生贄花嫁はアヤカシ狐からの溺愛を受け入れられない

 紬に突きつけられた刀を見て、詩の動きがピタリと止まる。
 そのため、殴りかかろうとしていたアヤカシの一撃を、まともに受ける。

「くぅっ!」

 声をあげ、地面に倒れる詩。
 すぐに起き上がるが、反撃することはできない。
 それを見て、古空はニヤリと笑う。

「ここまで素直に言うことを聞くとは。霊力以外にも、花嫁には使い道があったか」
「黙れ! 少しでも紬を傷つけてみろ。八つ裂きにしてやる!」

 詩は激しく怒鳴るが、怒れば怒るほど、動揺しているのが伝わってくる。

 古空も、正直なところここまでうまくいくとは思っていなかった。
 自分の身を呈してまで人間を守ろうとするなど、古空にはとても信じられない。
 しかし、こうまで上手くいったのなら、この期を逃す手はない。

「お前たち、やれ」
「はっ!」

 今まで詩にやられていたアヤカシたちが、仕返しとばかりに攻撃をしかける。
 もちろん詩は、かわすことも反撃することもない。
 殴られ、蹴られ、あっという間に地面に横たわる。さらに数体のアヤカシが取り押さえ、動きを封じられる。

 少し前までの善戦が、嘘のよう。
 その様子を、古空は冷たい目で見ていた。

「滑稽だな。霊力も吸おうともせず、人質にとるだけでここまで従順になるとは。こんな女になぜそこまでする。同じ人間である母の面影でも見たか?」

 その言葉は、半分は嘲り。そしてもう半分は、純粋な疑問だ。
 古空にとって詩は、自らが当主になるのを阻む邪魔な存在。だが、その実力は認めていた。
 これだけの力を持ちながら、人間の女一人にこだわり、こうも簡単に倒されてしまうなど、まるで理解できなかった。

「母さん? 関係ないな。それに、言ってもお前にはわからないだろう」
「確かに、なぜそんな愚かなことをするのか、わかるとは思えんな。お前たち、とどめを刺してやれ」

 古空の命令が下り、アヤカシたちの詩を押さえつける力が一層強くなる。
 さらに一人が刀を構え、ピタリと詩の首に押し当てた。

「くっ……!」

 これにはさすがに抵抗しようとしたのか、詩も大きく身をよじる。
 しかしその瞬間、古空の声が飛ぶ。

「おっと、動くなよ。この女は私にとって大事な餌だが、手足をもぎ取るくらいならなんの問題もない。その方が、逃げ出す心配もなくなるだろうな」
「やめろ!」

 自分が命の危機にあっても、まだ紬を優先させる。
 詩がそうまでする理由はわならないが、古空にとっては実に都合がよかった。

「安心しろ。貴様が大人しくしていれば何もしない。大人しくしていればな」

 その言葉に嘘はない。自分が幻術を解かない限り、紬は永遠に眠り続けるのだから、逃げる心配など最初からしていない。
 なによりここで下手に紬を傷つけたら、詩が暴れ出すかもしれない。
 絶対的に有利な立場にいるからこそ、それを崩すことのないよう、慎重になる。

 そして紬をその手に捕らえたまま、最後の命令を下す。

「殺れ」

 詩の首に押し当てられていた刀が、大きく振り上げられる。
 このままその首が切り落とされると、誰もが思った。
 だが、その時だった。

 古空の腕の中にいた紬が、眠っていたはずの彼女の手が、スッと動く。
 いつの間にか、その手には簪が握られていた。詩に護身用として持たされていた、妖力を込めた簪だ。
 それを、古空目掛けて思い切り突き立てた。

「なにっ!?」

 その瞬間、簪に込められた詩の妖力が、一気に放たれた。