帰り道の空は、思っていたよりもずっと暗くなるのが早かった。さっきまでオレンジ色に染まっていたはずなのに、気づけばその色は消えていて、代わりに街の光がじわじわと夜を侵食している。
俺はいつもよりゆっくり歩いていた。理由はわかっている。帰りたくないわけでもないし、疲れているわけでもない。
ただ、頭の中がうるさい。
──『俺、お前のことが好きだよ』
あの言葉がずっと消えない。何度も何度も、何もしていなくても勝手に浮かんでくる。
耳に残っている声の温度まで、はっきりと思い出してしまう。
「……はぁ」
小さく息を吐いて、ぐるぐると思考を巡らせる。
もう十一月ということもあり、夜の空気は冷たくて、その冷たさがやけに心地よかった。
頭を冷やすにはちょうどいいはずなんだけど、全然落ち着かない。
足を止めて空を見上げても、まだ星はほとんど見えない。
いつもなら、もう少し歩けば見える場所があるのに今日はそこまで行く気にもなれなかった。
「なんで、俺なんだよ」
誰に聞かせるわけでもない言葉をぽつりと呟く。
答えなんて、返ってくるはずもない。
それはそうと、学校一の王子様で、誰にでも優しくて、誰からも好かれて、そんなやつがなんで俺を? 自分で考えても、どうしても釣り合わない。笑えるくらいに、違いすぎる。
思考の中で「ありえねぇだろ……」と何度も小さく吐き捨てる。
でも、そのありえないは、完全には否定できなかった。
あのときの目は、冗談じゃなかったし。触れ方も、声も全部。軽いものじゃなかった。
……だから、余計に意味がわからなくなる。
胸の奥が、じわっと熱くなった。それを振り払うみたいに、俺はまた歩き出す。
考えるな。考えたら、多分終わる。何が終わるのかはわからないけど、なんとなく戻れなくなる気がした。
そう思いながら、赤くなっている顔にも気づかずに歩いって行った。
翌朝。学年のフロアを歩いた瞬間、いつもの光景が広がっていた。
「玲央くんおはよー!」
「昨日さ、あの話の続きなんだけど——」
「ねーねー! 私さ……」
ざわざわとした空気の中心にいるのは、やっぱり一ノ瀬。女子に囲まれて、柔らかく笑っている。昨日のことなんて、なかったみたいに。
俺は、一瞬だけ立ち止まった。
なぜか視線が自然とそっちに引き寄せられて、なぜか胸の奥が少しだけ冷える。昨日の言葉が、現実味を失っていく。
俺は人が少なくなったタイミングで、ただ一声だけかけようと一ノ瀬に寄ったけど……。
目を逸らされて、俺の存在に気づいているはずなのに無視をされ、そのまま教室に入っていった。
考えすぎなのはわかってる。別に俺は今少し一ノ瀬に興味が湧いているだけで、好きとかはわからないし、寂しいとも、思っていない……と思う。
でも、昨日の告白をもしかしたらなかったことにしようとしているんじゃないか、という想像が浮かぶ。
もしかしたら、あれは本当のことではないのかもしれない、と。
ただの気まぐれ? 面白半分? それとも、ただの気の迷い?
どれにしても長く続くものじゃない。そう思った方が、楽だった。
教室に入り、鞄を机の横にかけてゆっくりと息を吐いて、窓の外を見る。
毎日見ている青空は昨日と同じはずなのに、少し遠く感じる。
さっきの行動がまだ頭に残っていて、昨日の告白と絡み合う。
また現実に引き戻された気がして、先生の話に集中なんてできなかった。
自分でもよくわからない。俺が何をしたいのか、一ノ瀬に返事をしたいのにもし嘘だったらという思考が巡って。
でもはっきりしているのは、このままだとまずいってことだった。
関わったらダメだ。あいつは、俺とは違う。世界が違う。
近づいたら、きっとろくなことにならない。
そう結論づけて誤魔化すように、視線を外した。もう、見ないようにした。
昼休み。
教室はいつも通り騒がしくて、笑い声と話し声が混ざり合っていた。 俺はその喧騒から少し離れるように、一番奥にある、三号館の渡り廊下の屋上に立っていた。
静かで、ほぼ空き教室だから誰も来ないこの場所が好きだ。
窓の外には、昼の光に照らされた空が広がっている。 薄く流れる雲と、その奥の青。
それをぼんやり眺めながら、無意識に息を吐いた。やっぱり、こっちの方が落ち着く。
人の声より、こういう静かなものの方がいい。 何も求められないし、何も返さなくていい。
そう思った、次の瞬間。
「また空見てる」
すぐ後ろから聞き慣れた声が落ちてきて、反射的に肩が揺れる。 振り返らなくても、誰かわかる。
「……うるせぇ」
小さく返すと、すぐ隣に気配が並んだ。
距離が近い。窓に映る影が、二つに増える。
どうしてこの場所がわかったのかは、聞くのも怖いし、一ノ瀬の考えていることもちょっと怖くて呑み込んだ。
「好きなんだな、そういうの」
彼はそう言いながら、俺の視線の先を同じように見上げる。
その仕草があまりにも自然で、少しだけ言葉に詰まった。
「別に。落ち着くだけ」
素っ気なく返す。 いつも通りの声が、少しだけ硬い。
「へぇ……」
興味なさそうな相槌をされて、少しだけ沈黙が流れる。
風が吹いて、木が揺れ、一ノ瀬の髪が靡く。
……絵になりすぎる。
心地いいな、と思うその静けさの中で、不意に隣の彼は不思議なことを口に出す。
「かわいいな」
「は?」
思わず振り返り、さらっと続けられる。
「今の顔、めっちゃ緩んでた」
「……は? え?」
爽やかに笑う彼を見て、顔が一気に熱くなるのがわかり、慌てて視線を逸らす。
その、今の顔は反則というかなんというか……。
「見てただけだろ、空」
「うん、見てた」
あっさり肯定され何も言えなくなるが、まるで愛おしいものを見るかのように俺を見つめていた。
「で、見てるお前がかわいい」
「……っ」
なんなんだよ、こいつ。
軽く言ってるくせに、逃げ場がない。
彼は言葉に詰まっている俺を見透かして、頭を撫でてきた。
「ほんと、わかりやすいよな」
「誰のせいだと思ってんだよ」
ぼそっと返すと、一ノ瀬は少しだけ目を細める。
なんでなのだろうか。二人きりのときだけいつもの仏頂面な、不機嫌そうな顔をしていない。
俺のことが好きだから……? う、うわ。自分で思って自分で照れるなんてとんだ……って、照れる? なんでだ?
一ノ瀬と会話中なのも忘れて、絶対に解けなさそうな難題に頭を抱えていると、彼が変(?)な瞳で囁いた。
「俺のせいでそんな顔してんの、結構好き」
「いや、意味わかんねぇんだけど」
「だってさ……俺のことでしかそんな反応しないじゃん」
「なっ……」
少しだけ距離が縮まって、肩が触れそうになる。
逃げようと一歩下がるも、その分だけ距離を詰められてしまい、フェンスに背中がぶつかって壁ドンならぬフェンスドンをされてしまっている状態に……。
逃げ場がなくて、どう反応していいかわからない。
じっと見つめられて、視線が外せない。
こいつはいつもどこか吸い込まれてしまいそうなくらい綺麗で、愛しいものを見るかのような瞳をしている。
今更だけど、なぜ一ノ瀬はこんな俺なんかを好きになったのか。そもそも彼は本当に俺のことを好きなのだろうか。一ノ瀬を見つめながら首を傾げる。
「……お前さ、俺のことちゃんと見てるよな」
ぼーっと沈黙が続いて、彼は俺から離れるのと同時にそう呟いた。
心臓が音を立てて、違う違うと否定している。
お前が見てるから視線が行くに決まってるだろ、とは絶対に言えず言葉を呑み込む。
「気のせいだろ」
ようやくそれだけ絞り出すと、「そっか」と彼はあっさりと引き、手を下ろして少して離れた。
俺は、フェンスにもたれかかって目の前の街を見ていたけど、頭上からとんでもない言葉を投げかけられる。
「じゃあ、俺が見てる。お前のこと」
心臓が、変な音を立てる。
嫌だと思うはずなのに、どこかでそれを拒みきれていない自分がいた。
「……は?」
さらっと当たり前みたいに言われた。
空にうっとりしていた気持ちはどっかに吹き飛ばされ、即座に振り返る。
「見てるからいいじゃん」
「よくねぇよ」
「なんで?」
いやなんでって言われても……。
そこまでして一ノ瀬は俺に付きまといたいのか?
ほんとは都合のいいやつとして扱いたいだけで、俺の事なんて好きなんかじゃないんじゃないのか? 考えるだけ嫌気がさす。
俺は心の声と重ねるように、喉につっかえていた声を絞り出した。
「……落ち着かねぇから」
そう言った瞬間、一ノ瀬は少しだけ嬉しそうに笑った。
いつもぶっきらぼうで、俺を見つめてくるときも真顔なくせに、なんでそんなに笑顔なんだよ。
周りに人がいたらいやなのか? 俺だけ嫌われてるって勘違いするだろ。
彼は、俺がそんなことを思っていたことを見透かしたように、俺の手を握って言った。
「……っ」
手を振りほどくこともできたはずなのに、なぜかできなかった。
その事実に気づいた瞬間、余計に逃げたくなる。
「じゃあ、もっと見る」
「やめろって」
「無理。……だって、かわいいし」
「え?」
一ノ瀬の瞳を見て、ドキッと胸が鳴る。どうして平気でそんなことが言えるのか不思議でしょうがない。
なるほど。こういうところが人たらしすぎるんだな、とつくづく思っていると彼の顔はむっとして、握っている手の力を強めた。
「お前さ。ほんと、俺のこと振り回すよな」
「振り回す……?」
意味がわからなくて顔を上げるけど、俺を愛おしそうに見つめているだけだ。
振り回すって、絶対お前の方が振り回しているだろとは言えるわけがなく、一ノ瀬が今何を考えているのかもわかるわけがなく、俺はずっと一ノ瀬の言葉を待っていた。
「無自覚でそれやるの、ずるい」
小さく呟かれ、耳がぶわっと熱くなるのがわかる。
その顔はほんの少しだけ真剣で、飲み込まれそうで、慣れそうで怖かった。
告白の返事も未だに考えられていないし、一ノ瀬がほんとに俺のことを好きなこともわからないし、頭を抱えている。
今さら聞くのも、「ほんとに俺のこと好きなの?」って聞くのも恥ずかしすぎてしょうがない。
……あ、あれ? 恥ずかしいだけで嫌じゃないのか、?
「ま、いいけど」
「よくねぇだろ……」
呆れたように返すけど、胸の奥は全然落ち着かない。
絶対こいつと同じような気持ちじゃないってわかってるはずなのに。こんなふうに、近くて。こんなふうに、まっすぐで。こんなふうに、特別みたいに扱われて。
「……ほんと、意味わかんねぇ」
一ノ瀬に聞こえないくらい小声で呟いた。
何が、どうなってるのか、わからないまま。
俺は鳴り止まない心臓を誤魔化すように、その場から去った。
俺はいつもよりゆっくり歩いていた。理由はわかっている。帰りたくないわけでもないし、疲れているわけでもない。
ただ、頭の中がうるさい。
──『俺、お前のことが好きだよ』
あの言葉がずっと消えない。何度も何度も、何もしていなくても勝手に浮かんでくる。
耳に残っている声の温度まで、はっきりと思い出してしまう。
「……はぁ」
小さく息を吐いて、ぐるぐると思考を巡らせる。
もう十一月ということもあり、夜の空気は冷たくて、その冷たさがやけに心地よかった。
頭を冷やすにはちょうどいいはずなんだけど、全然落ち着かない。
足を止めて空を見上げても、まだ星はほとんど見えない。
いつもなら、もう少し歩けば見える場所があるのに今日はそこまで行く気にもなれなかった。
「なんで、俺なんだよ」
誰に聞かせるわけでもない言葉をぽつりと呟く。
答えなんて、返ってくるはずもない。
それはそうと、学校一の王子様で、誰にでも優しくて、誰からも好かれて、そんなやつがなんで俺を? 自分で考えても、どうしても釣り合わない。笑えるくらいに、違いすぎる。
思考の中で「ありえねぇだろ……」と何度も小さく吐き捨てる。
でも、そのありえないは、完全には否定できなかった。
あのときの目は、冗談じゃなかったし。触れ方も、声も全部。軽いものじゃなかった。
……だから、余計に意味がわからなくなる。
胸の奥が、じわっと熱くなった。それを振り払うみたいに、俺はまた歩き出す。
考えるな。考えたら、多分終わる。何が終わるのかはわからないけど、なんとなく戻れなくなる気がした。
そう思いながら、赤くなっている顔にも気づかずに歩いって行った。
翌朝。学年のフロアを歩いた瞬間、いつもの光景が広がっていた。
「玲央くんおはよー!」
「昨日さ、あの話の続きなんだけど——」
「ねーねー! 私さ……」
ざわざわとした空気の中心にいるのは、やっぱり一ノ瀬。女子に囲まれて、柔らかく笑っている。昨日のことなんて、なかったみたいに。
俺は、一瞬だけ立ち止まった。
なぜか視線が自然とそっちに引き寄せられて、なぜか胸の奥が少しだけ冷える。昨日の言葉が、現実味を失っていく。
俺は人が少なくなったタイミングで、ただ一声だけかけようと一ノ瀬に寄ったけど……。
目を逸らされて、俺の存在に気づいているはずなのに無視をされ、そのまま教室に入っていった。
考えすぎなのはわかってる。別に俺は今少し一ノ瀬に興味が湧いているだけで、好きとかはわからないし、寂しいとも、思っていない……と思う。
でも、昨日の告白をもしかしたらなかったことにしようとしているんじゃないか、という想像が浮かぶ。
もしかしたら、あれは本当のことではないのかもしれない、と。
ただの気まぐれ? 面白半分? それとも、ただの気の迷い?
どれにしても長く続くものじゃない。そう思った方が、楽だった。
教室に入り、鞄を机の横にかけてゆっくりと息を吐いて、窓の外を見る。
毎日見ている青空は昨日と同じはずなのに、少し遠く感じる。
さっきの行動がまだ頭に残っていて、昨日の告白と絡み合う。
また現実に引き戻された気がして、先生の話に集中なんてできなかった。
自分でもよくわからない。俺が何をしたいのか、一ノ瀬に返事をしたいのにもし嘘だったらという思考が巡って。
でもはっきりしているのは、このままだとまずいってことだった。
関わったらダメだ。あいつは、俺とは違う。世界が違う。
近づいたら、きっとろくなことにならない。
そう結論づけて誤魔化すように、視線を外した。もう、見ないようにした。
昼休み。
教室はいつも通り騒がしくて、笑い声と話し声が混ざり合っていた。 俺はその喧騒から少し離れるように、一番奥にある、三号館の渡り廊下の屋上に立っていた。
静かで、ほぼ空き教室だから誰も来ないこの場所が好きだ。
窓の外には、昼の光に照らされた空が広がっている。 薄く流れる雲と、その奥の青。
それをぼんやり眺めながら、無意識に息を吐いた。やっぱり、こっちの方が落ち着く。
人の声より、こういう静かなものの方がいい。 何も求められないし、何も返さなくていい。
そう思った、次の瞬間。
「また空見てる」
すぐ後ろから聞き慣れた声が落ちてきて、反射的に肩が揺れる。 振り返らなくても、誰かわかる。
「……うるせぇ」
小さく返すと、すぐ隣に気配が並んだ。
距離が近い。窓に映る影が、二つに増える。
どうしてこの場所がわかったのかは、聞くのも怖いし、一ノ瀬の考えていることもちょっと怖くて呑み込んだ。
「好きなんだな、そういうの」
彼はそう言いながら、俺の視線の先を同じように見上げる。
その仕草があまりにも自然で、少しだけ言葉に詰まった。
「別に。落ち着くだけ」
素っ気なく返す。 いつも通りの声が、少しだけ硬い。
「へぇ……」
興味なさそうな相槌をされて、少しだけ沈黙が流れる。
風が吹いて、木が揺れ、一ノ瀬の髪が靡く。
……絵になりすぎる。
心地いいな、と思うその静けさの中で、不意に隣の彼は不思議なことを口に出す。
「かわいいな」
「は?」
思わず振り返り、さらっと続けられる。
「今の顔、めっちゃ緩んでた」
「……は? え?」
爽やかに笑う彼を見て、顔が一気に熱くなるのがわかり、慌てて視線を逸らす。
その、今の顔は反則というかなんというか……。
「見てただけだろ、空」
「うん、見てた」
あっさり肯定され何も言えなくなるが、まるで愛おしいものを見るかのように俺を見つめていた。
「で、見てるお前がかわいい」
「……っ」
なんなんだよ、こいつ。
軽く言ってるくせに、逃げ場がない。
彼は言葉に詰まっている俺を見透かして、頭を撫でてきた。
「ほんと、わかりやすいよな」
「誰のせいだと思ってんだよ」
ぼそっと返すと、一ノ瀬は少しだけ目を細める。
なんでなのだろうか。二人きりのときだけいつもの仏頂面な、不機嫌そうな顔をしていない。
俺のことが好きだから……? う、うわ。自分で思って自分で照れるなんてとんだ……って、照れる? なんでだ?
一ノ瀬と会話中なのも忘れて、絶対に解けなさそうな難題に頭を抱えていると、彼が変(?)な瞳で囁いた。
「俺のせいでそんな顔してんの、結構好き」
「いや、意味わかんねぇんだけど」
「だってさ……俺のことでしかそんな反応しないじゃん」
「なっ……」
少しだけ距離が縮まって、肩が触れそうになる。
逃げようと一歩下がるも、その分だけ距離を詰められてしまい、フェンスに背中がぶつかって壁ドンならぬフェンスドンをされてしまっている状態に……。
逃げ場がなくて、どう反応していいかわからない。
じっと見つめられて、視線が外せない。
こいつはいつもどこか吸い込まれてしまいそうなくらい綺麗で、愛しいものを見るかのような瞳をしている。
今更だけど、なぜ一ノ瀬はこんな俺なんかを好きになったのか。そもそも彼は本当に俺のことを好きなのだろうか。一ノ瀬を見つめながら首を傾げる。
「……お前さ、俺のことちゃんと見てるよな」
ぼーっと沈黙が続いて、彼は俺から離れるのと同時にそう呟いた。
心臓が音を立てて、違う違うと否定している。
お前が見てるから視線が行くに決まってるだろ、とは絶対に言えず言葉を呑み込む。
「気のせいだろ」
ようやくそれだけ絞り出すと、「そっか」と彼はあっさりと引き、手を下ろして少して離れた。
俺は、フェンスにもたれかかって目の前の街を見ていたけど、頭上からとんでもない言葉を投げかけられる。
「じゃあ、俺が見てる。お前のこと」
心臓が、変な音を立てる。
嫌だと思うはずなのに、どこかでそれを拒みきれていない自分がいた。
「……は?」
さらっと当たり前みたいに言われた。
空にうっとりしていた気持ちはどっかに吹き飛ばされ、即座に振り返る。
「見てるからいいじゃん」
「よくねぇよ」
「なんで?」
いやなんでって言われても……。
そこまでして一ノ瀬は俺に付きまといたいのか?
ほんとは都合のいいやつとして扱いたいだけで、俺の事なんて好きなんかじゃないんじゃないのか? 考えるだけ嫌気がさす。
俺は心の声と重ねるように、喉につっかえていた声を絞り出した。
「……落ち着かねぇから」
そう言った瞬間、一ノ瀬は少しだけ嬉しそうに笑った。
いつもぶっきらぼうで、俺を見つめてくるときも真顔なくせに、なんでそんなに笑顔なんだよ。
周りに人がいたらいやなのか? 俺だけ嫌われてるって勘違いするだろ。
彼は、俺がそんなことを思っていたことを見透かしたように、俺の手を握って言った。
「……っ」
手を振りほどくこともできたはずなのに、なぜかできなかった。
その事実に気づいた瞬間、余計に逃げたくなる。
「じゃあ、もっと見る」
「やめろって」
「無理。……だって、かわいいし」
「え?」
一ノ瀬の瞳を見て、ドキッと胸が鳴る。どうして平気でそんなことが言えるのか不思議でしょうがない。
なるほど。こういうところが人たらしすぎるんだな、とつくづく思っていると彼の顔はむっとして、握っている手の力を強めた。
「お前さ。ほんと、俺のこと振り回すよな」
「振り回す……?」
意味がわからなくて顔を上げるけど、俺を愛おしそうに見つめているだけだ。
振り回すって、絶対お前の方が振り回しているだろとは言えるわけがなく、一ノ瀬が今何を考えているのかもわかるわけがなく、俺はずっと一ノ瀬の言葉を待っていた。
「無自覚でそれやるの、ずるい」
小さく呟かれ、耳がぶわっと熱くなるのがわかる。
その顔はほんの少しだけ真剣で、飲み込まれそうで、慣れそうで怖かった。
告白の返事も未だに考えられていないし、一ノ瀬がほんとに俺のことを好きなこともわからないし、頭を抱えている。
今さら聞くのも、「ほんとに俺のこと好きなの?」って聞くのも恥ずかしすぎてしょうがない。
……あ、あれ? 恥ずかしいだけで嫌じゃないのか、?
「ま、いいけど」
「よくねぇだろ……」
呆れたように返すけど、胸の奥は全然落ち着かない。
絶対こいつと同じような気持ちじゃないってわかってるはずなのに。こんなふうに、近くて。こんなふうに、まっすぐで。こんなふうに、特別みたいに扱われて。
「……ほんと、意味わかんねぇ」
一ノ瀬に聞こえないくらい小声で呟いた。
何が、どうなってるのか、わからないまま。
俺は鳴り止まない心臓を誤魔化すように、その場から去った。


