生贄花嫁はアヤカシ狐からの溺愛を受け入れられない

 紬にとってアヤカシとは、恐ろしくて身勝手で、時に自分を食べようとする怪物だ。

 それがなぜ、こんな悲しそうな顔をしているのか。それを見ていると、自分が悪いことをしたような気持ちになってくる。
 しかし、それもほんの短い間だった。
 アヤカシの少年は、気を取り直したように言ってくる。

「君って、変なやつなの?」
「なっ──!」

 再び、怒りが込み上げてくる。

 もう一度怒鳴ろうとしたが、それより先に、少年がさらに言う。

「俺も言われるよ。アヤカシのくせに、片方の親が人間の、変なやつって。だから、いつも一人だった」
「えっ──?」

 彼の言葉が信じられず、耳を疑う。
 アヤカシなのに親が人間なんて、そんなことあるのだろうか。
 そしてもうひとつ。いつも一人というのが、心に深く響いた。

「えっと……一人って、他のアヤカシからは、仲間外れにされてるってこと?」

 恐る恐る尋ねてみる。もしかすると、これを聞いてすごく嫌な思いをさせてしまうかもしれない。
 しかし少年は、ケロリとした顔で答える。

「うん。だから、人間相手はどうかなと思って試してみたけど、誰も気づいてくれなかったな。君以外は」
「わ、私は、アヤカシが見えるから。……そのせいで、学校では一人ぼっちだけど」

 少年と違い、紬は恥ずかしそうにボソボソとした声で話す。
 自分は一人ぼっちなんだと、できれば言いたくはなかった。

「そっか。それじゃあ俺たち、変なやつで一人ぼっち仲間だ」
「えっ。それは、ヤダ……」

 どうしてそんな悲しい仲間にならなければならないのか。
 思わず拒否するが、そこで気づく。ついさっきまでこの少年に感じていた、恐怖や怒りが、いつの間にか薄くなっていることに。

「でも仲間になれば、一人ぼっちじゃなくなるよ」

 そう言って少年は、倒れている紬に再び手を差し伸べてくる。
 さっきは払い除けた、少年の手。だが今度は、どうしようかと迷う。
 片親は人間だと言うが、それでもアヤカシ。今まで酷い目にあわされてきた奴らの仲間だ。
 だが、ニコニコ笑いながら手を差し出すその姿は、とても眩しく見えた。
 気づけば、自然とその手を掴んでいた。

「私、紬。あなたは?」

 アヤカシに自己紹介をするなんて初めてで、すごく緊張する。
 だが仲間というのなら、もっと自分のことを知ってほしかった。少年のことを、もっと知りたくなった。

「俺は、詩。これからよろしくね、紬」

 それから二人は、何度も会うことになった。
 詩の姿は、他のアヤカシと同じく紬以外の人間には見えないから、町で会って話をしたら変に思われる。だから、会うのはいつもこの山の中だ。

 初めて会った場所からもう少し奥に行くと古いお堂があり、そこで待ち合わせをするようになっていた。

 しかし紬には、今まで友達などいなかったので、会っても何を話せばいいかわからない。そこで、家からマンガやゲームを持っていき、一緒に読んだりプレイしたりすることにした。

 そしてそれらは、詩の目にはとても新鮮に映ったようだ。

「すごいな。人間の世界には、こんな面白いものがあるんだ」

 目をキラキラさせながら、紬の貸したゲームに熱中する。
 自分より年上っぽい彼が無邪気に遊ぶ姿は、なんだかおかしかった。

 興味を持ったのは、マンガも同じだ。
 紬が持ってきたマンガは、恋愛系の少女マンガが多かったので、男の子にはどうだろうと心配だったが、詩はそれも楽しんでくれた。
 ただ、二人一緒に読んでいる途中、キスシーンが出てきた時は、びっくりして思わずページを閉じた。

「わわっ!」
「あっ。まだ読んでる途中だったのに」

 詩は不満そうに言うが、男の子と一緒にそういうシーンを見るのは、なんとなく恥ずかしい。
 だが、それを説明するのもまた恥ずかしくて、モジモジしながら俯く。
 すると詩は何を思ったのか、そんな紬の顎の先に手をやり、クイッと引き上げ、自分の方を向かせた。

「ねえ、紬。俯いてないで、もっと俺を見てよ」
「へっ?」
「俺は、もっと紬のことを見ていたいんだ」
「ふぇぇぇぇっ!?!?」

 いきなりそんなことを言われたものだから、今までよりもっともっと恥ずかしくなり、顔が茹でダコのように真っ赤になる。

 思わずパニックになりかけるが、そこで気づく。

「ねえ、詩。これって、さっきのマンガのセリフ?」
「そうだよ。面白そうだから、言ってみた」

 ニコッと笑う詩を見て、また顔が赤くなる。だが今回は、恥ずかしいからではない。怒りだ。

「バカーっ!」

 全力で叫んで、ポカポカと詩を殴る。といっても、本気で殴っているわけではない。
 詩も、痛い痛いと言いながら、その顔は相変わらず笑っていた。

 二人で一緒に遊ぶこの時間は、紬も詩も、いつだって笑っていたのだ。



    ◆◇◆◇◆◇




 そんなことがあったのが、もう何年前になるだろう。
 時は流れて今。紬はそのことを思い出し、頭を抱えながらうずくまっていた。

 その隣では、詩が目線を合わせるようにしゃがみ込んでいる。

「あの時会ってた男の子って、あなたなの?」

 わざわざ聞かなくても、答えなどハッキリしている。それでも、聞かずにはいられなかった。

 思った通り、詩はゆっくりと頷く。

「ああ、俺だよ。昔、俺たちはこの山で出会って、何度も会ってた」

 予想通りの答え。だが紬には、疑問があった。どうしてもおかしなことがあった。

「だったら、どうして私はそれを今まで忘れてたのよ!」

 たった今開かれた、記憶の扉。
 しかしそれまでは、あんなことまるで覚えていなかった。
 昔、この山で誰かと遊んだ記憶など、これっぽっちもなかった。

 いったいどういうことなのか。自分のことなのに、まるでわからない。

 睨むように見つめながら、じっと答えを待つ。
 詩の口が、小さく動いた。

「俺が、記憶を消した。紬に幻術をかけて、俺のことを、全部忘れさせた」
「なんで、そんなことを……」

 記憶を取り戻した今ならわかる。詩と一緒にいた日々は、今まで生きてきた中で最も楽しい時間だった。なのに、どうして消したりしたのか。
 怒るべきかもしれない。だがそれ以上に、理由が気になった。
 記憶の中の詩も、今目の前にいる詩も、悪意でそんなことをするとは思えなかったから。

「ちゃんと、全部話すよ。どうして記憶を消したのかも。それに、紬のお母さんのことも」
「お母さん……?」

 詩の言葉を聞いて、今更のように思い出す。
 元々ここに来たのは、自分の母親について話をするためだ。

 紬の脳裏に、母親の姿が浮かび上がる。
 ただでさえ大きな音を立てていた心臓が、一際大きく高鳴った。