生贄花嫁はアヤカシ狐からの溺愛を受け入れられない

「いつからそこにいたのよ?」
「紬が、俺が構ってくれなくて寂しいって言ってた時から」
「言ってないわよ!」

 怒鳴る紬だが、詩に気にする様子はなく、上機嫌に笑っていた。

「寂しくさせてごめんね。けど、今日こそは仕事ないから。一日中一緒にいられるよ」
「話聞いてた?」
「まあまあ。それより、これから何しようか。前言ったみたいに、一緒にゲームとか?」
「ゲームは、最近毎日やってたからいい」
「そう? じゃあ、他に何かやりたいことってある?」
「えぇ……」

 いきなりそんなことを言われても、すぐには思い浮かばない。
 それにこの質問、紬には答えるのが難しいものだった。

「私、ずーっと一人でいたから、誰かと一緒にやりたいことなんて、思いつかないわよ」

 今まで友人どころか家族と呼べるものすら身近にいなかった紬にとって、誰かと一緒に何かするなど、考えたこともなかったのだ。
 すると、忍や喜八が気の毒そうな目を向けてくる。

「紬様、今まで寂しい思いをしてきたのですね」
「詩様。今日は思いっきり楽しませてやるんですよ」

 こんな反応をされると、色々複雑だ。
 だいいち楽しむと言っても、やりたいことは何も思いつかないままなのだ。

「だったら、街に行ってみる?」
「街?」
「そう。紬もここで暮らすなら、近くに何があるか知っておいて損は無いんじゃない?」
「でも街って、アヤカシがたくさんいるわよね」

 以前、街のゴロツキたちに襲われたことを思い出す。
 自分の持っている霊力があんな風にアヤカシの心を狂わせることは、嫌というほど知っていた。
 だが、そこであることに気づく。

「そういえば、この屋敷のアヤカシたちは、私の霊力でおかしくなることってないわよね?」

 霊力にあてられ心を狂わせるのは、主に力の弱いアヤカシたちだ。
 この屋敷にはゴロツキたちより弱そうなアヤカシもずいぶんいるが、それらが紬を襲ってきたことは一度もなかった。

「ああ、それはね……」

 詩はそう言うと、紬の頭をポンポンと軽く叩く。

「こうして紬に触れる度に、俺の妖力を纏わせているんだよ。そうすれば、紬の霊力に俺の妖力が混ざって、アヤカシへの影響を抑えられる」
「これって、そういう意味があったの? マンガのマネしてただけじゃなくて?」
「もちろん、それもあるよ。どうせやるなら、紬を少しでもキュンとさせたいからね」
「……しないから」

 真面目な話をしようとしても、そんな雰囲気になるのは無理なようだ。
 とにかく、紬の霊力でアヤカシたちを暴走させる心配がないというのはわかった。とはいえ、まだ街に行くのには不安がある。

「霊力のことはわかったけど、それでも、私が人間ってバレたらまずいんじゃないの? こっちの世界には、人間なんてほとんどいないでしょ。目立たない?」
「それなら大丈夫。まあ、見てて」

 詩は尻尾をスルリと伸ばし、紬の体を囲むように輪を作る。
 そして、輪になった尻尾が一瞬強く光ったかと思うと、紬の体が変化した。

 頭にちょこんとした獣の耳が出現し、後ろには太く大きな尻尾が生える。
 その姿は、まるで狐のアヤカシそのものだ。

「なにこれ!?」
「狐が色んなものに化けるって話、聞いたことない? 力の強い狐は、自分だけでなく、他の誰かも思い通りに化けさせることができるんだよ。これで紬も、どこからどう見てもアヤカシだ」

 詩の言う通り、今の紬を見て、人間だと思う者はいないだろう。
 これなら、街に出ても悪目立ちすることは無さそうだ。

「俺と一緒に、遊びに行ってくれる?」
「まあ、これなら行っても大丈夫そうね」

 別に紬は、特別街に行ってみたいというわけではない。
 だがわざわざここまでしてくれるのだから、それを無下にしようとは思わなかった。

「そうだ、紬」
「なに?」
「その格好、ケモ耳キャラのコスプレやってるみたいで可愛いよ」
「──っ! バカ!」

 いったいどこまで本気で言っているのか。
 顔を赤くして怒鳴ると、詩は「褒めたのに」と言って寂しそうにし、忍と喜八から慰められていた。