孤高の鬼神は、嘘つき巫女だけを信じている

(伝えるべきなのかしら……?)

 自分が兆視で見たものを伝えた時に返ってきた冷淡な反応たち。
 前もって覚悟していても、案の定、苦々しい対応をされる度に傷付いた。
 
(私が伝えることで回避できるのなら……。でも、軽率な言葉を慎むようにと大久保様にも……)

 和未は迷っていた。
 躊躇が邪魔をして、どうすべきなのか答えを探せないでいると兆視で力を使ったからか身体の力が抜ける感覚に襲われる。

「……きゃっ」

 崩れそうになった和未は縁雅の力強い腕に支えられていた。

「すみません……!」

 慌てて和未は姿勢を正す。
 涼成も玄信も、そして他の兵も縁雅と和未2人の様子を見つめていた。
 あの距離を一瞬で詰めて、崩れそうになった和未を支えた縁雅。
 縁雅から和未に触れたこと。
 稀有どころか討伐軍の誰にとっても初めて目にする光景だった。

「――どうした?」

 手を離されながらも、縁雅の紅い瞳に拘束されるような感覚に和未は陥った。
 そうされてしまえば和未に退路はない。
 和未は覚悟を決めるように一度、長い睫毛を伏せた。

「夜になると、妖に襲われます……」

 そう和未が伝えると、誰もが黙っていた。

「先ほど出てきた妖よりも大きく……人の形をしていて知性もあるようで……」

 涼成の顔に「またか」とでも言いたげに呆れが浮かぶ。

「根拠のない話で進軍を止めるわけにはいかない」

 苛立ちを隠しもせず涼成は和未の兆視を一蹴した。
 誰が見ても涼成の判断は正しい。

「――夜営の配置を変える」

 縁雅の一言を誰もがすぐに咀嚼(そしゃく)できなかった。

「この地点は外す」

 毅然とした縁雅からの指示。

「……縁雅様、本気でおっしゃっていますか?」
「――ああ。何か問題あるか?」
 
 縁雅に問い直され、涼成は何かを飲み込むように押し黙る。
 それでも短く息を吐くと、涼成は鮮やかに切り替えた。

「配置を変更する。各隊長のみ、私の元に集合しろ」

 涼成が周囲へと指示をとばす。
 隊が動いていく様子を和未は眺めていた。

(また縁雅様は信じてくれた……。何の根拠も証明も理由もない私の話を疑うことなく……)

 軍の進路を変えたことで、森の様相は少しの変化を見せた。
 木々の密度が緩み、陽光が取り込まれ、視界が開ける。
 明るくなったからといっても気を抜けるわけじゃない。
 どこにでも何かが潜むことが出来、こちらの様子が見やすくなる。
 隊は速度を落とすことなく進んでいた。
 足並みは揃い、誰もが遅れをとらない。
 結界巫女も鍛えられているのか、足取りは軽やかだ。
 和未は肩で息をしながらも必死に周囲に合わせていた。

(……嫌な感覚がずっとこびりついて消えない……)

 進路を変えても、同じ森。
 今ではないけど、確実に未来は訪れる。
 その間が和未の恐怖を煽った。
 いつ崩れるのか分からない均衡。
 不確かな何かが続いている。

「この地で夜営をとる。準備を進めよ」

 森の中の開けた地で、後方から涼成が声を上げると、隊が一斉に止まった。
 空からの光がすでに乏しくなってきている。
 日を失った後の鬱蒼とした森を進むのは危険だと妥当な判断だった。
 兵たちが動き出し手慣れた動きで、陣が組まれていく。
 後方では玄信が指示を回していた。
 円形配置される外周、火を使う場所、兵は素早く手慣れた動きで無駄なく配置されていく。
 結界巫女たちも、すでに陣を整えていた。
 地に符を置き、位置を測り、静かに詠唱し術を行使している。

(これが戦場の日常……)

 和未はその様子を見つめていた。
 巫女庁の庁内にいるだけでは決して知らなかった景色。
 前線で戦う者たちが当たり前のように繰り返す常に危険と隣り合わせの日々。
 和未は自分だけがこの場に溶け込めていないのを実感していた。

「結城和未」

 涼成に呼ばれて振り返る。

「中央にいろ。決して勝手に動くな」
「……はい」

 涼成に指示を出され、和未は指定された位置へ向かう。
 和未は守るべき対象で、戦力ではない。
 自分の扱いを和未は理解している。
 各自が役割を果たし忙しなく動いている中で和未は眺めていることしか出来ない。

(やるべきことが違うだけ……)

 そう言い聞かせても、自分の頼りなさが際立って和未の表情を曇らせた。
 ふと今までとは何かが違う視線を感じ、目線を上げる。
 
(縁雅様……?)

 少し離れた位置。
 縁雅の紅い瞳が鋭く和未を射抜く。
 それだけで、息が詰まるような圧があった。  
 2人の視線が交差する。
 それは一瞬で縁雅のほうから逸らすように解かれた。
 ただそれだけなのに、和未の力んでいた身体が緩まっていく。

(縁雅様は私がここにいることを承認してくれている)