同じように、自分の目の前から永遠に消えてしまったら。
途方もない喪失感が、想像しただけで柳澤の胃の腑をどろどろに掻き回す。それは、幻覚の画面の中で『諦めた』と冷たく告げられた時と、全く同じ強烈な痛みだった。
諦めないでほしい。
置いて行かないでほしい。
お前に終わったことにされるのは絶対に嫌だ。
なんなんだ、これは。
――この感情の、正体は。
そんな考えが頭の中をぐちゃぐちゃに回り、柳澤はその場に立ち尽くしていた。
突如。
ガシャン!! と、静まり返った廊下で、何か金属の缶のようなものが床に落ちて転がる音が響いた。
「!!」
我に返って、音のする方を咄嗟に振り返った。杉山も立ち上がる。
「……な、なんだ……?」
「見にいってみましょう」
ゆっくりと、二人並んで薄暗い廊下に出る。スマホのライトで音の鳴った方を照らすと、丸いフィルム缶が床に転がり、中身の黒いフィルムがバラバラと外に散乱していた。
「これ、キコが言ってたフィルム……?」
言いながら、警戒しつつ近づく。
「これ……短く切られてるけど、元山さんが言ってたみたいにズタズタに切り刻まれてるわけじゃないっすね」
杉山は床に散らばったフィルムの端を持ち上げる。数枚あるそのフィルムは、どれも長くても一メートルほどの長さで、意図的にカットされていた。
「現像もしてねぇのに……いらねぇカットを切って捨てたってのか……?」
柳澤が訝しげに言いながら、転がっている缶の蓋を拾い上げる。白のパーマセルテープに書かれた文字。
『と……にい……は』
文字が掠れて、ところどころしか読めない。
杉山が床に落ちていた一枚の古ぼけた紙切れを拾い上げた。
「ケイさん、これ、絵コンテの切れ端っすね」
スマホのライトで照らしながら呟く。
「え」
柳澤は杉山から紙を受け取り、その手書きの断片に目を落とした。
「『ここで光を柔らかめに』『被写体の距離感』って……。ホラー映画の演出じゃねえじゃん」
「なんか、ロマンス映画か、ヒューマンドラマの技法って感じっすね」
杉山も横から覗き込み、怪訝そうに眉を寄せる。
「訳わかんねぇな……。こんな山奥の民宿で撮るようなジャンルでもねぇだろうに。しかもフィルムがネガだから、中身ももう透かして見れねーしな」
ザバザバと、散らばった短いフィルムの束を乱暴に拾い集め、錆びた缶の中に押し込んでいく。
(……なんか、あの映画みたいだな)
柳澤は不意に脳裏をよぎった名作を思い出し、ふっ、と鼻で笑う。
「まさかな」
独り言のように呟き、パチンッと缶の蓋を閉めた。
