アンコールはこのあとで


 放課後に迎えに行くという宣言通り、ホームルームが終わり次第四組を訪れると、一番後ろの席に座っていた一颯がおれを見つけて近寄ってきた。よ、と手をあげると小さく頷いてそばまで来る。気まずそうな表情はもうなく、いつも通りの真顔だ。ちょっとそれに安心した。
 真顔に安心するってのもなかなかなんだけどね。苦笑する。まあ、真顔は蘭一颯のノーマル装備だし。
「じゃ、行こっ」
「ん。どこに行くんだ?」
「えー、ファミレスじゃね。勉強するんだし」
 一颯は、毛虫を見たみたいな、不快と奇妙の間、みたいな顔をした。
「さ、思い立ったが吉日でしょ、早く行こ……え、処理落ち?」
 まなごガン開きのままで完全に固まっていた。
 思考と同時に行動も止まったらしい、動かなくなった一颯を引っ張って廊下に出る。でかい男二人で入り口をふさぐわけにはいかない。口に出ないくせに顔にも行動にもいろいろと出すぎだろ。
 廊下はなかなか混んでいて、バッグを胸の前に持って歩いた。
「勉強すんのか」ようやく処理を終えたらしい一颯もきゅっと目を細めて、バッグを抱えた。「すげえ混んでる」
 まあ、放課後なんてみんな部活に行くのと遊びに行くのとで混むよな、と思って、たしかに一颯はいつも教室で遅くまで残っていたような気がする。勉強してるって言ってたような。
 こんななか帰ったことがないのかもしれない。いやそんなことあるか?
 隣の男を見上げると、鬱陶しそうに目を細めたまま「結構見られるな」と低いテノールで言った。
 ケッコウミラレルナ?
 まわりを見ると、ああ、たしかに。女子生徒が目をきらきらさせておれたちを見ている。まあ正確には「おれたち」じゃなくておれを除いた一颯だろうけど! イケメンって憎いな!!
 有名人と歩くって結構つらいよ。苦笑いがこぼれる。
「ごめん、違う方から行けばよかったね」
「いや、別にいい」
 ぶっきらぼうな声に、ふふ、と小さく笑った。大丈夫、気にしないで、の言葉がそれになるんだもんなあ。言い方ね、ほんと。
 女子生徒がきゃあきゃあ騒ぎながらやけにゆっくり歩く後ろをついていって、階段を下り、昇降口で靴を履き替えた。そういえば、とバッグから財布を出して中を確認。
「何してんだ」
「あー、お金あるかなって。割り勘ね」
「ん」
 一颯は小さく頷いたあと、そういえば、と言った様子で口にした。
「おれファミレスとか行ったことねえかもしんねえ」
「……エ?」
 カルチャーショックで固まった。マジで? ファミレス行ったことない男子高校生って存在するんだ。考えれば考えるほど謎だ。誰かとつるんでいれば、なにかとタイミングがある気がするんだけどな。
 と思ったところで、たしかに。
「おまえ友だち少ないもんね」
 なにも考えずに口にして、一颯がきゅっと眉を寄せた。
「……おまえ人のこと馬鹿にしない方がいいと思う」
「アッ、ごめんなさいすみませんノンデリでしたねたいへん失礼しました!」
「勢いすげえな」
 一颯は、ようやく、ふ、と、おかしそうに笑った。
 一颯って、案外、笑うとかわいくなるんだな。真顔のときは冷ややかなくせに。
「……なんだ?」
「なんでもない!」
 おれはじっと見上げて、うん、やっぱり、おれたちは良い友だちになれるだろうなと思った。そもそも友だちだろうと言われそうだけど。第一印象は最悪だったので。絶対近づきたくないとか思っちゃったもんね。
 それに、戸佐と仲良くはしているけれど、陽キャという陽キャでもないおれが王子サマとつるんでいたらちょっと変かな、と思ってたりもしたし。今更だけど。
 駐輪場のほうに曲がって、おれの自転車を回収する。一颯は電車通学らしいけど、朝にレッスンをするからと時間短縮のためにそうしているだけで歩いてこられる距離に家があるらしい。駅から徒歩何分とか言ってた。箱入り息子ってやっぱり、違うよな。
 自転車のカゴにバッグを突っ込んで、がらがらと引きながら近くのファミレスに向かう。歩いて十分って結構立地いいと思う。偏差値がむちゃくちゃ高いわけでもない高校だし、学校があるのも、そんなに都会という都会でもないし。
「ファミレスって何があるんだ?」
「レストランだからね、普通に、食べ物? ハンバーグとかピザとか、海鮮丼とかもあるんじゃない」
「系統バラバラだな」
 釈然としないらしい、不思議そうに首を傾げている。本当に何も知らないんだな。と、ここまで来ると心配になってくる。そういうのにこだわってたりしたら、おれ、親御さんに怒られたりしないよね。『うちの息子に何を食べさせてるの!?』とか言われたら。アララキマユミはそんなイメージないけど、箱入り息子ってなにが出てくるか分からなくて怖いな。闇鍋じゃねえか。あ、闇鍋いいじゃん。
「ねえ、次からあだ名闇鍋にしようか」
「なんでだ」
 光の速度で却下された。
 『あらいぶ』ってあだ名が気に入ってるのかな、と思って、尋ねたら、そういうわけじゃないらしい。あだ名には特にこだわってないと。じゃあ闇鍋でもいいじゃん、って言ったら、あだ名に食べ物はちげえだろ、と凄まれた。戸佐にも感じるけど、イケメンの凄味ってレベルが違う。怖い。本当に怖い。
 命の危機を感じたおれはすごすごと引き下がった。