生贄花嫁はアヤカシ狐からの溺愛を受け入れられない

 嫁入りして三日目。
 その間、紬は家の外には一切出なかったため、これが三日ぶりの外出になる。
 そして、アヤカシの街を見るのはこれが二度目。
 とはいえ一度目は、籠の中から覗いたり詩たちから逃げるのに必死だったりと、とても周りを気にする余裕などなかった。

「すごい人の数。いえ、アヤカシの数ね」

 瓦屋根の和風な建物が並ぶ街並み。そこを行き交うのは、多種多様なアヤカシたちだ。
 腕が三つも四つもあったり、顔が動物のそれだったり、たまに人間かと見間違う者がいても、よく見るとどこか違っていた。

 そんな光景を見ていると、急に目の前に団子が突き出される。

「注文していた団子、出てきたよ。食べる?」
「食べる」

 ここは、詩に案内されてやってきた甘味処。
 店先にある長椅子に二人で腰掛けながら、団子を頬張る。
 団子には大つぶの餡子がこれでもかというくらいかかっていて、口の中に甘さが広がっていく。

「美味しい」
「まずは腹ごなしって思ったんだけど、気に入った?」
「まあね。こっちの世界のお菓子って、こんなに美味しいの? それに、団子以外にも色々あるのね」

 改めて御品書きを見ると、羊羹やお汁粉など、様々な菓子の名前が並んでいた。

「ここの職人さん、腕がいいからね。特に餡子は評判だよ。他のも食べたいなら追加で注文するけど、どうする?」
「今はこれだけでいいわ」
「そう? じゃあ、他のやつはまた今度食べに来ようか」

 詩の口ぶりだと、またここに来るのは決定事項のようだ。
 それから紬は、店の奥にいる、いかにも職人風の男に目を向けた。

「腕のいい職人さんって、もしかしてあの人?」

 小柄な体と大きな目が特徴的だが、この街では珍しく、見た目は普通の人間に近かった。
 とはいえ、やはり彼もアヤカシなのだろう。

「そうだよ。あの人は、小豆洗い」
「小豆洗いって、『小豆とごうか人とって食おうか』って歌う、あの小豆洗い?」
「そうだよ。洗ったり研いだりするだけじゃなく、小豆の扱いに長けた一族なんだ。ああ、歌とは違って人は食べないから安心して」
「そう。よかった」

 今の紬は狐のアヤカシに化けてはいるが、それでも人を食うなどと言われたら、つい反応してしまう。

「もしかして、怖くなった? それなら、これから歩く時は、俺と手を繋いでおく?」
「平気よ。と言うか、あなたそんな危険なところに私を連れてきたの?」
「まさか。紬と手を繋ぐ口実ができたら、なんでもいいんだよ」

 正直に言いすぎである。
 当然、紬が手繋ぎに応じることはなかった。

「まあ、中には柄の悪いのもいるけど、むやみに誰かを傷つけるようなことをしたら捕まるからね。その辺は、人間の世界と似たようなもの」
「ここにも警察みたいなのがあるってこと?」
「そうだよ。って言うか、俺の仕事がそうだから」
「えっ!?」

 急に言われた意外な言葉に驚く。
 思えば、詩は仕事で忙しいというのは聞いていたが、その内容はまるで知らない。
 それに、詩が警察とは、イメージがまるで結びつかなかった。

「玉藻の家は、昔からアヤカシの秩序を守る武門の家柄でね。代々、警察みたいに悪事を働くアヤカシの取り締まりをやってるんだ。この前紬を襲おうとした奴らが、玉藻と聞いて震え上がったのもそのため。月城の先祖に、人間の世界で悪さするアヤカシを何とかするって契約を結んだのも、そのついでみたいなものなんだ」
「人間の世界って、ついでで守られるようなものなの?」

 人間の立場からすると、大いに問題がありそうな言葉だ。

「その辺は先祖に言って。とにかく、俺はそんな玉藻の次期当主だから、当然そういう仕事についているよ。人間の世界で言えば、警察署の署長みたいなものかな」
「署長って、あなたいくつよ!」

 アヤカシの歳は見た目ではわからず、中には幼い姿のまま数百年生きる者もいるという。
 しかし、詩が自分とそこまで歳が離れているようには思えなかった。

「二十歳だよ」
「私と二つしか違わないじゃない!」

 結婚三日目にして初めて知った、夫の年齢。本当に、自分とそう変わらなかった。

「その歳で警察署の署長みたいなものって、大丈夫なの?」
「アヤカシの世界。中でも玉藻の家は実力主義だから。一族の中でも力のある俺がやるのは、当たり前のことだよ」
「力こそ正義みたいな理屈ね」

 半分わかって、もう半分は納得できないような、妙な感覚。これも、人とアヤカシと人間の違というものなのかもしれない。

「若くて地位があってハイスペックって、少女マンガのヒーローにありがちな設定じゃない?」
「少女マンガのヒーローは、自分からそんなこと言わないから」

 力はあるかもしれないが、すぐにこんなふざけたことを言う。
 本当に、彼にそんな仕事を任せて大丈夫なのだろうかと、アヤカシ世界の治安について不安になる紬だった。