生贄花嫁はアヤカシ狐からの溺愛を受け入れられない

 アヤカシの花嫁とは、生贄と同意。
 霊力を持つ人間はアヤカシにとって格好の餌であり、そこに愛など存在しない。

 ずっとそう聞かされてきた。アヤカシの花嫁とは、そういうものだと信じていた。
 なのに……

(どうして私は、そんなアヤカシと一緒に、嫁入り先でマンガを読んだりゲームをしたりしているんだろう?)

 そんなことを思いながら振り返る。こんなことになった、その経緯を。



     ◆◇◆◇◆◇◆◇



 放課後の高校の職員室。月城《つきしろ》紬《つむぎ》の前に座る担任教師は、フーッと大きく息をつく。

「急に退学を申し出るとは。大変かもしれないが、元気でやっていくんだぞ」

 口では一応気遣うようなことを言っているが、その表情は、とこかホッとしているようだった。
 きっと、厄介者がいなくなってよかったと思っているのだろう。
 紬が学校を辞める理由にも、大して興味はないようだ。

(結婚するから辞める。なんて言ったら、どんな顔するかしらね)

 紬は心の中で呟くと、今更ながら自分の置かれた状況に呆れる。
 先日十八の誕生日を迎え結婚できる年齢になったとはいえ、世間的にはまだまだ早すぎると言っていい。
 しかも、それを理由に学校を辞めるというのだから無茶苦茶だ。
 この学校にはなんの未練もないというのが、せめてもの救いだろうか。

 身のない話にもいい加減飽きてきた頃、職員室の戸が開き一人の女子生徒が入ってきた。

「紬さん、話はもう終わったかしら?」

 彼女の問いかけに、黙って頷く。
 茶色く染めた髪と派手めの化粧という彼女の姿は、学校という場には似つかわしくない。

 対する紬は、艶のある長い黒髪に、化粧っ気はないが整った顔立ち。
 本来なら十分に美人と言っていいのだが、ムスッとした表情が、まるで美人と言われるのを全力で拒んでいるようだった。

 全く似ても似つかないが、実はこの二人が従姉妹だというのは、この学校の人間ならほとんどの者が知っている。

「先生。紬さんを連れて帰るけど、いいわよね」
「ええ。もちろんです」

 彼女、月城寧々《つきしろねね》がひと声かけると、担任教師はへりくだるように一礼する。
 教師と生徒という立場を考えると異様だが、寧々がこんな扱いを受けるのは、この学校では当たり前のこと。
 彼女の父親が学校に多額の寄付をしているという理由で、この学校の教師は、誰も彼女に逆らえないのだ。

「そういえば紬さん。お友達にお別れの挨拶はしなくてよかったの? もう二度と会えないかもしれないのよ」

 校門を出たところで、寧々がそう聞いてくる。それから、意地悪そうに顔を歪めた。

「それとも、お別れを言うような相手なんていないのかしら?」

 ここで紬が何と答えても、きっと寧々は笑い飛ばしてくるだろう。
 いつもなら、紬は黙ったまま、寧々が飽きるのを待つだけだ。
 しかし今日の彼女は普段とは違い、気が立っていた。何か、少しでも反撃したいと思った。

「そうね。私に寄ってくるとしたら、人以外のものだから。ほら、今だってそこに……」

 そう言って、いかにも良くないものがいるかのように、寧々の後ろを指差す。
 こんなことを言っても、普通は怖がったりなどしないだろう。
 しかし寧々はすぐさま振り返り、怯えたように顔を引き攣らせる。

「心配しなくても、悪いものじゃないわ。そんなのがほいほいその辺にいるわけないじゃない」

 ようやくからかわれたと知り、悔しそうに顔を歪める寧々。
 いつも嫌味たらしいことを言ってくる彼女に、一矢報いることができた。そう思った紬だが、それも長くは続かない。

「相変わらず気味が悪いわね。そんなだから、親にも捨てられるのよ。まあ、だからこそ、アヤカシの花嫁にはぴったりなんだけど」
「────っ!」

 今度は、紬が顔を引き攣らせる番だった。
 ズキリと胸が痛み、言いようのない苦しさが込み上げてくる。

 珍しく反撃してみたものの、結局傷を負うのは自分だった。
 そんな紬を見て、寧々は愉快そうに笑った。

「さあ、早く帰りましょう。お父様達が待ってるわ」

 寧々が勝ち誇るように言ったところで、彼女の前に一台の車が止まる。
 黒塗りの高級車。その中に、寧々は当たり前のように入っていく。

「乗りなさい。今日は特別に、私と一緒に帰るのを許してあげる」

 誰があなたなんかと!
 そう叫びたくなるのを堪え、紬も車に乗り込む。

 走り出した車の中で窓の外を見上げると、遠くの空を、羽の生えたドクロが飛んでいるのが見えた。
 こんなものを目にすれば、普通は驚きの声を上げるだろう。だが、寧々や運転手がそれに気づく様子はない。
 それもそのはず。紬の見たドクロというのは、所謂妖怪、もしくはアヤカシと呼ばれる存在なのだが、その姿は普通の人間には見えないのだ。

 そして紬にとっても、いちいち騒ぐようなことではなかった。

 あんなものは、子供の頃から何度も見てきたのだから。
 そして間もなく、自分はそんなアヤカシのところに、花嫁として嫁ぐことになるのだから。