生贄花嫁はアヤカシ狐からの溺愛を受け入れられない

「これなんか可愛いですし、こっちも素敵じゃありませんか? 奥方様、何か気に入ったものはありますか?」

 襖で仕切られた畳部屋に通され、持ってきた洋服を次々に見せられる。
 だが紬には、服の感想よりも先に言わなければならないことがあった。

「あの、さっきはごめんなさい。気を使わせてしまって」

 芝右衛門が急にここまで連れてきたのは、悪くなった空気を何とかするためというのは、紬にもわかった。

「いいんですよ。お客さんには、楽しく買い物してほしいですからね。それより、どれか着てみます? 気分も変わるかもしれませんよ」
「え、ええ……」

 さすがに、ここまでしてもらって断わろうとは思わない。近くに置いてあるものを適当に手に取り、順番に着てみる。

 清楚な雰囲気のワンピースに、デニムのパンツ。フリルのついた可愛らしいトップス。
 アヤカシの世界にこれだけたくさんの洋服があるというのは、なんだか不思議な感じがする。

「どうです? 色々着てみると、それだけで楽しくなりません?」
「そうね」

 思えば、こんな風に色んな服を着回してみたことなどなかった。
 特に、今着ている白のシャツと黒いロングのチプリーツスカートという組み合わせは、なんとなく気に入った。

「じゃあ、次はお化粧しましょうかね」
「えっ? そこまでしなくてもいいわよ」

 とっさに断ろうとしたが、芝右衛門は聞いているのかいないのか、お構い無しに化粧を始める。
 その化粧道具というのも、人間の世界から持ってきたのだろう。どこかで見たことのあるようなメーカーのロゴが書かれていた。
 それを使って、頬だの眉だの唇だのに、色々なものを塗られる。

 こんなもの、紬にとっては未知の世界だ。

「さあ、できあがりましたよ。いかがですか?」
「う……うん」

 まるで言葉にならない声で返事をする紬。だが、決して気に入らなかったわけではない。

(メイクって、こんなに変わるんだ)

 いつも見ている自分の顔だというのに、とても華やかに思える。
 今までファッションやオシャレには無関心だったが、同年代の女の子がなぜあんなに夢中になるのか、少しわかったような気がした。

「若様に見せたら、きっと喜びますよ」
「そ、それは……どうかしら?」

 芝右衛門の言う通り、詩ならきっと、可愛いや似合っていると言って喜んでくれるだろう。 
 そんな姿は、簡単に想像がつく。
 ただ……

(どこまで真剣に受けとっていいのか、わからないのよね)

 こんなことを考えるのは、すごく失礼なことかもしれない。
 だが、詩の言う好きや可愛いがどこまで本気なのか、未だにわからない。
 会ったばかりの自分を好きになる理由など、普通はありえない。それに、自分が誰かから好かれるというのが、まるで想像できないのだ。

 こんなことを考えてると知ったら、それこそ嫌いになるのではないか。
 そう思っていると、芝右衛門が言う。

「若様なら、きっと喜んでくれますよ。だってあの人、あなたが来るのをとても楽しみにしてたんですよ。綺麗に着飾ったのを見たら、嬉しくないはずがありません」
「えっ?」

 声をあげて彼女を見ると、フフフと楽しそうに笑っていた。

「実は、あなたを迎えるにあたって若様が用意したもののいくつかは、アタシが調達してきたんですよ。大変でしたけど、おかげでたんまり儲けさせてもらいました」
「あれ、あなたが?」

 自分の部屋に用意されていた、テレビやマンガといった、アヤカシの世界では手に入らないであろう品々を思い出す。
 あの量を調達するのは、相当大変だっただろう。

「若様ってば、あなたが快適に暮らせるよう、人間の世界のものをたくさん用意しておこうと言って、たくさん考えてらしたんですよ」
「そうね……」

 実際に調達した芝右衛門はもちろん、何が必要かあれこれ考えるというのも、決して簡単ではないだろう。そのくらい、紬にも想像がついた。

「今日だって、若様は相当お疲れなのに、こうして一緒に出かけているじゃないですか。愛されてますね」
「疲れてるって、仕事のせいですか?」

 昨日までの詩は、毎朝早くから出かけ、帰ってくるのは紬が寝た後。
 仕事というのが警察みたいなものというのはさっき聞いたが、この数日何があったかは知らないままだった。

「最近この辺で、大棚の店の荷物を襲う野党が出ましてね。その捕物と後始末をやっていたんですよ。私たちは大いに感謝してますけど、そのせいで、この数日ほとんど寝てないんじゃないですか?」

 そう言われて、今朝起こしに行った時のことを思い出す。
 酷く寝ぼけていて大変だったが、それも、疲れていたせいなのかもしれない。

「さあ、そろそろ若様にも見せに行きましょうか」
「ええ……」

 促され、詩を待たせた場所まで戻る。
 詩の姿が見えたところで、向こうもこちらに気づき、声をあげた。

「可愛い! すごく似合ってるよ!」

 予想通り、大騒ぎして褒めちぎる。
 とても、数日間寝てなくて疲れているとは思えない。
 ただ、よく見ると目の周りには僅かにクマができていた。 

(疲れているなら、私のなんかほっといて休めばいいのに)

 そう言おうとしたが、笑顔で褒める詩を見ると、何も言えなかった。

「とりあえず、この服は買うの決定で、他にも気に入ったのがあったら持ってきて」
「そんなにいらないわよ」
「これは、俺のわがままみたいなものだから。好きな人の可愛い姿は、たくさん見たいからね」
「す、好きにして!」

 詩の言う好きという言葉に戸惑うのは、これで何度目だろう。
 彼の好意が、どこまで本気なのかはわからない。
 だが、すごく良くしてもらっているというのは事実だ。

 この買い物だけではない。ゴロツキから助けてくれたこと。日々不自由ない暮らしをさせてくれていること。賭けという名の、紬にとってあまりに都合のいい約束をしたこと。
 たくさんのことをしてもらっているのだ。

 彼を好きになるかというと、まだそういう気持ちには程遠い。だが、感謝はしている。本当に、感謝はしているのだ。
 それに、少しだけ申し訳なさを感じてもいた。

(出会ってからずっと、私だけがもらいっぱなしじゃない。何か、返せることってあるのかな?)

 詩と出会ってから今までのことを思い出し、そんなことを考えていた。