アンコールはこのあとで

「なんか最近楽しそうだけどなにしてんの? もしかしてあらいぶ?」
「一緒にいるって話聞きますもんねえ」
「ブッフ!」
 男子高校生の夢と希望がつまった超絶美味のお弁当が机からずり落ちそうになって慌ててキャッチした。あぶねー。これ落としたら絶対にガチ泣きした。
 焦りとびっくりしたのとで、バクバクと大げさに鳴っている胸をきゅっと押さえる。
 おれの動揺を目の当たりにした戸佐と堺が、わざとらしくにやつきながら顔を見合わせている。その顔ヤメロ、と睨みつけるが、鼻で笑われた。
「……へえ?」
 戸佐がにたにたと口角を引き上げて楽しそうに笑う。
「なんだ、あらいぶと仲良くなってんじゃん」
「イケメンとイケメンの会合だね」
「おれ別にイケメンじゃないけど」
「……背中刺されればいいのに」
「ソレナ」
 堺がおれの弁当からきんぴらを一口とっていく。おれが結構好きなたたききゅうりの漬物が返ってくる。
 おれは、右、左、と視線を彷徨わせて、結露を吸って衣がすこしふやけた唐揚げをもそもそと口に入れた。
「……一言言ってよ、堺」
「ゴメンネ」
「いいよ」
 戸佐の手が伸びてきて、おれの頭頂を人差し指でツンツン突く。
 やめろよ、と振り払ったのに戸佐がめちゃくちゃ楽しそうに笑っているから「え、なに、頭大丈夫?」と聞いたら信じられないくらい怒られた。
 ぷんすこする戸佐を前にして堺が「いつもデショ」とのほほん、と言い放って、ギャンンッと吠えられている。犬かよ。
「まあ、いろいろあって、最近は楽しくしてるよ」
「ふーん、オトモダチ?」
 こういうところだけやけに鋭い戸佐が、真顔で訊ねる。
 おれは、ううん、と唸って、それはおまえには関係がないだろ、と思う自分と、ちゃんとおれのこと見ててくれてちょっと嬉しい、という自分との葛藤をおさえて顔を上げた。
 勝者、後者。
「――に、なりたいらしい」
「え、お前が?」
「ちげえわあっちがだわ」
「あ、そう」
 決しておれがあいつと仲良くなりたいとかじゃない。
 でも、……まあ、自分でも認めることができなかったあの苦い記憶を共有している人がいて、それも銀賞、争いになった張本人がなんにも気にしていなさそうだから、こっちも楽になってきたのは、確かだ。
 オトモダチ、と言えるのかもしれない、と思って、じわじわと指先が痺れて、首から顔にかけてが熱くなった。
「……え、もしかして、なに、そういう感じ?」
「エ、オノレン、初恋なの?」
「恋愛とかだって判断するには早計だ、堺。俺らから首突っ込んでいくなよ野暮だろ」
「え、急に火力強いなあ」
「……ゴメンネ」
「べつにいーよ」
 ポテトサラダを口に運んで、そういえば好きだって言ってたな、と思って。
 誰が? 一颯が。そうか、と自分が一番びっくりした。たしかいつか、マジで覚えていないけれど、好きなものを聞いたときにピアノの次にポテトサラダが好きだと言っていた。
 あいつにとってのピアノの次だから、相当好きなんじゃん、と思って笑った。
「なんか一人で笑ってる、どうした」
 戸佐がぱちぱち、きれいな二重の目をおれの前にずいっと出してくる。その顔をてのひらで覆って押し返していたら、堺がいつもと変わらない、レのシャープで「キモ!」と言った。
「おい堺、それは傷つく」
「ゴメンネ」
「……いいよ」
「今絶対に迷ったよね!?」
 戸佐が顔を覆われたままワアワア騒ぐので、「だからモテねえんだよ」と厳しく言ったらスン……と一瞬にして静かになるから、堺と馬鹿笑いした。
 が、今はおれが、堺と戸佐に馬鹿笑いされている。
 あーもーうるせー、とここ一分ずっと震えている二人の頭を、ぱこん、ぱこん、と叩いた。先週終わった後期中間考査の結果が帰ってきて、まあ、信じられないくらい数学Bの点数が悪かった。赤点も赤点。見事なまでの赤。
 もっと言えばぜんぜん、ギリギリ二桁にのったくらい。
 ちなみに前期中間でも同じような点数を取ったので、おれは講習を受けるか再試験を受けるかを選ばなくてはいけない。再試験は今から約一ヶ月後、合唱コンクールが始まる一週間前だ。どっちか、と言われれば、再試験を受けるなら一回で通りたいし、再試験で点数が振るわなかったらどうせ講習を受けることになるから、まあどっちでもいい。
 堺と戸佐は基本的におれと同じくらいの頭なので頼れない。こんなにおれのことを馬鹿にしているが、戸佐は化学基礎と地理総合で赤点をとっている留年危険群だし、堺は理系に全振りして文系科目はことごとく赤か赤スレスレを叩き出している。馬鹿の周りには馬鹿しか集まらない。
「つーか、ふつうに数Bが苦手過ぎるおれ、数列とか害悪すぎるだろ」
 机に突っ伏すと、堺の手がもふもふと頭を触った。なんでみんなおれの頭を触るんだろう。ゆるくかけているツイストパーマのせいかもしれない。別に特段いやというわけではないから好きにさせているけれど。
「苦手のレベル超えてるだろー」
「ザンネン」
「うるせえよ」
 そっちは何点なんだよ、とぼそぼそ言うと、堺が「八十八」と答えた。なんか喜ばしいのにめちゃくちゃムカつくのはなんなんだ。
「まあ、俺は、六十ですけど? ええ、まあ、実力で?」
 顔をあげて睨みつける。おおこわ、とにやけた面に迎えられた。ムカつく。
「よく堺のあとにそれ言おうとしたな」
「いやそれは俺も思った。なんでおまえ先に言った」
「聞かれたカラ?」
「それでも俺の方が点数低いんだからさあ! 俺に先に言わせてよ!」
「……ウン……?」
「はじめて人間の情緒に触れたみたいな反応すんな」
 戸佐が、ガラガラと隣の席から椅子をもってきて、おれのすぐ隣に腰を下ろす。近い、と言ったら、気にすんな、と言われた。気になるのはおれだから。
 戸佐に言っても聞き入れられたことはないのでそのままにしてやる。
「お前マジでその点数はやばいべ」
「エセ方言……」
 堺が余計なことを言ってぶったたかれている。
「頼れる友だちいんの? 講習になったら冬休みぜんぶ潰れるぞ、今回は追試で受かんなきゃいけないだろ」
「やっぱそうよねー」
「冬休みはさすがにゆっくりしたいだろ、バイトもしたいし」
「戸佐って、そういう夜の仕事やってるんだっけ」
「誰がホストだ」
 顔が整った男が明るい茶髪に染めてピアスを開けていたらそういう雰囲気になるんだよなあ、と思ったが、言わなかった。見た目がすごくチャラいという話になってしまう。
 まあ事実なんだけど。
 堺が据わったまあるい黒目で、ハンザイシャ、と付け加えるので腹が痛くなるくらい笑った。戸佐も反論しようとしたが顔が面白過ぎて撃沈していた。
 クソ、なんでだ、生きてるだけで面白いなコイツ。
 おれよりも遅れて笑いから蘇ってきた戸佐が、ううう、と笑いの余韻に浸りながら、上目遣いにおれを見る。
「あらいぶは?」
「え?」
 なんでここで急に一颯。
「だってあいつ頭いいよね? たしか」戸佐がさも当たり前かのように言う。
「ソウダネ」
「そうなの?」
「学年一桁って噂ダヨ?」
「え、そんなに?」
「……おまえさあ、友だちのくせにあいつに興味ねえよな」
「え?」
 戸佐に苦々しく言われて、はた、と気付く。
 たしかに、おれはあいつと仲良くしていても、大してあいつに興味はない。顔がいいやつがピアノも弾けてモテてるな、くらいで、あとポテトサラダが好きなこととブタクサのアレルギーがあることくらいしか。
「……まあ、たしかに」
 あからさまに落ち込んだおれの背中を堺がさする。
「いいことだよ! その人のステータスを除いて、ただ一人の友だちとして接してるってことデショ」
「まあ、そう言えば、そうだな。悪いことじゃないよ」
 そこまで言って、言葉を区切った戸佐はあからさまに「俺、いまいいこと思いつきました!」という顔でおれの肩を掴んだ。
 なんかこういうの、嫌な予感がするんだよな。
「そうじゃん、あらいぶに頼めよ、追試対策!」
「はあ?」
 それは、だめだろ、と言いかけて。
 ……あれ?
 ――たしかに!
 戸佐の肩をがっちり掴む。おまえマジで天才じゃん、と言ったら、ふふん、と誇らしげな笑みを浮かべた。「天才なのはあらいぶで戸佐ではないデショ」と堺がまた余計なことを言ってぶったたかれていた。
 名案だ。
 あいつは友だちだし、まあ、いけるだろう。
 べつに決して流されやすいとか、天才という記号として生きている孤独な男の才能にあやかるとか、そういうことじゃない。断じて。