生贄花嫁はアヤカシ狐からの溺愛を受け入れられない

 夫の親戚に挨拶に来たはずなのに、なぜアヤカシたちの戦いを間近で見ることになってしまったのか。
 やはりアヤカシたちは、人間の常識とはかけ離れたところきいるのだろう。
 紬は、改めてそう痛感していた。

「緊張してる?」

 俯いた紬の顔を見ながら、詩が尋ねる。
 ここは、先ほどの広間から少し離れた場所にある、屋敷の中庭。
 本気で戦えば屋敷が壊れかねないという理由で、一同はそろってこちらに移動していた。

「そりゃあね。家が壊れるかもしれないから場所を変えるって、人間の世界じゃ一生聞くことのない言葉よ」

 そんな戦いが、もうすぐ始まるのだ。しかもその結果次第で、自分の運命が変わるかもしれない。
 これでなんとも思わない方がおかしいだろう。

「あなた、もしかしてこうなるのを予想してたの?」

 沙紀から勝負の話が出て周りが騒然となる中、詩だけは終始冷静でいた。
 いくらなんでも、急にこんな事になったら、少しは慌てるだろう。

「まあね。ちょっと揉め事を起こせば、ご当主様が乗ってくるとは思ってたよ。一族の奴らが争うところを、高みから見物するのが趣味みたいな人だから」
「な、なにそれ……」

 詩の言葉に、なおさら不安になってくる。
 そんな人が提案した勝負を受けるなど、大丈夫なのか。
 だがそこで、詩はニヤリと笑う。

「けど、報酬もある。あの人が決めた勝負で勝つと、なにかと肩入れしてもらえるんだよね。俺が次の当主の筆頭になれたの、なぜだと思う?」
「まさか……」
「こういうの、今までにも何度かあったんだよ。そしてその度に勝ってきたから、今の地位がある。今回も勝ちさえすれば、誰も紬の扱いに文句は言えなくなるよ。だから安心して」
「うん……」

 もちろん、今まで勝てたからといって今回も勝つとは限らない。それでも勝負を受けたのは、勝てる自信があるからだろう。
 なら紬にできるのは、それを信じることだけだ。

「勝つのはもちろん大事だけど、ケガなんてしないでね」
「だったら、そう祈っておいて。紬が祈ってくれたら百人力だから」

 いったいどこまで本気なのか。こんな状況でも、詩はケロリとした顔でそんなことを言う。
 それを頼もしく思えばいいのか、呆れたらいいのかは、紬にはわからなかった。

「お主ら、そろそろ準備はできたか。まあ、ここで負けたら二度と夫婦を名乗れなくなるかもしれんからの。名残惜しいなら、もう少し待ってやってもよいぞ」

 いつの間にやって来たのか、気がつけば、沙紀がすぐ近くに立っていた。

「いえ、もう十分です。それじゃあ紬。続きは後で」

 そう言って、詩は中庭の中央に歩いていく。
 それを見て、他の者たちも、一人また一人と中庭へと出ていく。
 その数、二十人以上。
 その全てと、詩はこれから戦わなければならない。

 わかってはいたものの、こうして実際に数の差を目の当たりにすると、圧倒されそうになる。
 詩が強いのは知っているが、みんな、そんな詩の力を知りながら挑んでくるような奴らだ。
 とても簡単に倒せるとは思えない。

 だが、紬のすぐ隣で誰かが呟いた。

「まあ、詩が勝つだろうな」
「えっ?」

 思わず振り返ると、そこにいたのは若い男。
 背が高くなかなかの美丈夫であり、着ている服の拵えから、ここにいるアヤカシたちの中でもかなりの地位にあると思われた。
 紬だけでなく、沙紀もまた、その男に気づく。

「なんじゃ、古空《こくう》。お主は参加せんのか?」
「ええ。今回は見物させていただきます」
「もったいないのう。詩の次に当主の座に近いのはお主だというのに」

 当主の座に近い男。それはつまり、詩と競い合う相手と言えるだろう。
 それなら、なぜこの戦いに参加しないのか。それに、さっきの言葉も気になった。

「あなたは、この勝負は詩が勝つと思ってるんですか?」
「ああ。だから、僕は今回は参加しない。やるならもっと、勝てそうな勝負を挑むさ。まあ見てな」

 再び中庭の中央に目を向けると、ちょうど試合開始の声が飛ぶ。
 するといきなり、一人が刀を抜いて詩に斬りかかった。先ほどの広間で、真っ先に詩を非難したあの男だ。

「でぇぇぇい!」

 目にも止まらぬとはこのことだろう。幾度となく詩に向かって刀を振るい、しかもその速度は、速すぎて紬の目にはまともに映らない。
 しかし、詩も負けてはいない。男の刀はただの一度も当たることなく、全て紙一重でかわされる。

 さらにその途中、詩の尻尾がスルスルと伸び、その先端が炎へと変わる。
 以前、紬が街でゴロツキたちに襲われた時に使った、狐火だ。

「ぐあっ!」

 狐火を浴び、相手が大きく仰け反る。
 それだけではない。生き物のようにうねうねと動く狐火は、他の者たちも次々に攻撃していく。
 まともに狐火をくらった者はすぐさま倒れ、辛うじてかわした者も、迂闊には近寄れなくなっている。

 それでも、まだ心は折れていないのだろう。
 周りを鼓舞するように、一人が叫ぶ。

「くっ……数を活かせ! たった一人、全員でかかればなんとでもなる!」

 だがその時だった。
 すぐ隣にいた男が、叫んだ男を刀で斬りつけた。

「な、なにっ!?」

 斬られた方は、この不意打ちに反応できず、あっさりとその場に倒れ込む。
 さらに、他の場所でも同様のことが起きる。皆、詩に戦いを挑んだはずなのに、急に周りの者を攻撃し始めた。

「な、なんなのあれ?」

 詩の相手が減っていくのは良いことなのだが、何がどうなっているのかさっぱりわからない。

「簡単なことさ。彼らは最初から、詩の味方だった。次期当主の筆頭候補に気に入られようとする奴らも、それなりにいるさ。詩と戦うふりをしながら、隙を見て周りのやつらを攻撃する。予め、そういう打ち合わせをしていたんだろう」
「それって、いいんですか!?」

 元々、数の上では詩が圧倒的に不利だったのだから、味方がいてもいいかもしれない。
 だがこんな騙すようなまねをするなど、認められるのか。
 そう思って沙紀を見るが、彼女は怒るどころかむしろ笑っていた。

「当然じゃ。真正面からぶつかるだけが力ではない。味方を増やすも相手を騙すも、何でもあり。そのくらい狡猾でなければ、当主など任せられんからな」

 わかったようなわからないような理屈。だが、お咎めなしなのはありがたい。
 一方、何人かが詩の味方となったことで、戦いの様子は大きく変わっていた。

「さて。裏切ったのは、本当にこれだけかな。誰かに背中を向ける時は注意するんだね」
「なに!?」

 詩の言葉に、皆、近くの者を気にし出す。
 他にも詩の味方がいるのか。ただのハッタリだったとしても、これからは周りを警戒しなくてはならなくなる。
 今や流れは、完全に詩の勝利へと向いていた。

 これは、本当に勝てるかもしれない。
 そう思ったところで、古空が再び呟く。

「それにしても、人間のためにここまで頑張るとは。さすがは親子といったところかな」
「えっ?」

 その言葉の意味がわからず、思わず声をあげる。
 詩の親。さっきも、沙紀がそんなことを言っていた。

「あの。親って、いったいどういうことですか?」

 勝負の行方も、もちろん気になる。
 だが今の言葉も、気にせずにはいられなかった。