紬を玉藻の本家に連れていく。
詩の表情が硬かったのは、やはりそれが理由だったようだ。
「というわけで、俺と一緒に本家に行くことになったんだけど、いい?」
「まあ、別にいいけど」
話を聞く限りでは、断れるものでもなさそうだ。
そもそも結婚してひと月も経っているのだから、顔を見せろと言われるのも無理はない。
ただ、不安が無いわけではない。
「あなたは、行くの嫌なの? さっきからずっと浮かない顔してるけど」
詩がここまで不機嫌になるのは珍しい。
行きたくないというのがひと目でわかる。
「あまり居心地のいいところじゃないからね。一応、親戚で楽しく宴会するって建前ではあるけど、隙を見せたら一瞬で寝首を搔かれるような緊張感がある」
どうやら一族の中でも、派閥争いや権力闘争があるようだ。
そういえば、月城家の親戚が集まった時もそうだった。
当主である常貞の周りに群がる者。それを蹴落とそうとする者。それぞれに欲や打算があって、親類縁者の情などとても感じられなかった。
「ギスギスした空気には慣れてるから、構わないわよ」
紬もできればそんな場所など行きたくないが、断れないなら仕方ない。
それに仮とはいえ夫婦になったのだから、最低限のことはやるつもりだ。
すると詩は、懐から簪《かんざし》を取り出し、紬に差し出した。
「お願いがあるんだけど、本家に行く時は、ずっとこの簪を付けておいてくれないかな?」
「別にいいけど」
珊瑚で飾られた、綺麗な簪だ。
少しでも着飾っておいた方がいいのだろうか。そう思いながら、その簪を受け取ろうとする。
「もし誰かに襲われたら、この簪を相手に突き刺して。これには俺の妖力が込められていて、刺すと相手にダメージを与えることができるから」
「はっ!?」
受け取ろうとした手が、ピタリと止まる。
まさかそんな物騒な理由で渡したとは思いもしなかった。
「ちょっと待って。襲われるって、本家ってそんなに危ないの?」
「えっと………さすがに、簡単に命を取られたりはしないと思う。多分。けど、念の為用心はしといた方がいいから」
「念の為、武器を持っておいた方がいいような場所なのね」
「えーと……まあ、そうなるかな」
とても、親戚の集まりの話をしてるとは思えない。
月城家の親戚の集まりも酷いと思っていたが、玉藻家の方がもっと酷いかもしれない。
「前にも言ったけど、アヤカシの世界、特に玉藻家は、未だに力が全てで勝ったものが正しいみたいな考えが残っているからね。それに、その……紬の場合、霊力をいただこうって奴がいるかもしれないから」
「あっ……」
詩は言いにくそうにしていたが、だいたい理解はできた。
この屋敷のアヤカシたちと一緒にいると忘れそうになるが、高い霊力を持つこの身は、アヤカシたちにとって格好の餌だ。
玉藻家の歴代当主が月城の娘を欲しがったのも、ほとんどが霊力目当てだ。
そんな奴らの総本山に、これから行くことになるのだ。
「俺が正式な当主だったら、権力を使って押さえつけることもできたんだけどな。それか、やっぱり断る口実でもあればいいんだけど」
本当に、紬を連れていきたくはないようだ。
だが、例え今回は断れたとしても、いつまでも断り続けるのは無理があるだろう。
「どうせ、いつかは行かなきゃいけないんじゃないの。それに、私は元々生贄になるつもりで嫁入りしたんだし、少しくらい危ない目にあっても平気よ」
胸を張って言うが、最後のは完全か強がりだ。危ない目にあうなど、もちろん嫌だ。
それでも、逃げられないのなら腹を括るしかない。
「俺は、紬が危ない目にあったら平気じゃないんだけどな」
詩は苦笑いするが、それでも、やるべきことはわかっているようだ。
「もしも何かあったら、俺が絶対に守るから」
そう言って、紬の肩をそっと抱き寄せる。いつもなら素っ気なく振り払うところだが、今は黙ってそれを受け入れた。
本当に、心配しているのだとわかったから。
こんな風に誰かから心配されるなんて、いつ以来だろう。
そう思ったとたん、なんとも言えない不思議な温かさが込み上げてくる気がした。
詩の表情が硬かったのは、やはりそれが理由だったようだ。
「というわけで、俺と一緒に本家に行くことになったんだけど、いい?」
「まあ、別にいいけど」
話を聞く限りでは、断れるものでもなさそうだ。
そもそも結婚してひと月も経っているのだから、顔を見せろと言われるのも無理はない。
ただ、不安が無いわけではない。
「あなたは、行くの嫌なの? さっきからずっと浮かない顔してるけど」
詩がここまで不機嫌になるのは珍しい。
行きたくないというのがひと目でわかる。
「あまり居心地のいいところじゃないからね。一応、親戚で楽しく宴会するって建前ではあるけど、隙を見せたら一瞬で寝首を搔かれるような緊張感がある」
どうやら一族の中でも、派閥争いや権力闘争があるようだ。
そういえば、月城家の親戚が集まった時もそうだった。
当主である常貞の周りに群がる者。それを蹴落とそうとする者。それぞれに欲や打算があって、親類縁者の情などとても感じられなかった。
「ギスギスした空気には慣れてるから、構わないわよ」
紬もできればそんな場所など行きたくないが、断れないなら仕方ない。
それに仮とはいえ夫婦になったのだから、最低限のことはやるつもりだ。
すると詩は、懐から簪《かんざし》を取り出し、紬に差し出した。
「お願いがあるんだけど、本家に行く時は、ずっとこの簪を付けておいてくれないかな?」
「別にいいけど」
珊瑚で飾られた、綺麗な簪だ。
少しでも着飾っておいた方がいいのだろうか。そう思いながら、その簪を受け取ろうとする。
「もし誰かに襲われたら、この簪を相手に突き刺して。これには俺の妖力が込められていて、刺すと相手にダメージを与えることができるから」
「はっ!?」
受け取ろうとした手が、ピタリと止まる。
まさかそんな物騒な理由で渡したとは思いもしなかった。
「ちょっと待って。襲われるって、本家ってそんなに危ないの?」
「えっと………さすがに、簡単に命を取られたりはしないと思う。多分。けど、念の為用心はしといた方がいいから」
「念の為、武器を持っておいた方がいいような場所なのね」
「えーと……まあ、そうなるかな」
とても、親戚の集まりの話をしてるとは思えない。
月城家の親戚の集まりも酷いと思っていたが、玉藻家の方がもっと酷いかもしれない。
「前にも言ったけど、アヤカシの世界、特に玉藻家は、未だに力が全てで勝ったものが正しいみたいな考えが残っているからね。それに、その……紬の場合、霊力をいただこうって奴がいるかもしれないから」
「あっ……」
詩は言いにくそうにしていたが、だいたい理解はできた。
この屋敷のアヤカシたちと一緒にいると忘れそうになるが、高い霊力を持つこの身は、アヤカシたちにとって格好の餌だ。
玉藻家の歴代当主が月城の娘を欲しがったのも、ほとんどが霊力目当てだ。
そんな奴らの総本山に、これから行くことになるのだ。
「俺が正式な当主だったら、権力を使って押さえつけることもできたんだけどな。それか、やっぱり断る口実でもあればいいんだけど」
本当に、紬を連れていきたくはないようだ。
だが、例え今回は断れたとしても、いつまでも断り続けるのは無理があるだろう。
「どうせ、いつかは行かなきゃいけないんじゃないの。それに、私は元々生贄になるつもりで嫁入りしたんだし、少しくらい危ない目にあっても平気よ」
胸を張って言うが、最後のは完全か強がりだ。危ない目にあうなど、もちろん嫌だ。
それでも、逃げられないのなら腹を括るしかない。
「俺は、紬が危ない目にあったら平気じゃないんだけどな」
詩は苦笑いするが、それでも、やるべきことはわかっているようだ。
「もしも何かあったら、俺が絶対に守るから」
そう言って、紬の肩をそっと抱き寄せる。いつもなら素っ気なく振り払うところだが、今は黙ってそれを受け入れた。
本当に、心配しているのだとわかったから。
こんな風に誰かから心配されるなんて、いつ以来だろう。
そう思ったとたん、なんとも言えない不思議な温かさが込み上げてくる気がした。
