蘭一颯は、やはり、女神に愛された子だった。
会場の出入り口からは絶えることのない人の列ができていて、おれは中から一颯が出てくるのをぼうっと待っていた。そろそろ出てくるはずだ。びゅるりと秋風が吹いて、ポケットのなかですでに残り火程度となったぬくもりを握りしめる。マフラーをつけてくればよかった。
「さっみぃ~……」
戸佐と堺には一颯がくるまで一緒に待っていようかと言われたけれど、断った。何も聞かずに「そっか、じゃあな!」って明るく立ち去ってくれた戸佐には感謝しかない。彼はちゃんとした気遣いができる人から、なおさら、申し訳なかった。
わがままで身勝手な思いだけれど、今はアイツ以外の人と一緒にいたくなかったのだ。
約束していたわけじゃないし、この後アイツには用事があるかもしれない。冷静な自分が責め立てる。……まあ、たしかにそうなんだけど、一颯とは、そういうところはすり合わせなくても同じことを考えているというか……。
外したくないところと外してもいいところが似通っているから、たぶん。
――アイツも、おれを探すはず。
「……早く出て来いよ……」
足元に転がっている落ち葉を、なんともなしに、からりと蹴り上げる。
「あっ、オノレンくん!」
声が聞こえて顔を上げると、麗奈ちゃんが手を振りながらこっちに来ていた。
……いや、なぜに?
困惑したまま手を振り返しておいた。すぐそこまでやってきた彼女の息があがっている。もしかしておれのこと探してた?
「どうしたの麗奈ちゃん」
「イブキくんに頼まれごとされて、断れなかった!」乱れた前髪をまったく気にせずに軽快に笑う。「イブキくんって人使い荒いね!」
「あ、そうなの……」
「うん! オノレンくんが待ってるだろうから、お母さんと話してから行くから待ってろって伝えてくれって! スマホあるのになんでわたしに頼んだのか分かんないんだけどね!」
「うん、たしかに……」
スマホを取り出すが、演奏中の邪魔にならないように電源を切っていたから、お互いに気づけるわけなかったのだ。そういうところまで一緒かよ、と笑った。つられて、麗奈ちゃんがにこにこした。
そこで、まわりからの視線に気がつく。麗奈ちゃんは目立つ子だから、引き留めておくと変な目で見られるかもしれない。
「ありがとうね、わざわざ。おれここで待つことにするよ」
「うん! そうして! それだけ伝えに来たの!」
「そうだったんだ、ごめんね」
「いいよ! 頼んだのはイブキくんだからイブキくんに責任があるし!」
……なかなかすごいことを笑顔で言うよね……。
麗奈ちゃんは、ワハハ、と笑って「ばいば~い!」と手を大きく振りながら去っていった。少し離れたところで見ていた友だちであろう人になにかを聞かれて、「ううん! イブキくんに頼まれた! オノレンくんはイブキくんの一番のお友だち!」と大きな声ではきはき答えていて、いろいろといたたまれなくなってしゃがみ込んだ。
アイツがそう言ってるんだとしたら、それはやめろって言わなきゃな……。
ひゅうひゅうと冷たい風が吹いている。電源をつけたスマホをてきとうに見る。見に来ていた両親からお褒めの言葉がメッセージに入っていた。ピアノをもう一度弾くと言ったとき両親が一番驚いていたから、けっこう嬉しい。
「蓮!」
聞き慣れたテノール。片頬だけで笑って手を上げた。外も中身も王子サマみたいな男がおれに向かって走ってくる。
「おっせーよ」
「ごめん、母さんに捕まってた。この後用事ないか?」
「ないからここにいるんだわ」
ちょっと言い方に棘があったかも、と思ったが、一颯はそんなことを気にするタイプじゃない。
「そうか、よかった」
ほっと息を吐く一颯の肩が荒々しく上下している。母親と話し終わって、ほんとうにすぐに解散して走ってきたのだろう。「急がなくてよかったのに」とぼやくと、「急ぎたかったのはオレだ」と真剣なまなこに貫かれて固まってしまう。
そういう、クソ真面目なイケメン、やめろよな。
思考を切り替えて、二人並んでバス停まで移動する。電車でもいいけれど、一颯もおれもバスの路線を乗り換えたほうが便利なところに住んでいるのでこっちのほうが自然だ。
「いつものファミレスはこっから遠いからな~、どうする?」
「どこでもいいぞ。しゃべりたいことがいっぱいあるんだ」
「どこでもいいなら河川敷とか?」
「寒いから勘弁してくれ」
おれの絡み方にずいぶん慣れた一颯は、うんざりした様子を隠すことすらせずに首を振った。
会場の出入り口からは絶えることのない人の列ができていて、おれは中から一颯が出てくるのをぼうっと待っていた。そろそろ出てくるはずだ。びゅるりと秋風が吹いて、ポケットのなかですでに残り火程度となったぬくもりを握りしめる。マフラーをつけてくればよかった。
「さっみぃ~……」
戸佐と堺には一颯がくるまで一緒に待っていようかと言われたけれど、断った。何も聞かずに「そっか、じゃあな!」って明るく立ち去ってくれた戸佐には感謝しかない。彼はちゃんとした気遣いができる人から、なおさら、申し訳なかった。
わがままで身勝手な思いだけれど、今はアイツ以外の人と一緒にいたくなかったのだ。
約束していたわけじゃないし、この後アイツには用事があるかもしれない。冷静な自分が責め立てる。……まあ、たしかにそうなんだけど、一颯とは、そういうところはすり合わせなくても同じことを考えているというか……。
外したくないところと外してもいいところが似通っているから、たぶん。
――アイツも、おれを探すはず。
「……早く出て来いよ……」
足元に転がっている落ち葉を、なんともなしに、からりと蹴り上げる。
「あっ、オノレンくん!」
声が聞こえて顔を上げると、麗奈ちゃんが手を振りながらこっちに来ていた。
……いや、なぜに?
困惑したまま手を振り返しておいた。すぐそこまでやってきた彼女の息があがっている。もしかしておれのこと探してた?
「どうしたの麗奈ちゃん」
「イブキくんに頼まれごとされて、断れなかった!」乱れた前髪をまったく気にせずに軽快に笑う。「イブキくんって人使い荒いね!」
「あ、そうなの……」
「うん! オノレンくんが待ってるだろうから、お母さんと話してから行くから待ってろって伝えてくれって! スマホあるのになんでわたしに頼んだのか分かんないんだけどね!」
「うん、たしかに……」
スマホを取り出すが、演奏中の邪魔にならないように電源を切っていたから、お互いに気づけるわけなかったのだ。そういうところまで一緒かよ、と笑った。つられて、麗奈ちゃんがにこにこした。
そこで、まわりからの視線に気がつく。麗奈ちゃんは目立つ子だから、引き留めておくと変な目で見られるかもしれない。
「ありがとうね、わざわざ。おれここで待つことにするよ」
「うん! そうして! それだけ伝えに来たの!」
「そうだったんだ、ごめんね」
「いいよ! 頼んだのはイブキくんだからイブキくんに責任があるし!」
……なかなかすごいことを笑顔で言うよね……。
麗奈ちゃんは、ワハハ、と笑って「ばいば~い!」と手を大きく振りながら去っていった。少し離れたところで見ていた友だちであろう人になにかを聞かれて、「ううん! イブキくんに頼まれた! オノレンくんはイブキくんの一番のお友だち!」と大きな声ではきはき答えていて、いろいろといたたまれなくなってしゃがみ込んだ。
アイツがそう言ってるんだとしたら、それはやめろって言わなきゃな……。
ひゅうひゅうと冷たい風が吹いている。電源をつけたスマホをてきとうに見る。見に来ていた両親からお褒めの言葉がメッセージに入っていた。ピアノをもう一度弾くと言ったとき両親が一番驚いていたから、けっこう嬉しい。
「蓮!」
聞き慣れたテノール。片頬だけで笑って手を上げた。外も中身も王子サマみたいな男がおれに向かって走ってくる。
「おっせーよ」
「ごめん、母さんに捕まってた。この後用事ないか?」
「ないからここにいるんだわ」
ちょっと言い方に棘があったかも、と思ったが、一颯はそんなことを気にするタイプじゃない。
「そうか、よかった」
ほっと息を吐く一颯の肩が荒々しく上下している。母親と話し終わって、ほんとうにすぐに解散して走ってきたのだろう。「急がなくてよかったのに」とぼやくと、「急ぎたかったのはオレだ」と真剣なまなこに貫かれて固まってしまう。
そういう、クソ真面目なイケメン、やめろよな。
思考を切り替えて、二人並んでバス停まで移動する。電車でもいいけれど、一颯もおれもバスの路線を乗り換えたほうが便利なところに住んでいるのでこっちのほうが自然だ。
「いつものファミレスはこっから遠いからな~、どうする?」
「どこでもいいぞ。しゃべりたいことがいっぱいあるんだ」
「どこでもいいなら河川敷とか?」
「寒いから勘弁してくれ」
おれの絡み方にずいぶん慣れた一颯は、うんざりした様子を隠すことすらせずに首を振った。

