基本的には比較対象がピアノの発表会やコンクールの選考しかないから、あまり基準が分からないけれど、うちの高校では合唱コンクールの開催にあたって外部の会場を使う。
中学のときも同じように外部会場を使ったけれど、やっぱり全校生徒の人数が違うからか規模が違った。おれもピアノのコンクールとかで使ったことのあるデカい会場だ。
ちなみに会場を決定して貸し切りするのも合唱コンクール委員なので、いろいろと忙しかった。パンフレットも作成するし、審査員の方々にアポ取りしていくのもおれたちだった。今年は地元の合唱団で監督をしている人もくるとかで大盛り上がりだ。おれはその傍ら追試対策をして、ピアノも練習してたから、もうすごい忙しかった。たぶん来年はやらない。
ちなみに追試は無事に通って、おれは講習を逃れることになった。
一颯に合格したこととありがとうを伝えにいったら、「なんとかおまえの助けになれてよかった」と言われた。なんか、そういう、変におごらないところがやっぱりカッコいい奴だなと思った。
クラス委員の指示に従って、事前に渡されていた資料を見ながら座席に荷物を置く。戸佐とも堺とも離れてしまったが、まあ、致し方がない。出席番号順だからそういうこともあるよなあ、と思った。
でも、おれの席は当たりだった。音の響く真ん中の、ちょっと後ろの席。なかなかいい。
と思っていたら、通路を挟んで向こう側に座った一颯も「お、なかなかいい席だ」と小さく呟いていた。
おれが小野で、あいつが蘭なのだから、たしかに出席番号順でクラスが固められている以上隣になる可能性はあったけど、すごい確率だ。
「二年にしてはいいところきたよね」
話しかけると、ちらりとこちらを向いた一颯がびっくりしたように目を見開いてから、へにゃりと相好を崩した。「ああ」と頷く。暖房もない会場はなかなか寒い。一颯が寒そうに両手をすり合わせた。
両ポケットに入ったうち、まあ二つもいらないだろうと片方のカイロを差し出すと「おまえ……天才だな……」と言われた。なんでそんなにびっくりしてんの、普通だわ。そもそも冬場のコンクールだとカイロ配られるだろ、と思ったけど、もともとあまり寒くない西のほうから来たって言ってたし、その反応が普通なのかもしれない。ちょっとぬるくなったカイロがライバルの手のうちにありがたく頂戴されていく。
「三年生になんの楽しみだな。やっぱりあそこが一番いい席だし」
「おれはお前の演奏が聞きたいから、三年になっても隣のクラスであることを願ってるよ」
というと、なぜか一颯はムッとした。
「それはオレもだ。オレもおまえの演奏聞きたいから、あのいい席がいい……いや、二つは望み過ぎか?」
「そもそもおれは来年伴奏しないけどね」
「えっ……!」
一颯がまた呆然として固まった。おれは「あはは、処理落ちじゃん」と笑いながら、指を空中でばらばらと動かした。ここ一カ月近くはまいにち練習を欠かさなかったから、動くには動くようになったが、まだまだだ。感覚が違う。いつもはこのくらい弾いていたのに、と感覚と実際の動きとの乖離にもどかしく思ったことも多かった。
今も、まだ、ぜんぶ戻ってきたわけじゃないけど。
……でも。
「でも、今回、伴奏してみようって思ったこと、それで、実際にやってみて、よかったなあって思ってるよ」
まぎれもなく本心がくちびるから漏れ出た。おれは、ふふ、と笑って、
「だから、ありがとうね、一颯」
と言った。伝えたかった。まだ本番を終えたわけでもないけれど、今、そう思ったから。
一颯は、イケメンが台無しになるぞと言ってあげたいくらい、なんというかすごく微妙な顔をした。酸っぱいものを食べたときと、眩しいものをみたときが混ざったみたいな顔だった。
「……オレは、ピアノを弾いてきて、後悔したことがいっぱいある。負けたこともある。才能がないと思ったことも」
「えーっと、……嫌味ですか?」
「ちげえ」
一颯はムッとして、おれの手にカイロを返した。
「でも、コンクールで、おまえの演奏を聞いて、それからはずっと楽しいんだ。おれがしたかったピアノを見つけられた」
だから、と言葉を区切って、一颯はいままで見たことのない、満面の笑みを浮かべた。おれが見た一回目の彼の笑顔だった。
「ぜんぶ、ぶつけにいくからな」
その目がらんらんと光っている。
――これが、蘭一颯の、本気の顔……。
ゾクゾクした。どっちが上か下かなんて関係なく、自分がやりたい音楽をしてきたその結果をおれにぶつけるって言うんだ。これ以上の信頼と本気なんておれは知らない。
笑えてしまって、二人顔を見合わせてじっとみつめあった。
「……じゃあ、おれを越えてみせてよ蘭一颯サン」
そう、おれの精一杯の強がりに、一颯は、ぎらぎらと光る捕食者みたいな眼の輝きを隠そうともしないまま、
「もちろん」
と答えてみせた。
中学のときも同じように外部会場を使ったけれど、やっぱり全校生徒の人数が違うからか規模が違った。おれもピアノのコンクールとかで使ったことのあるデカい会場だ。
ちなみに会場を決定して貸し切りするのも合唱コンクール委員なので、いろいろと忙しかった。パンフレットも作成するし、審査員の方々にアポ取りしていくのもおれたちだった。今年は地元の合唱団で監督をしている人もくるとかで大盛り上がりだ。おれはその傍ら追試対策をして、ピアノも練習してたから、もうすごい忙しかった。たぶん来年はやらない。
ちなみに追試は無事に通って、おれは講習を逃れることになった。
一颯に合格したこととありがとうを伝えにいったら、「なんとかおまえの助けになれてよかった」と言われた。なんか、そういう、変におごらないところがやっぱりカッコいい奴だなと思った。
クラス委員の指示に従って、事前に渡されていた資料を見ながら座席に荷物を置く。戸佐とも堺とも離れてしまったが、まあ、致し方がない。出席番号順だからそういうこともあるよなあ、と思った。
でも、おれの席は当たりだった。音の響く真ん中の、ちょっと後ろの席。なかなかいい。
と思っていたら、通路を挟んで向こう側に座った一颯も「お、なかなかいい席だ」と小さく呟いていた。
おれが小野で、あいつが蘭なのだから、たしかに出席番号順でクラスが固められている以上隣になる可能性はあったけど、すごい確率だ。
「二年にしてはいいところきたよね」
話しかけると、ちらりとこちらを向いた一颯がびっくりしたように目を見開いてから、へにゃりと相好を崩した。「ああ」と頷く。暖房もない会場はなかなか寒い。一颯が寒そうに両手をすり合わせた。
両ポケットに入ったうち、まあ二つもいらないだろうと片方のカイロを差し出すと「おまえ……天才だな……」と言われた。なんでそんなにびっくりしてんの、普通だわ。そもそも冬場のコンクールだとカイロ配られるだろ、と思ったけど、もともとあまり寒くない西のほうから来たって言ってたし、その反応が普通なのかもしれない。ちょっとぬるくなったカイロがライバルの手のうちにありがたく頂戴されていく。
「三年生になんの楽しみだな。やっぱりあそこが一番いい席だし」
「おれはお前の演奏が聞きたいから、三年になっても隣のクラスであることを願ってるよ」
というと、なぜか一颯はムッとした。
「それはオレもだ。オレもおまえの演奏聞きたいから、あのいい席がいい……いや、二つは望み過ぎか?」
「そもそもおれは来年伴奏しないけどね」
「えっ……!」
一颯がまた呆然として固まった。おれは「あはは、処理落ちじゃん」と笑いながら、指を空中でばらばらと動かした。ここ一カ月近くはまいにち練習を欠かさなかったから、動くには動くようになったが、まだまだだ。感覚が違う。いつもはこのくらい弾いていたのに、と感覚と実際の動きとの乖離にもどかしく思ったことも多かった。
今も、まだ、ぜんぶ戻ってきたわけじゃないけど。
……でも。
「でも、今回、伴奏してみようって思ったこと、それで、実際にやってみて、よかったなあって思ってるよ」
まぎれもなく本心がくちびるから漏れ出た。おれは、ふふ、と笑って、
「だから、ありがとうね、一颯」
と言った。伝えたかった。まだ本番を終えたわけでもないけれど、今、そう思ったから。
一颯は、イケメンが台無しになるぞと言ってあげたいくらい、なんというかすごく微妙な顔をした。酸っぱいものを食べたときと、眩しいものをみたときが混ざったみたいな顔だった。
「……オレは、ピアノを弾いてきて、後悔したことがいっぱいある。負けたこともある。才能がないと思ったことも」
「えーっと、……嫌味ですか?」
「ちげえ」
一颯はムッとして、おれの手にカイロを返した。
「でも、コンクールで、おまえの演奏を聞いて、それからはずっと楽しいんだ。おれがしたかったピアノを見つけられた」
だから、と言葉を区切って、一颯はいままで見たことのない、満面の笑みを浮かべた。おれが見た一回目の彼の笑顔だった。
「ぜんぶ、ぶつけにいくからな」
その目がらんらんと光っている。
――これが、蘭一颯の、本気の顔……。
ゾクゾクした。どっちが上か下かなんて関係なく、自分がやりたい音楽をしてきたその結果をおれにぶつけるって言うんだ。これ以上の信頼と本気なんておれは知らない。
笑えてしまって、二人顔を見合わせてじっとみつめあった。
「……じゃあ、おれを越えてみせてよ蘭一颯サン」
そう、おれの精一杯の強がりに、一颯は、ぎらぎらと光る捕食者みたいな眼の輝きを隠そうともしないまま、
「もちろん」
と答えてみせた。

