「じゃ、かんぱーい」
「乾杯」
かちん、と安っぽいプラスチック製のグラスが鳴る。なかに入ったメロンソーダとジンジャーエールがとぷん、と揺れた。
日が沈みかけた夕方は、ファミレスも少しだけ混んでいて、猥雑な雰囲気がただよっている。
「あ、それから、伴奏者賞おめでとうアララキ」
「……ありがとうな、そっちこそ、最優秀賞おめでとう」
「まあウチは歌うまかったよね~弾いててめっちゃ楽しかったもん」
学年で最優秀賞をもらったのはおれたち二年三組、優秀賞は八組だった。
そしてもちろん伴奏者賞はおれではなく、一颯だった。三年生の発表が終わって昼休みを挟んで、午後の部にうつり、表彰が行われた。指揮者賞はうちの指揮者で、たしかにめちゃくちゃ打点見やすかったし強弱もうまくて、彼がとるのは当然のように思った。それで演奏しているシンガーと伴奏者が一番、その優秀さを知っている。
対して蘭一颯の演奏は、やっぱり、誰から聞いてもうまかった。おれは一颯の伴奏を聞きながら、これに合わせて歌える人たちはすごい幸福だなあと思ったし、勝つことはできないだろうなと思った。ただでさえ伴奏というものは、ふつうの独奏とは異なる視点で評価されるのだから。
心なしか暗い顔をしている一颯を華麗に無視して、「まあ悔しいけど、今回は負けたよ~惨敗」と明るく言った。
「まあ、おれのピアノは独走的だからね。もともと伴奏って質じゃない。相手に合わせたりしないし、誰の言葉も聞かないし、ただおれがやりたいようにやる。酷評されてたのもそういうところだったよ、作曲家へのリスペクトが見られないとかって」
当たり前だけど、悔しくないわけはない。ぜんぜん悔しいけど、それは一颯に対してどうこうって話じゃなかった。
心はすっきりしている。
悔しいのは思った通りにピアノを弾けなかった自分の実力不足だ。
けれども、一颯は、ううん、と唸って、冴えない顔でじっと手元のグラスのなかを見つめた。
「そういう点では、そうだけど、おまえの良さはそういうところじゃないだろ」
「……まあね~」
メロンソーダを口に運ぶ。水っぽい炭酸は舌の上に残るくらい甘ったるくて、でもぜんぜん不快ではなかった。
「喜べよ、蘭一颯。これで負けなしじゃん」
意地悪でそう言ったら、もうおれの煽りがきかなくなった一颯は、目をつぶってふるふると否定する。
「勝ち点一ずつだから、今ようやっと引き分けだろ」
「細かいなおい」
ふふ、とくちびるだけで笑った一颯が目を開く。
「……演奏、よかった。伴奏としては目立ちすぎてたけど、それでも、やっぱり――」
おれは、ふふ、と思わず笑ってしまった。出鼻をくじかれた気持ちになったらしい、一颯がなんだよ、とムッとする。
脳裏に甦ってくる、ステージ上から見た一颯の泣き方を思い出して、やっぱり音楽っていいなあと思った。おれは誰かのためにピアノを弾ける。自分のためだけではなく、その演奏を好きだと言ってくれる誰か他の人のために演奏ができる。だから、幸せだなあと思った。
「ほんとおまえ、おれの演奏大好きね」
ちょい、と結露したグラスの表面を指先でなぞる。
てっきり、あの不遜な態度で「当たり前だろ」とか「だからずっとそう言ってるだろ」とか言われるんだと思ってたおれは、返事をしない一颯を不思議に思って、ふと、目の前を見て。
――は?
「おま……え……?」
一颯が真っ赤になっていた。おれの視線に気づいて、ううう、と低く唸ってその顔を覆う。
「……こっちみんな……」
「えっえっなになにその顔激レアじゃん貴重すぎる見たい見せろ!」
「うるせえ」
ふるふる震える声が聞こえたと思ったら、ばちィん! と腕を叩かれて、その力の強さに「いてぇ!」と声が出た。涙目で腕をさする。けっこうジンジンする。
コイツ、ほんと、容赦ねえな……!
それにしてもコイツ、本当におれのピアノのこと大好きなんだなあ、と感慨深く思っていると、顔を覆ったままの一颯がぼそぼそと、「ちげえからな……」と言った。
「なにが違うんだよ、好きなんだろピアノ」
「ちげえ。おれが好きなのはおまえのピアノじゃなくて、おまえだよ」
「ふうん……人間性の評価ねェ……」
「ちげえ」
「えっ違うの?」
一颯にいい人だって言われたんだと思ってちょっと喜んじゃったのに。
人間ってこんなに真っ赤になるんだ、とつい感心するくらい顔が真っ赤になった一颯が、はあ、とため息を吐いた。いや、なんでおれがため息吐かれてんのよ。たいていコミュニケーションに問題があるのはおれじゃなくて、おまえだからな!
「だから恋愛の方だって言ってんだろ」
「エッ?」
――エッ……??
「ピアノだけじゃなくて、恋愛の意味でおまえのことが好きだって……」
「えっ待って待って待って」両手のてのひらを向けて、一旦止まれの合図をする。「聞いてないよ、言ってないでしょ今」
「言った」
「絶対に言ってねえよ」
真顔のくせに訝しげな表情をした一颯が、きょとんとして、右上を見ながら自分の言った言葉を反芻してから。
「確かに、そうだな。悪い。おまえが好きだ」
「ムードなさすぎだろ……」
そっちが正解だとか思わないじゃん普通……。恋愛的にってなんだよ、ぜったい勘違いだろ、と思って突っ伏した腕の中からじろりと一颯を睨みつける。思春期の気の迷いですよって言うのもきつい。同じ年だし。
てかそもそも、おれはコイツのこと人間として大好きだしな……。
いや、まあ、ふつうに嬉しいですよ。人から好かれるってのは。それにその相手がお友だち、なんなら安心感が一番の親友・アララキイブキくんときたらまあそりゃあ超絶嬉しいですよ。
「ぐだぐだ言ってないでフるならフれよ」
「いやあ、面が良いからさぁ……」
一颯が、ドン引きした顔と声で「おまえ前から思ってたけどヤバいな……」ってこぼした。心外だよ。
「好きでもない奴と付き合えんのかおまえ」
「え? ムリだよ」
「じゃあさっさとフれよ……」
「だっておれ一颯のこと好きだもん。これが恋愛かは分かんないけど」
一颯はドン引きした顔のまま、渋々といった様子でジンジャーエールでのどを潤したあとに言った。
「……おまえオレとキスできんのか」
「うん」
「ウン!?」
焦っているのか動揺しているのかジンジャーエールの減り方がえげつない一颯を見ながら、おれはぼうっと考えていた。
正直こんなモテる男のこと恋人にしたくないし、おれ自身も作ろうと思えば彼女くらいつくれるくらい、まあまあモテるし。断る理由だっていっぱいあるけど、でも、なんだろう。コイツと一緒にいたらこれからの人生の全部もっていかれるんだろうなって思って、でも、それでいいかもしれないって思った。
この男の心のなかにはずっと音楽しかいない。それはおれも同じ。
じゃあ、音楽以外になにを入れてもいいですか、って聞かれたら、やっぱりおれたちはお互いのことくらいしか入れられないんじゃないかなって。
それが嬉しくて、愛おしくて仕方がないんだ。
それが友情ですか? と、自分に尋ねてみたら。ちいさい自分が、ううん、と首を振る。じゃあこの気持ちは何? ――それは……。
「……おれさあ、おまえのこと、最初は苦手だったのよ」
「なんでそれを今言うんだよ」
「事実だもん。あんまし好きじゃなかった。愛想も悪いし、王子サマって呼ばれてたし、絶対に関わる人種じゃないなって思ってた」
険しい顔をしながら、わかりやすく悲しんでいる一颯の頭をくしゃくしゃに撫でた。
でも、今は違う。
「おまえの一番はおれじゃなくて、音楽だけど、じゃあ音楽以外になにか大切なものはなんですかって聞かれた時にポテトサラダよりも上におれがいてほしいって思う。今は、そのくらいおまえが好き」
一颯は、いろいろな感情が乱れすぎてなにの思いなのか読み取れない顔をしている。
わがままかな、って言ったら、ううん、と否定された。あどけない声色がかわいい。
「おれは音楽が好き。おまえが弾くピアノが好き。でも、それ以上に、演奏から見え透くおまえの心のきれいさが好き。真面目さが好き」
「うん……」
「戸佐にはそんなこと思わないし、堺にもそんなこと思わない」
「ほかの男の名前出すなよ」
「しょーがないだろ、アイツらは友だちなんだもん」
でも、たしかに。
戸佐と堺とはなにがあってもキスなんかしたくないし、賞金百億あったら考えてやるけど、想像しただけで吐き気がするのに一颯はそうならなかった。顔の好みとかではないはずだ。だって戸佐のほうがきれいな顔だなって思うし。
……あれ、もしかして、おれ?
「――ってことは、おれ、おまえのこと好きだわ」
おれの言葉を聞いた一颯は分かりやすいあきれ顔で「ムードねえのはおまえも同じじゃねえか」と言った。うるさいわ。
でも、見下したように目を眇めている一颯の耳が赤くなって、おれの顔も自分で分かるくらいどんどん熱くなっていって。呼吸ひとつでさえ、なんだか、すごく気恥ずかしくなって。
「……ね、一颯」
「なに」
ぶっきらぼうな声が返ってくる。
「ここ、出ない?」
処理落ちに入りかけている一颯に、すがる思いで、ね、出ようよ、と追い打ちをかける。おれはもうこの空間でふつうの顔でおまえと向き合える余裕がないんだよ。
一颯は、きゅっと目をつぶってから、真顔で「行くか」と頷いた。
「乾杯」
かちん、と安っぽいプラスチック製のグラスが鳴る。なかに入ったメロンソーダとジンジャーエールがとぷん、と揺れた。
日が沈みかけた夕方は、ファミレスも少しだけ混んでいて、猥雑な雰囲気がただよっている。
「あ、それから、伴奏者賞おめでとうアララキ」
「……ありがとうな、そっちこそ、最優秀賞おめでとう」
「まあウチは歌うまかったよね~弾いててめっちゃ楽しかったもん」
学年で最優秀賞をもらったのはおれたち二年三組、優秀賞は八組だった。
そしてもちろん伴奏者賞はおれではなく、一颯だった。三年生の発表が終わって昼休みを挟んで、午後の部にうつり、表彰が行われた。指揮者賞はうちの指揮者で、たしかにめちゃくちゃ打点見やすかったし強弱もうまくて、彼がとるのは当然のように思った。それで演奏しているシンガーと伴奏者が一番、その優秀さを知っている。
対して蘭一颯の演奏は、やっぱり、誰から聞いてもうまかった。おれは一颯の伴奏を聞きながら、これに合わせて歌える人たちはすごい幸福だなあと思ったし、勝つことはできないだろうなと思った。ただでさえ伴奏というものは、ふつうの独奏とは異なる視点で評価されるのだから。
心なしか暗い顔をしている一颯を華麗に無視して、「まあ悔しいけど、今回は負けたよ~惨敗」と明るく言った。
「まあ、おれのピアノは独走的だからね。もともと伴奏って質じゃない。相手に合わせたりしないし、誰の言葉も聞かないし、ただおれがやりたいようにやる。酷評されてたのもそういうところだったよ、作曲家へのリスペクトが見られないとかって」
当たり前だけど、悔しくないわけはない。ぜんぜん悔しいけど、それは一颯に対してどうこうって話じゃなかった。
心はすっきりしている。
悔しいのは思った通りにピアノを弾けなかった自分の実力不足だ。
けれども、一颯は、ううん、と唸って、冴えない顔でじっと手元のグラスのなかを見つめた。
「そういう点では、そうだけど、おまえの良さはそういうところじゃないだろ」
「……まあね~」
メロンソーダを口に運ぶ。水っぽい炭酸は舌の上に残るくらい甘ったるくて、でもぜんぜん不快ではなかった。
「喜べよ、蘭一颯。これで負けなしじゃん」
意地悪でそう言ったら、もうおれの煽りがきかなくなった一颯は、目をつぶってふるふると否定する。
「勝ち点一ずつだから、今ようやっと引き分けだろ」
「細かいなおい」
ふふ、とくちびるだけで笑った一颯が目を開く。
「……演奏、よかった。伴奏としては目立ちすぎてたけど、それでも、やっぱり――」
おれは、ふふ、と思わず笑ってしまった。出鼻をくじかれた気持ちになったらしい、一颯がなんだよ、とムッとする。
脳裏に甦ってくる、ステージ上から見た一颯の泣き方を思い出して、やっぱり音楽っていいなあと思った。おれは誰かのためにピアノを弾ける。自分のためだけではなく、その演奏を好きだと言ってくれる誰か他の人のために演奏ができる。だから、幸せだなあと思った。
「ほんとおまえ、おれの演奏大好きね」
ちょい、と結露したグラスの表面を指先でなぞる。
てっきり、あの不遜な態度で「当たり前だろ」とか「だからずっとそう言ってるだろ」とか言われるんだと思ってたおれは、返事をしない一颯を不思議に思って、ふと、目の前を見て。
――は?
「おま……え……?」
一颯が真っ赤になっていた。おれの視線に気づいて、ううう、と低く唸ってその顔を覆う。
「……こっちみんな……」
「えっえっなになにその顔激レアじゃん貴重すぎる見たい見せろ!」
「うるせえ」
ふるふる震える声が聞こえたと思ったら、ばちィん! と腕を叩かれて、その力の強さに「いてぇ!」と声が出た。涙目で腕をさする。けっこうジンジンする。
コイツ、ほんと、容赦ねえな……!
それにしてもコイツ、本当におれのピアノのこと大好きなんだなあ、と感慨深く思っていると、顔を覆ったままの一颯がぼそぼそと、「ちげえからな……」と言った。
「なにが違うんだよ、好きなんだろピアノ」
「ちげえ。おれが好きなのはおまえのピアノじゃなくて、おまえだよ」
「ふうん……人間性の評価ねェ……」
「ちげえ」
「えっ違うの?」
一颯にいい人だって言われたんだと思ってちょっと喜んじゃったのに。
人間ってこんなに真っ赤になるんだ、とつい感心するくらい顔が真っ赤になった一颯が、はあ、とため息を吐いた。いや、なんでおれがため息吐かれてんのよ。たいていコミュニケーションに問題があるのはおれじゃなくて、おまえだからな!
「だから恋愛の方だって言ってんだろ」
「エッ?」
――エッ……??
「ピアノだけじゃなくて、恋愛の意味でおまえのことが好きだって……」
「えっ待って待って待って」両手のてのひらを向けて、一旦止まれの合図をする。「聞いてないよ、言ってないでしょ今」
「言った」
「絶対に言ってねえよ」
真顔のくせに訝しげな表情をした一颯が、きょとんとして、右上を見ながら自分の言った言葉を反芻してから。
「確かに、そうだな。悪い。おまえが好きだ」
「ムードなさすぎだろ……」
そっちが正解だとか思わないじゃん普通……。恋愛的にってなんだよ、ぜったい勘違いだろ、と思って突っ伏した腕の中からじろりと一颯を睨みつける。思春期の気の迷いですよって言うのもきつい。同じ年だし。
てかそもそも、おれはコイツのこと人間として大好きだしな……。
いや、まあ、ふつうに嬉しいですよ。人から好かれるってのは。それにその相手がお友だち、なんなら安心感が一番の親友・アララキイブキくんときたらまあそりゃあ超絶嬉しいですよ。
「ぐだぐだ言ってないでフるならフれよ」
「いやあ、面が良いからさぁ……」
一颯が、ドン引きした顔と声で「おまえ前から思ってたけどヤバいな……」ってこぼした。心外だよ。
「好きでもない奴と付き合えんのかおまえ」
「え? ムリだよ」
「じゃあさっさとフれよ……」
「だっておれ一颯のこと好きだもん。これが恋愛かは分かんないけど」
一颯はドン引きした顔のまま、渋々といった様子でジンジャーエールでのどを潤したあとに言った。
「……おまえオレとキスできんのか」
「うん」
「ウン!?」
焦っているのか動揺しているのかジンジャーエールの減り方がえげつない一颯を見ながら、おれはぼうっと考えていた。
正直こんなモテる男のこと恋人にしたくないし、おれ自身も作ろうと思えば彼女くらいつくれるくらい、まあまあモテるし。断る理由だっていっぱいあるけど、でも、なんだろう。コイツと一緒にいたらこれからの人生の全部もっていかれるんだろうなって思って、でも、それでいいかもしれないって思った。
この男の心のなかにはずっと音楽しかいない。それはおれも同じ。
じゃあ、音楽以外になにを入れてもいいですか、って聞かれたら、やっぱりおれたちはお互いのことくらいしか入れられないんじゃないかなって。
それが嬉しくて、愛おしくて仕方がないんだ。
それが友情ですか? と、自分に尋ねてみたら。ちいさい自分が、ううん、と首を振る。じゃあこの気持ちは何? ――それは……。
「……おれさあ、おまえのこと、最初は苦手だったのよ」
「なんでそれを今言うんだよ」
「事実だもん。あんまし好きじゃなかった。愛想も悪いし、王子サマって呼ばれてたし、絶対に関わる人種じゃないなって思ってた」
険しい顔をしながら、わかりやすく悲しんでいる一颯の頭をくしゃくしゃに撫でた。
でも、今は違う。
「おまえの一番はおれじゃなくて、音楽だけど、じゃあ音楽以外になにか大切なものはなんですかって聞かれた時にポテトサラダよりも上におれがいてほしいって思う。今は、そのくらいおまえが好き」
一颯は、いろいろな感情が乱れすぎてなにの思いなのか読み取れない顔をしている。
わがままかな、って言ったら、ううん、と否定された。あどけない声色がかわいい。
「おれは音楽が好き。おまえが弾くピアノが好き。でも、それ以上に、演奏から見え透くおまえの心のきれいさが好き。真面目さが好き」
「うん……」
「戸佐にはそんなこと思わないし、堺にもそんなこと思わない」
「ほかの男の名前出すなよ」
「しょーがないだろ、アイツらは友だちなんだもん」
でも、たしかに。
戸佐と堺とはなにがあってもキスなんかしたくないし、賞金百億あったら考えてやるけど、想像しただけで吐き気がするのに一颯はそうならなかった。顔の好みとかではないはずだ。だって戸佐のほうがきれいな顔だなって思うし。
……あれ、もしかして、おれ?
「――ってことは、おれ、おまえのこと好きだわ」
おれの言葉を聞いた一颯は分かりやすいあきれ顔で「ムードねえのはおまえも同じじゃねえか」と言った。うるさいわ。
でも、見下したように目を眇めている一颯の耳が赤くなって、おれの顔も自分で分かるくらいどんどん熱くなっていって。呼吸ひとつでさえ、なんだか、すごく気恥ずかしくなって。
「……ね、一颯」
「なに」
ぶっきらぼうな声が返ってくる。
「ここ、出ない?」
処理落ちに入りかけている一颯に、すがる思いで、ね、出ようよ、と追い打ちをかける。おれはもうこの空間でふつうの顔でおまえと向き合える余裕がないんだよ。
一颯は、きゅっと目をつぶってから、真顔で「行くか」と頷いた。

