生贄花嫁はアヤカシ狐からの溺愛を受け入れられない

 紬が詩と結婚し、一ヶ月がすぎた。
 結婚と言っても名ばかりのものだが、一応は名家の跡取りの妻。
 しかし彼女の生活は、とても思えないものだった。

「これでこの部屋の掃除は終わり。忍さん、あとやってない所ってあったっけ?」
「いえいえ、あとはゆっくり休んでください。朝からずっと働きっぱなしじゃないですか」

 忍の言う通り、紬は朝からずっと料理や掃除といった家事全般をやっていた。最近は、ほとんど毎日こんな調子だ。
 とはいえ、うまくやれているかというと自信が無い。

「ごめんなさい。私、手際悪いでしょう」

 今まで家事などろくにやったことのない身。忍たちと比べると、どうしても見劣りしてしまう。

「そんなの気にしなくていいんですよ。私だって働いてすぐは失敗ばかりでしたし、だいいち、こんなの本当は奥様にやらせることじゃないんですよ」
「だから悪いと思ってるのよ。あなたたちの仕事に、横から割って入ったようなものでしょ」

 何もしないのは申し訳ない。そう思って始めた家事だが、自分がしゃしゃり出るのはそれはそれで迷惑ではないかとも思ってしまう。
 だが、それを聞いた忍は、口も目もないつるんとした顔で、ハハハと笑った。

「そんなの気にしなくていいんですって。使用人なんてこき使って当然って感じてふんぞり返られるより、ずっといいですよ」
「そんなことするわけないじゃないでしょ!」

 いくらなんでも、そんな失礼なことできるわけがない。
 月城の家の人間は使用人に対してはそんな感じだったが、それを間近で見てきたからこそ、そうはなるまいと思う。

「そもそも奥方と言っても、詩とは本当の夫婦とって言えるようなもんじゃないんだから」
「あらら。未だに詩様には惚れませんか。まあ、その辺は気長に考えてくださいな」
「それは、その……」

 詩との仲については反応に困るが、幸い忍はそれ以上何も言ってこなかった。

 そんな中、屋敷の玄関の方から、突然大きな声が聞こえてくる。

「詩様はいますかーっ! 至急伝えたいことがありまーす!」

 声の主は喜八だ。昨日から詩に用事を言い渡され出かけていたのだが、帰ってきたようだ。

「なに言ってんだい。詩様なら今は仕事に行ってるに決まってるじゃないか」
「いけね。そうだった」

 玄関に向かった忍が呆れて言うと、喜八はしまったという顔をし、もう一度出て行こうとする。
 しかし彼の様子を見て、忍は何事かと興味を持ったようだ

「ちょっと待ちなよ。そんなに急いで何があったんだい」
「急いでるってわかってるなら行かせてくれよ。いや、でも待てよ。紬様になら、先に話しておいてもいいか?」
「えっ。私?」

 紬はそこまで興味は無かったが、自分の名前が出てくると、さすがに気にはなる。

「私に関係あることなの?」
「大ありですよ。なにしろ、紬様を玉藻の本家に連れて来いって言われたんですからね」
「玉藻の本家?」

 本家というのは、今までにも何度か聞いたことがある。
 詩は、玉藻家の次期当主。つまり、現在当主を務めている者は別にいる。
 その現当主が住んでいて、一族の中心となる場所が、本家だそうだ。

「ええ。あっしが昨日から使いに行ってたのが、その本家なんですよ。と言っても、それ自体は大した用事じゃありやせん。けどその時、ご当主様に言われたんですよ。結婚して一ヶ月も経つのに、未だに嫁の顔も見せに来ないとは何事だ。もうすぐ一族を集めた宴会を開くから、嫁と一緒に必ず参加しろってね」
「えぇ……」

 なんとも大変そうな話だが、当主とやらの言い分も理解できる。
 人間だって結婚すれば、普通は相手の親や親戚に挨拶はするだろう。

「じゃあ、私もその本家に行かないといけないのね」
「そうですね。詩様がうまいこと言って断ってくれるならともかく、こいつは難しいかもしれません。というわけで、今からこれを詩様に伝えに行ってきます」

 喜八はそこまで話すと、再び屋敷を出ていった。

 いつもならもっと遅い時間に帰ってくるはずの詩が喜八と一緒に帰ってきたのは、それからしばらくしてからのことだった。

 普段なら、帰ってくると真っ先に紬の所へやって来て笑顔でただいまと言うのだが、この日の彼は珍しく表情が硬かった。