生贄花嫁はアヤカシ狐からの溺愛を受け入れられない

「あなた、最初からそれが目的で……」
「ごめんね、何もかも黙ってて。けど、教えてほしい。今の話を聞いて、お母さんに会ってみたいと? それとも、やめておく?」
「まっ、待ってよ! そんなこと急に言われて、わかるわけないじゃない!」

 さっきまで泣いていたことも忘れ、頭を抱えてしゃがみこむ。
 本当に急すぎる。何も聞かずに勝手に決めたことを謝ったと思ったら、いきなりこんなことを聞いてくるなんて、いくらなんでも極端すぎる。

「あなたって、本当に人の気持ちがわからないのね」
「ごめん。急すぎた?」
「当たり前よ!」

 怒鳴りながら、非難めいた目で睨む。

 さっき知らされた過去の出来事ですら、まだ完全には受け止めきれていないのだ。その上この状況でどうしたいかと聞かれても、頭の中はぐちゃぐちゃだ。

「答えを出すのは、今すぐでなくていいから。来ようと思えば、いつでもまた来れるから」

 今さらのようにそう言われるが、一度こうなった以上、先送りにするのも嫌だった。
 しかし、いったいどうすればいいのか。答えを探そうと、恐る恐る聞いてみる。

「もう一度、聞いていい? お母さんは、本当に私を嫌いになったわけじゃないの?」

 さっきの幻を見ても、まだ不安は残っていた。
 自分は嫌われていて、だから捨てられた。長い間ずっとそう思い続けてきたのだ。簡単に消し去ることはできない。

「そうだよ。お母さんが紬のことをどれだけ心配していたか、どれだけ幸せになってほしかったか、俺は直接見て、言葉を聞いた。だから、自信を持って言える」
「で、でも、あれから何年も経ってるし、私のことなんて、とっくに忘れてるかも……」

 卑屈な考えかもしれないが、どうしても不安になってしまう。
 再び会った時、もう会いたくないと言われたら。そんな想像が頭をよぎり、体が震える。
 そもそも、今更会いたい気持ちはあるのか。どんな顔をして会えばいいのか。自分のことなのに、まるでわからない。
 そんな時だった。

「詩様ーっ! 紬様ーっ!」

 突然、全く別の声が聞こえてきた。
 声のした方を見ると、山の向こうから二体のアヤカシが駈けてくるのが見えた。
 一体は、人の顔をした牛。もう一体は、人間に魚の鱗のようなもののついたやつ。ただし二人とも大きさは極めて小さく、紬の膝くらいまでしかない。
 そしていずれも、詩に仕えるアヤカシとして見覚えのある者たちだった。

「あの二人、紬の家の様子を見に行かせたんだ」
「そんなことしてたの?」
「ああ。紬が、お母さんに会いたいと言った時のことを考えて、念の為にね。けど、何かあったのか?」

 詩が怪訝な顔をしていると、やってきた二人は、交互に話を始める。

「詩様。我ら、詩様の命令通り紬様のご実家に行ってまいりました」
「紬様のお母様の様子、気づかれることなく確認しようと思ったのですが……」
「残念ながら、それは叶いませんでした」
「どこにもお姿がないのです」

 要は、家には行ったが母親である志織はいなかったということだ。
 留守だろうか。そう思ったが、二人の話はまだ続いた。

「それでですね。どうも不吉なものを感じてしまったのです」
「不吉なもの?」
「ええ。我ら二人、不吉な未来を予言するという神通力を持っていて、その神通力が見事に反応したのです」

 神通力などと言われても紬にはどういうものかピンとこないが、アヤカシに不思議な力があるのはよく知っている。
 だとすると、母親に不吉な何かが迫っていることになる。

「なによ、それ……」

 だんだんと、不安が胸の中に広がっていく。
 二人の報告は、詩にも予想外だったのだろう。真剣な面持ちで尋ねる。

「その不吉なものっていうのは、具体的にどういうものかわかるか?」
「そう言われましても、恥ずかしながら、我ら二人とも、まだ未熟なもので……」
「全てを見通せるわけではなく、ぼんやりとした言葉が浮かんだだけなのです
「言葉? それは、なんだ?」

 もう一度詩が尋ねると、牛の体をした方がそれに答えた。

「月城家。細かいことはわかりませんが、それだけが浮かんできました」
「なに?」

 月城家といえば、紬が引き取られていた、あの月城家以外にないだろう。
 どうしてそれが出てきたのか。それ以上のことは本当に何もわからないようで、二人のアヤカシも困ったように顔を見合わせる。
 だがその名前が出ただけで、紬を心配させるには十分だった。

「どうして今になって、お母さんと月城家が関わるのよ」

 自分が月城の家に引き取られて以来、両者の繋がりは完全になくなったはず。
 なのに、いったい何があるのか。
 どう考えても、嫌な予感しかしなかった。

「紬! ────紬!」
「────っ!」

 名前を呼ばれて、ハッと我に返る。
 いつの間にか心臓はドクドクと嫌な音を立て、全身から汗が吹き出ていた。

「落ち着いて。この二人が感じるのは、あくまで不吉な未来だ。今この瞬間、何か起きてるとは限らない」

 詩はそう言うと、安心させるように紬の手を握る。紬も、反射的にそれを握り返す。
 何かにすがらないと耐えられないくらい、不安が押し寄せてきていた。

 そんな紬に向かって、詩はもう一度言う。

「紬は、どうしたい? お母さんに、会ってみたい?」

 さっきもされたこの質問。しかし今は、状況がまるで違う。
 ほんの少し前までは、答えを出すことができなかった。
 だが母親に不吉な何かが迫っていて、月城家が関わっているかもしれない。
 そう思うと、自然と答えが出ていた。