閉店後、制服の隣で。

数週間後、バイトに行こうと荷物を持って教室を出ようとしたが、何やら黄色い悲鳴が聞こえて廊下に出ることをためらう。
「玲央ー!」 「今日もやばいって!」という女の子たちの声が聞こえて声のする方に視線を向けるけど、今更ため息しか出てこない。
……またか。一ノ瀬玲央という人間は、どうして立っているだけでも絵になるのか。
最近彼は隙あらば俺に構ってくるし、バイト中もめちゃくちゃ素気ないくせに急に表情変わるし。もう怖い通りこしてドン引きしてきた。……でもあいつと一緒にいても不思議と疲れないのがなぞだ。
あぁやばい。一ノ瀬のこと考えてたら、必然的に当の本人がやってくるという呪いがあるんだった。
俺は今日のシフトを確認しながら視線だけそっちに向けた。
毎回一ノ瀬と被っている、ということはもうすっかり慣れて、呆れながらスマホをしまう。
別にあいつを見たいわけじゃない。ただ、騒がしいから目に入るだけ。そう思っているのに、視線が外れないのが少しだけ気に入らなかった。
人の輪の中心で、当たり前みたいに笑ってる、一ノ瀬。
柔らかくて、明るくて、誰に対しても同じ笑顔。距離も近くて、自然に肩に触れたり、軽く名前を呼んだりしてる。
ああいうの、計算じゃなくて“当たり前にできるやつ”なんだろうな、とぼんやり思う。
「ほんと王子様だよね」 「優しすぎるし」そんな声が、教室のあちこちから聞こえる。
……へえ。こないだまでなら、それで終わりだった。
興味ない、で切り捨てて終わり。なのに今日は、なぜか少しだけ目で追ってしまう。
笑ってる顔が、やけに目につく。昨日のバイトのとき、近くで見ていたせいかもしれない。
でもやっぱり別世界の人間だと思う。いや、実際そうだろ。ああいう場所にいるやつと、自分みたいなやつが交わることなんて、本来ない。
近づく理由もないし、近づこうとも思わない。そういう線引きは、とっくにできてるはずだった。
……はずなのに。
「なーに見てんの」
「……っえ」
すぐ近くから聞きなれた声がした。
さっきまで遠くにいたはずの声が、急に現実に引き戻してくる。びくっとして顔を上げると、そこには笑顔の欠片もない人が立っていた。さっきまで笑ってたやつ。
「……別に」
思わず目を逸らす。なんで来るんだよ。なんでわざわざ、こっちに。
バレないようにしてたのに。最悪だ。
「ふーん。……ちょうどこれからバイトだし、一緒に行く?」
興味なさそうに言うくせに、視線は外さない。じっと見てくる。
……やめろ。その距離、その視線、慣れてないんだよ。
彼を一度睨んでから、コクっとうなずいた。この流れでバイトに直行するっていうのもまぁ慣れたというか。
「お前さ。最近、俺のこと見てるよな」
校舎を出て、いきなりぽつりと言葉を投げかけられた。
「見てないし」
すると、ほんの少しだけ口角が上がる。でもどこか試すみたいな、意地悪な上がり方。
「嘘つけ」
「ついてない」
ただなんでこんな俺に構ってくるのか謎すぎて少し怖い、なんて言えないけど。
「じゃあ今の何」
「……たまたま」
「へえ」
納得してない声。……めんどくさい。
さっきまで、あんなに楽しそうに笑ってたくせに。 あの空気の中にいたやつと同じとは思えない。
なんで今こんな感じなんだよ。
「……あっち戻れば?」
顎で後ろの人だかりの方を指す。
「行かねー」
「なんで」
「めんどい」
は? 意味わからん。
そう笑う彼はほんとにめんどくさそうだった。
だからと言って俺のとこに来ていい、なんて言ってないんだけど。
「さっきまで普通にいたじゃん」
「今はいい」
「いや、行けよ」
「やだ」
……子供かよ。ほんとにさっきのどこ行ったんだ。
しかも、さっきまで“王子様”だったやつと同一人物とは思えないくらい、態度が雑だ。
ちなみに、俺はこいつに対して完全に敬語が外れた。このタイミングで言うのもなんだけど、俺はこの数週間でこいつに少しだけイライラを覚えているからだ。
「……ほんと意味わかんないんだけど」
そう言うと、一瞬だけ沈黙が落ちた。ほんの数秒なのに、やけに長く感じる。
「……どこが」
「全部さっきと違う」
はっきり言う。
こうやって俺たちが会話している中でも、気づかれないだろうと思っている一ノ瀬のファンたちが群がっている。……申し訳ない。ほんとはこんなやつと一ミリたりとも関わりたくないのに。
「笑ってたじゃん」
「うん」
「今笑ってない」
「必要ないし」
必要ないってなんだよ。
「……なんか、不機嫌に見える」
ぽつっと言うと、一ノ瀬の眉が少し動いた。ほんのわずかな変化なのに、やけに目につく。
いや別にそれが嫌だとかそういう意味じゃないけど、俺が悪いことしたみたいじゃんとこぼしそうになったけど、周りから怖すぎる視線をたくさん送られてくるので、飲み込んだ。
ただ歩いているだけなのに、後ろからの殺意が溜まっている。
「別に」
またそれ。
「絶対別にじゃないだろ」
「しつこ……」
「だって機嫌悪そうじゃん」
「だから違うって」
少しだけ声が低くなる。さっきより、ほんの少しだけ。
その変化に、なぜか引っかかる。
……やっぱ違う。学校で見る一ノ瀬玲央と、今目の前にいるこいつ。
同じ人間だとは思えない。どっちが本当なのか、わからなくなる。
「……じゃあなんでそんな顔してんの」
「どんな顔?」
どんな顔って……。
俺をずっと見つめてくる彼の瞳の中には何が映っているのか、全く想像できない。想像したくもない。
「近寄んなって顔」
さっきより隣にいる彼の足取りや表情は、俺でもわかるくらい不機嫌丸出しだ。
何に怒っているのか見当もつかないけど、これは明日、俺の命はジ・エンドになる予感しかしない。だって後ろからの……いやもう怖いから考えないようにしとこ……。
「出てる?」
「出てる」
「じゃあ近寄んなよ」
は? 
こいつ自分勝手すぎだろ……。俺よりこいつの方が悪役じゃねぇか。
「お前が来てんだろ」
「……確かに」
少しだけ間が空く。そのあとなぜか、ほんの少しだけ、少しだけまたいつもの表情で笑った。さっきまでとは違う。作ってない、軽い笑い。一瞬だけだったのに、やけに印象に残る。
……今の、なんだよ。思わず目で追ってしまう。
そのまま、何も言わずに店に入っていく背中。残るのは、違和感。
なんなんだよ、ほんとに。

バイト中も、落ち着かなかった。
「いらっしゃいませー」
いつも通りの接客、いつも通りの動き。なのに、視線が気になる。
ちらっと横を見ると、一ノ瀬がいる。……いや、いるのはいつも通りなんだけど。
いつもなら気にもしない“同じバイトのやつ”のはずなのに、今日はやけに存在感がある。
目が合うたびに逸らされてはまた見て、その繰り返しだ。
意味がわからない。
さっき学校であんな感じだったくせに。今はまた違う。
なんか、微妙に機嫌悪そうなまま。
というか、笑わない。接客中なのに、最低限の作った笑顔しか見せない。
他の客にはちゃんとしてるのに、ふとした瞬間だけ無表情に戻る。
「……なんなんだよ」
小さく呟いてカップにコーヒーを注ぐ。
……イラつく。というか、調子狂う。
距離取ろうとしても、なんか視線だけ来るし。話しかけてくるわけでもないのに、気配だけある。
落ち着かない。皿を運びながらも、背中に視線を感じる。振り返ると、やっぱりこっち見をてて、でもすぐ逸らされる。
「……いや、だから何なんだよそれ」
思わずもう一度小さく吐き出す。
ムカつくのに、無視すればいいのに、気がつけば、次に目が合うタイミングを待ってる自分がいる。

いやいやいや、意味わかんねぇだろ。自分の思考に、自分で引いた。
何、恋する乙女ぶってんの? きもい極まりないじゃん。
俺疲れてんのかな~。
「いや普通に考えておかしいだろ……なんで俺があいつ気にしてんだよ……」
小さくぶつぶつ言いながら、無意識にまた視線を探してしまう。
「凪沙ー、これお願い」
「あ、はい」
先輩に呼ばれて、慌てて動く。
その一瞬だけ、視線から解放された気がして少しだけ楽になった。
でも、注文を通しに行く途中、また視線が刺さる。お察しの通り一ノ瀬以外いない。
……これを毎回受けてる俺の身にもなってくれ……。
じっと見てきて、どうも居心地が悪い。お客さんの中には一ノ瀬のファンもいて、彼に接客してもらった人はみな口を揃えて言う「ほんとの王子様じゃん。」ほら今も。
少し諦めてはいるのだが……店長も気に入っているみたいでなんとなく気まずい。
「湊、あそこのお客さんの注文受けて」
「あ、うん」
ぼーっと考えていると、一ノ瀬が真面目な顔して俺の前に立った。
やっぱり俺、呪われてる……?
「あのさ……」
「ん?」
珍しく、少しだけ言いにくそうな顔をしてる。
ほんの一瞬だけ、視線が泳いだ気がした。
「すみませーん!」
一ノ瀬の何か言いずらそうな言葉は、すぐそこにいたお客さんによってかき消された。
何が言いたかったのかは別に気にならないが、目の前にいる意味不明生物の表情がまじで怖い。
「いや、やっぱなんでもない。俺行ってくるわ」
……は?
なんなんだよほんと。
「あ、ありがと」
眉を寄せると、玲央が少しだけ口を開きかけて、でも閉じた。結局何も言わない。
その中途半端な動きが、余計に引っかかる。
「……言えよ」
小さく、聞こえないくらいで呟いた。
彼は不機嫌度をなぜかまた上げたらしく、遠くから見てもわかるような怖い微笑みで、お客さんの元へ歩いていった。
いや、怖……なにあの顔……。思わず引き気味に呟く。
もし話しかけられたらどう返すか、無意識に考えてる自分がいる。
……ほんと意味わからん。
「……はぁ」
小さく息を吐いて、頬を両手でぺしぺしと叩いた。
集中しろ。仕事中だろ。そう思っても、頭のどこかにずっといる。
さっきの顔、低い声。一瞬だけ見せた笑い方。
あんな顔、他のやつには見せてない気がする。
……いや、知らねえけど。勝手にそう思って、勝手に引っかかってるだけだ。
なのに、また目が合って。今度は逸らさずに、ゆっくりと微笑み返してくれた。……俺は笑ってないけど。
ほんの一瞬なのに、やけに長く感じて、周りの音が少し遠くなった。皿の音も、会話も、ぼやける。
こんなにぼーっとしてたらクビになるな……。
「……何」
「別に」
一ノ瀬が厨房前の受け取り口に戻ってきて、気づかれないように口を開く。
……何もなかったら、そんなに毎回俺のこと見ないだろ……。
一時期は何かを警戒しているように見えたが、なぜかよく笑うので、その疑いは少し晴れたのである。
「いや絶対なんかあるだろ」
「ねーよ」
そっけないけど、目だけは逸らさなかった。
さっきまで避けてたくせに、今は逃げない。
逃げない視線に、なぜかこっちも逸らせなくなる。
……なんで逸らさねえの。小さく問いかける。逃げたら負けみたいな、よくわからない意地が生まれる。
「……っ、はぁ……」
先に耐えきれなくなって、視線を逸らした。
ほんと調子狂う……。ただそれだけなのに。ただ同じバイトのやつなだけなのに。
気づけば、全部そいつ中心に回ってるみたいで、無駄に疲れる。
俺はそのあとも一ノ瀬が甘い瞳で俺を見ていることなど、全く気づこうともしなかった。

閉店後。店内は静かで、さっきまでの喧騒が嘘みたいだった。
モップを動かしながら、俺はちらっと視線を横に向けた。
一ノ瀬がいる。同じように掃除をしている。……無言で。
さっきまでの空気が嘘みたいに静かで、逆に落ち着かない。
「……なあ」
ぽつっと声をかける。
「何」
やっぱり声のトーンが低くて、少しだけ肩がびくっとする。
幸い最後の片付けや掃除は俺たちだけで、店長は久しぶりに娘さんと会って帰って行った。
掃除をしながら、恐る恐る口を開いた。
「今日なんで機嫌悪いの?」
「悪くねーって」
まぁ、絶対否定すると思ってたから、ここまでは想定内だ。
でもその“即答”が、逆に図星っぽくてムカつく。
まぁでもこんなに機嫌が悪いとは思っていなかったが。
掃除してるだけでも態度で丸わかりなんだよな……。
「いや悪いだろ」
「普通」
「絶対普通じゃない」
少しだけ、動きが止まる。
俺が質問していく度に、彼の怒りメーターは多分上昇していくばかりだと思う。怒っているのを別に皮肉りたいとかそういうんじゃなくて。
ただ、俺が何かしてしまったのなら謝りたかった。……俺って、こんなにも人の心とかあったんだ……。
「……普通のやつはさ、そんな顔しながら“普通”って言わねーよ」
少しだけ踏み込んで言ってみる。
「……なんでそう思うわけ」
「表情とか態度が、さっきからずっと機嫌悪そう」
一ノ瀬は一瞬だけ黙って、またモップを動かした。
怒ってる人って、どうしてこんなにも自覚がないのか。
「……別に、変わってねーよ」
「変わってる」
……てかさ、明らかに俺のときだけ違うじゃん、とは言えずにお互い背を向けながら、言葉を紡ぐ。
「学校だと笑ってるじゃん」
「仕事じゃねーし」
この人、本当に学校の王子様なのか? 俺には反抗期の子供にしか見えないんだけど。
「じゃあ今は?」
「……知らね」
投げるような言い方に、頭がピリッとした。
なんだよそれ。
「……意味わかんな」
今日何度目かわからないため息をついて、ずっと喉に引っかかっていたことを話そうと決意した。
「お前さ、なんで俺にだけそんな態度なの」
言った瞬間空気が変わって、ぴたりと音が止まる。
俺は掃除をする手を止めて、一ノ瀬の方を向いた。
「……なんでって?」
彼は動きを止めて、ゆっくり、こっちを見る。その目が、さっきまでより少しだけ強い。まるで逃げ場がないみたいな視線。
「他のやつには笑ってるじゃん」
え、何。俺悲劇のヒロインぶってんの? え何。なんで?
「俺には笑わないし、なんかずっと機嫌悪いし」
言葉が止まらない。
「話しかけても適当だし、目も逸らすし、かと思えば見てくるし正直、どう反応すればいいのかわかんねーんだよ」
「湊……」
俺にだけ接してることが俺嬉しかったのか? 人に興味ないと思ってたのに。
「……嫌われてんのかと思うだろ普通」
言い切った瞬間、沈黙が流れてやけに長く感じる。
時間が止まったみたいに、空気が重くなる。
いや別に嫌われてても願ったり叶ったりだけど、昔から俺は困ってる人を放っておけない性格なんだから仕方がない。
「それで?」
「それでって何」
まじでムカつくこいつ……。
「本気で嫌われてると思ってんの?」
「いや思うだろ普通」
一ノ瀬が、こっちを見たまま黙る。その視線が、少しだけ変わって、さっきまでの不機嫌とも違う。かといって、学校の笑顔でもない。
何か言いかけて、飲み込んでるみたいな顔。
「……はは」
彼は目を見開いたかと思えば、小さく笑った。
「なんだよ……」
「いやその反応なに」
彼はモップに顎を乗せ、俺の瞳をまっすぐ見つめる。
その仕草に少しドキッとしたのは気のせいだと信じたいけど。
「お前、ほんとズレてるな」
「は? どこが」
いきなり意味不明な言葉を投げかけられるから、この反応も無理ないだろう。
「全部かな」
は……?
それは俺が阿呆ってことかよ。なんだよこいつ。
「具体的に言え」
「めんどい」
……ほんとにこいつ。今まで出会ってきた中で一番、
「……ムカつく」
「知ってる」
「じゃあ直せよ」
「無理だね」
また、少しだけ笑う。
このくだらない会話が少しだけ馬鹿らしくなってきて、俺は一ノ瀬に吊られるように笑った。
俺ってあんなにも人に興味がなかったのに、この一ノ瀬玲央とかいうやつに出逢ってから、ちょっとだけこいつに興味を持った。
学校の王子様とやらはさっきまで機嫌悪そうだったのに、瞬く間に笑みを浮かべるし、と思ったら柔らかいわけじゃないし。でも、嫌そうでもない。
「……その顔、他のやつにはしてんの?」
気づけば思っていたことが口から出ていた。
「は?」
「今の」
自分でも何を言っているのか、思っているのかわからない。
「……別に」
「絶対嘘だろ」
「あんな顔、さっきの教室じゃしてなかったし」
図星っぽく、一ノ瀬は俯いた。
「……なんか調子狂う」
正直な感想がぽろっとでる。
「ほんと意味わかんねえし、イラつくし、なのに気になるし。……なんなんだよお前」
この男は多分、まるで人間じゃないほどわからない。いつの間にか掃除という仕事もすっかり忘れていて、一ノ瀬は俺の言葉に少しだけ目を細めた。
「俺も。お前といると調子狂う」
さらっと言われるけど、俺の調子狂うと一ノ瀬の調子狂うはきっと違う。
あ、決して恋愛感情とかじゃないから安心しろ。
また俺の前にだけ見せる仏頂面に彼は戻ってしまって、すぐ返してしまった。
「……はぐらかすなよ」
と。まぁ、俺が傷つかねぇように気を使ってくれたんだろうということは、一瞬でわかった。
なんかいつもイラつくことばかりするけど、そういうとこだけは良い奴だな、とここ最近気づいた。
「はぐらかしてねーよ」
「いやしてるだろ」
「してねーって」
この会話何回目だよ……。結局俺が毎回折れてるじゃねぇか。
やっぱりこいつは良い奴なんかじゃねぇ。
「じゃあちゃんと言えよ。なんで俺にだけそうなのか」
彼は一瞬だけ視線を落として、モップを再び動かすのと同時に小さく言葉を放った。
「……言わねー。今は」
「今は、ってなんだよ」
「そのまま」
短い。くっそ、こいつどこまでもムカつくやつだな。
誰にだって言いたくないことの1つや2つはあるって知ってるけど、ここまで言ったなら聞きたくなるに決まってるだろ……。
内心で呆れながらもこいつはそういうやつだったな、ともう一度ため息をついた。
でも、一ノ瀬は不思議と逃げてるわけじゃないということはわかった。むしろ、“今は言わないだけ”って感じの言い方。
意味わからん。なのに、なぜか、その言葉が頭に残る。消えない。さっき見た笑顔も、今の言葉も、全部。
……なんなんだよ、ほんと。
ただ一つ、はっきりしてることがある。もう、「どうでもいい人」ではなくなってる。俺は、こいつに少しだけ期待をした。あの過去も、きっと一ノ瀬なら消してくれるだろうという気持ちを持って。
それだけは、確かだった。