キーンコーンカーンコーン。
音感のない人たちにはそう聞こえるらしい音階のチャイムを聞いて、意気揚々と文法を解説しようとしていた先生は動きを止めた。「じゃあ次の時間は、つづきからやりますねー」とだけ言う。起立、とかけ声があって立ち上がった。
「ありがとうございました」
「はーい」
英コミュの先生が廊下に消えていくのと代わって、担任が入ってくる。教科書を机に突っ込んだ。もう廊下に出る余裕はない。
さっさと形だけのホームルームが終わり、担任に目を付けられたせいで一人だけ離れた席になった戸佐が解散するなりこっちに来る。
「今日マック行かね?」
俺も勉強しないといけないんだよなぁ、と顔をしかめる。戸佐も戸佐で、化学基礎で過去最低点、学年最低となる三点をたたき出した。堺は論理国語ゼロ点だしな。言うておれよりヤバイと思う。
「キャッカ」堺が胸の前でバッテンをつくる。「行くならカフェがいい」
「おまえまたエスプレッソ頼んで俺に押しつけてくんだろ……」
「ワ、バレテタ」
「おい」
おれは会話には乗らず、荷物をまとめて、……ヨシ。
立ちあがると、以前はいくら断っても「おまえも行こうぜ」と誘ってきた戸佐も、堺も、あーね、とでも言いたげな顔で頷いた。
どことなくうんざりした表情の内訳は、慣れ、呆れ、微笑ましさ、だ。
「ご執心ダネ」
堺の言葉に、ちげえ、と反論する前に戸佐が「黙れウチュウジン」と頭を叩く。
「コンクール当日楽しみにしてっからな」
ん、と頷いた。
「がんばる」
「おう」
戸佐はお調子者だしチャラいしイケメンなのに残念なところが目立つけれど、場を取り持つことができるいい奴だ。おれも同じタイプだからこそ、おれたちは良い友だちになれた……と思う。
堺はあんまり気を遣うタイプじゃないけど。
「ま、とりあえずは伴奏者選考しなきゃいけないけどね。突破できっかなー」
「いけるいける、オノレンなら。そもそも『あらいぶ』に認められてんだろ、おまえ?」
「いや……そこ基準にすんなよ」
「なんで怒ってんの」
「怒って、はない……けどさあ」
「迷ったな」
「迷ったネ」
「あー、うるせー」
一颯もそうだし、戸佐もそうだけど、こいつらがなんで正直そんなに目立つタイプじゃないおれと友だちになってるのかは分かってない。イケメンに気に入られる星とか持ってんのかな。
一颯とつるむようになってからは段々と、『王子サマの友だち』とか『SPの親友』とか言われるようになったけど。ちなみにこの『SP』は戸佐の異名である。
世の中には戸佐くんに守られたい勢が一定数いるんだ。
「とりあえず、応援してっから。頑張れよ」
「おうよ」
じゃあね、と手を振った。ひらひら。二人の手もひらひらと振られる。にや、と笑った。
「来年一緒に卒業できるように頑張れよ、戸佐~」
「は? なんでおれにだけ」
「だっておまえが一番ヤバイじゃん」
「は? いや、おい、レンコン野郎!」
戸佐の手が飛んでくる前に廊下に出た。ひらひら。手を振る。
「喧嘩のバーゲンセールだ!」
堺の言葉に戸佐が耐えきれず吹き出していた。
おれも笑いたかったけど、廊下でツボるのは不審者すぎてむりだった。耐えた。急ぎ足で音楽室まで行き、荷物を置いてもう一度二学年の階に戻る。四組の入り口からひょいっと中をのぞく。
人が多く残っていて、なおかつ席替えをしたらしい、いつもの席に一颯がいない。
どうしようかな。待ってるか?
うーん、と唸っていると、後ろから、
「あれ、もしかしてSPのお友だちじゃない?」
「あー、いつも隣にいる子だ」
と、きゃぴきゃぴした女の子の声が聞こえた。
……うわー、そうか、戸佐派の人でしたか……。きゅっと目をつぶった。
まあ、ちょうどいい。同じクラスの人だと思うし、と振り返ろうとすると、中から、
「あれ、イブキくんのお友だち~!」
あ、これは、いつもの……。
「麗奈ちゃん!」
思ったよりも大きい声が出て、ばっと視線が向けられた。うわ。ヤッベ。
真ん中のほうの席で人に埋もれていた麗奈ちゃんが、やっほー、と明るく両手を振ってくれた。女子からも男子からも突き刺さる、なにあいつ、みたいな視線。
あっはは。失敗したなあ。
会釈して中に入る。近づいて行くと、「またイブキくん?」ときれいな大きい目に見つめられた。
――また、ねぇ……。
「今日約束してんのよ。……けど、いないよね?」
「分かんないけど、トイレとかじゃないの?」
「休みじゃないんだ」
「ではない。断言」
麗奈ちゃんが、空気を切るように、右手を水平にして手を払う。「待ってたら? 今日もれんしゅー、するんでしょ?」と言われて、ううん、とあいまいに頷いた。
「正味、選考突破できる気がしてないんだよね、今」
苦笑いする。
一颯とは、あのあと、二人とも違うクラスだしちょうどいい、伴奏者になって最優秀伴奏者賞を狙う勝負にしようという話になった。アイツはおれに正式なコンクールに出て欲しかったらしいけど、ふつうに無理だ。
何年弾いてないと思ってんだよ、と反論したら、すごくすごく不愉快そうな顔で「それは……そうだな……」と渋々納得していた。
麗奈ちゃんは、きょとん、と目を丸くして首を傾げた。
「でもイブキくんが認めたんだから大丈夫っしょ?」
うっそだろ。
「……みんな本当にそれ言うよね……」
遠い目をするおれに、なにそれ、と華やぐように笑われた。
「そいつ誰?」
「麗奈の友だち?」
「あ、これはね、小野蓮くん」
見るからにチャらいちょっと治安悪めの男子におれが紹介されていく。その目の鋭さよ。別に麗奈ちゃんのこと狙ってないから、おれ……。
「イブキくんのお友だち」
「え、王子サマの?」
「なんでなんで?」
激レアじゃん、と急に目の色を変えた男子たちに囲まれた。ワァ……。戸佐とはまた違ったチャラさだ。
きゅっと目をつぶってストレスを逃そうとしていると、後ろから急に肩を引かれた。
「うおっ」
「――なにしてんだ」
一颯の声が聞こえるが先か、よろめいたところを腕で支えられた。そのままぎっちり抱え込まれる。案外たくましい腕が腹のあたりをきゅっとするので、男子たち、それからちょっと遠巻きに見ていた女子も目を丸くして驚いている。
麗奈ちゃんが、「あはは、仲良し~」と笑った。
それから周りを一瞥して、なるほどおれになにかしたやつがいたわけじゃねえんだな(これは完全におれの想像)と、警戒を解いた一颯が、おれの顔を至近距離で覗き込んで「大丈夫か」とか、……言うから!
――そのさ、イケメンムーブさあ……!!
「おいてめ、ツラ貸せやい……」
胸倉をつかむと、もうこの数週間でおれの扱いに慣れ始めた一颯が、ひょいっと両手を上げた。
あー、もう、その余裕っぽい感じもムカつくんだよなあ!
「……なんかしたかおれ」
「した。しました。もうおまえのせいで、おれがかっこわるく……てかどこ行ってたんだよ」
「先生に添削頼んでたから、それ提出しに」
「八つ当たりできない理由だしてくんなよ」
「いや、それは……なんで怒ってんだ?」
「おまえのせいだわ!」
胸倉をつかんでいた手を離すと、聞いてもないのに、「オレの席こっちなんだ」と窓際の後ろから二番目の席に連れて行かれた。そこにたしかに一颯のバッグが置かれている。
「せっかく蓮が迎えに来てくれたんだから、いればよかったな」
「おれお前のなかでそんな幼女みたいなイメージなの?」
「いや、男子高校生だけど……」
「『なに言ってんだおまえ、そういう願望でもあんのか』みたいな顔すんな」
「なんで分かったんだ」
「合ってんのかよ」
音楽室、先生から許可もらったから、と言うと、にこりと笑ってありがとうと言われた。うーん、すごい四方八方から突き刺さる驚愕の視線が痛い。麗奈ちゃんが「れんしゅーいくのね?」と聞いてきて、うん、と頷いたら、隣から一颯が「麗奈さん、あんまり蓮のこと奪わないでくれ」と言った。反射的に頭をはたいてしまった。何を言ってんのおまえは!
「奪われてねーわ!」
「奪ってないよう!」
二人の声が重なって、あ、と顔を見合わせた。麗奈ちゃんが、えへへ、と笑う。おれもつられて、「かぶったねぇ」と笑った。
「だから、そういうのやめてくれ」
一颯がたいへん不愉快そうにおれの肩をぐっと掴んだ。痛い痛い。
「オレだって、ようやく蓮のこと捕まえたばっかなんだ」
「おれの扱いがクジャクヤママユになってる」
「オレはエーミールじゃねえ」
「……そうか、そうか、つまり君は」
「エーミールじゃねえぞ」
どっとクラス中で笑いが起きて、はっとした。なにしてんだおれら。
赤面するおれを見た一颯が、「熱か?」とまた大真面目に言うから、あてつけに胸板を殴ってから音楽室に走った。胸板がちゃんと筋肉でかたかったのにはちょっとムカついた。
音感のない人たちにはそう聞こえるらしい音階のチャイムを聞いて、意気揚々と文法を解説しようとしていた先生は動きを止めた。「じゃあ次の時間は、つづきからやりますねー」とだけ言う。起立、とかけ声があって立ち上がった。
「ありがとうございました」
「はーい」
英コミュの先生が廊下に消えていくのと代わって、担任が入ってくる。教科書を机に突っ込んだ。もう廊下に出る余裕はない。
さっさと形だけのホームルームが終わり、担任に目を付けられたせいで一人だけ離れた席になった戸佐が解散するなりこっちに来る。
「今日マック行かね?」
俺も勉強しないといけないんだよなぁ、と顔をしかめる。戸佐も戸佐で、化学基礎で過去最低点、学年最低となる三点をたたき出した。堺は論理国語ゼロ点だしな。言うておれよりヤバイと思う。
「キャッカ」堺が胸の前でバッテンをつくる。「行くならカフェがいい」
「おまえまたエスプレッソ頼んで俺に押しつけてくんだろ……」
「ワ、バレテタ」
「おい」
おれは会話には乗らず、荷物をまとめて、……ヨシ。
立ちあがると、以前はいくら断っても「おまえも行こうぜ」と誘ってきた戸佐も、堺も、あーね、とでも言いたげな顔で頷いた。
どことなくうんざりした表情の内訳は、慣れ、呆れ、微笑ましさ、だ。
「ご執心ダネ」
堺の言葉に、ちげえ、と反論する前に戸佐が「黙れウチュウジン」と頭を叩く。
「コンクール当日楽しみにしてっからな」
ん、と頷いた。
「がんばる」
「おう」
戸佐はお調子者だしチャラいしイケメンなのに残念なところが目立つけれど、場を取り持つことができるいい奴だ。おれも同じタイプだからこそ、おれたちは良い友だちになれた……と思う。
堺はあんまり気を遣うタイプじゃないけど。
「ま、とりあえずは伴奏者選考しなきゃいけないけどね。突破できっかなー」
「いけるいける、オノレンなら。そもそも『あらいぶ』に認められてんだろ、おまえ?」
「いや……そこ基準にすんなよ」
「なんで怒ってんの」
「怒って、はない……けどさあ」
「迷ったな」
「迷ったネ」
「あー、うるせー」
一颯もそうだし、戸佐もそうだけど、こいつらがなんで正直そんなに目立つタイプじゃないおれと友だちになってるのかは分かってない。イケメンに気に入られる星とか持ってんのかな。
一颯とつるむようになってからは段々と、『王子サマの友だち』とか『SPの親友』とか言われるようになったけど。ちなみにこの『SP』は戸佐の異名である。
世の中には戸佐くんに守られたい勢が一定数いるんだ。
「とりあえず、応援してっから。頑張れよ」
「おうよ」
じゃあね、と手を振った。ひらひら。二人の手もひらひらと振られる。にや、と笑った。
「来年一緒に卒業できるように頑張れよ、戸佐~」
「は? なんでおれにだけ」
「だっておまえが一番ヤバイじゃん」
「は? いや、おい、レンコン野郎!」
戸佐の手が飛んでくる前に廊下に出た。ひらひら。手を振る。
「喧嘩のバーゲンセールだ!」
堺の言葉に戸佐が耐えきれず吹き出していた。
おれも笑いたかったけど、廊下でツボるのは不審者すぎてむりだった。耐えた。急ぎ足で音楽室まで行き、荷物を置いてもう一度二学年の階に戻る。四組の入り口からひょいっと中をのぞく。
人が多く残っていて、なおかつ席替えをしたらしい、いつもの席に一颯がいない。
どうしようかな。待ってるか?
うーん、と唸っていると、後ろから、
「あれ、もしかしてSPのお友だちじゃない?」
「あー、いつも隣にいる子だ」
と、きゃぴきゃぴした女の子の声が聞こえた。
……うわー、そうか、戸佐派の人でしたか……。きゅっと目をつぶった。
まあ、ちょうどいい。同じクラスの人だと思うし、と振り返ろうとすると、中から、
「あれ、イブキくんのお友だち~!」
あ、これは、いつもの……。
「麗奈ちゃん!」
思ったよりも大きい声が出て、ばっと視線が向けられた。うわ。ヤッベ。
真ん中のほうの席で人に埋もれていた麗奈ちゃんが、やっほー、と明るく両手を振ってくれた。女子からも男子からも突き刺さる、なにあいつ、みたいな視線。
あっはは。失敗したなあ。
会釈して中に入る。近づいて行くと、「またイブキくん?」ときれいな大きい目に見つめられた。
――また、ねぇ……。
「今日約束してんのよ。……けど、いないよね?」
「分かんないけど、トイレとかじゃないの?」
「休みじゃないんだ」
「ではない。断言」
麗奈ちゃんが、空気を切るように、右手を水平にして手を払う。「待ってたら? 今日もれんしゅー、するんでしょ?」と言われて、ううん、とあいまいに頷いた。
「正味、選考突破できる気がしてないんだよね、今」
苦笑いする。
一颯とは、あのあと、二人とも違うクラスだしちょうどいい、伴奏者になって最優秀伴奏者賞を狙う勝負にしようという話になった。アイツはおれに正式なコンクールに出て欲しかったらしいけど、ふつうに無理だ。
何年弾いてないと思ってんだよ、と反論したら、すごくすごく不愉快そうな顔で「それは……そうだな……」と渋々納得していた。
麗奈ちゃんは、きょとん、と目を丸くして首を傾げた。
「でもイブキくんが認めたんだから大丈夫っしょ?」
うっそだろ。
「……みんな本当にそれ言うよね……」
遠い目をするおれに、なにそれ、と華やぐように笑われた。
「そいつ誰?」
「麗奈の友だち?」
「あ、これはね、小野蓮くん」
見るからにチャらいちょっと治安悪めの男子におれが紹介されていく。その目の鋭さよ。別に麗奈ちゃんのこと狙ってないから、おれ……。
「イブキくんのお友だち」
「え、王子サマの?」
「なんでなんで?」
激レアじゃん、と急に目の色を変えた男子たちに囲まれた。ワァ……。戸佐とはまた違ったチャラさだ。
きゅっと目をつぶってストレスを逃そうとしていると、後ろから急に肩を引かれた。
「うおっ」
「――なにしてんだ」
一颯の声が聞こえるが先か、よろめいたところを腕で支えられた。そのままぎっちり抱え込まれる。案外たくましい腕が腹のあたりをきゅっとするので、男子たち、それからちょっと遠巻きに見ていた女子も目を丸くして驚いている。
麗奈ちゃんが、「あはは、仲良し~」と笑った。
それから周りを一瞥して、なるほどおれになにかしたやつがいたわけじゃねえんだな(これは完全におれの想像)と、警戒を解いた一颯が、おれの顔を至近距離で覗き込んで「大丈夫か」とか、……言うから!
――そのさ、イケメンムーブさあ……!!
「おいてめ、ツラ貸せやい……」
胸倉をつかむと、もうこの数週間でおれの扱いに慣れ始めた一颯が、ひょいっと両手を上げた。
あー、もう、その余裕っぽい感じもムカつくんだよなあ!
「……なんかしたかおれ」
「した。しました。もうおまえのせいで、おれがかっこわるく……てかどこ行ってたんだよ」
「先生に添削頼んでたから、それ提出しに」
「八つ当たりできない理由だしてくんなよ」
「いや、それは……なんで怒ってんだ?」
「おまえのせいだわ!」
胸倉をつかんでいた手を離すと、聞いてもないのに、「オレの席こっちなんだ」と窓際の後ろから二番目の席に連れて行かれた。そこにたしかに一颯のバッグが置かれている。
「せっかく蓮が迎えに来てくれたんだから、いればよかったな」
「おれお前のなかでそんな幼女みたいなイメージなの?」
「いや、男子高校生だけど……」
「『なに言ってんだおまえ、そういう願望でもあんのか』みたいな顔すんな」
「なんで分かったんだ」
「合ってんのかよ」
音楽室、先生から許可もらったから、と言うと、にこりと笑ってありがとうと言われた。うーん、すごい四方八方から突き刺さる驚愕の視線が痛い。麗奈ちゃんが「れんしゅーいくのね?」と聞いてきて、うん、と頷いたら、隣から一颯が「麗奈さん、あんまり蓮のこと奪わないでくれ」と言った。反射的に頭をはたいてしまった。何を言ってんのおまえは!
「奪われてねーわ!」
「奪ってないよう!」
二人の声が重なって、あ、と顔を見合わせた。麗奈ちゃんが、えへへ、と笑う。おれもつられて、「かぶったねぇ」と笑った。
「だから、そういうのやめてくれ」
一颯がたいへん不愉快そうにおれの肩をぐっと掴んだ。痛い痛い。
「オレだって、ようやく蓮のこと捕まえたばっかなんだ」
「おれの扱いがクジャクヤママユになってる」
「オレはエーミールじゃねえ」
「……そうか、そうか、つまり君は」
「エーミールじゃねえぞ」
どっとクラス中で笑いが起きて、はっとした。なにしてんだおれら。
赤面するおれを見た一颯が、「熱か?」とまた大真面目に言うから、あてつけに胸板を殴ってから音楽室に走った。胸板がちゃんと筋肉でかたかったのにはちょっとムカついた。

