「……前もお伝えしましたが、私は縁雅様のご判断に賛成できかねます……」
器が宿命として一人で背負い、一人で消える。
代々、脈々と受け継がれてきた系譜。
縁雅は父親から、父親はその前の器から。
縁雅が亡くなれば、一族の人間の中から、次の器が選ばれ発動する。
繰り返されてきた残酷な古流。
今まさに繋ぐため、縁雅は黙したまま立ち上がる。
裂けた皮膚から血が溢れ出た。
苦痛を伴わないわけがないにも関わらず縁雅は面に出さない。
「動けば傷が広がります……」
声をかけても和未に何も語らない縁雅。
今から縁雅が何をしようとしているのか和未は知っている。
兆視で見た――縁雅の死の場面。
あの場面に現実が追いつく。
和未は足元が揺れながらも、前へ進む。
縁雅の隣へと。
「――来るな」
「嫌です」
即答だった。
いつも慎重に言葉を選びながら、ゆったりと話す和未にしては尖った口調。
縁雅の美貌が顰められる。
実際には、ほぼ縁雅は無表情なのだが、和未には些細な変化を感じ取っていた。
「私も行きます」
「――戻れ」
「縁雅様に置いていかれるほうが嫌です……」
縁雅が足を止めて、和未へ向き直る。
「――和未も死ぬかもしれない」
「……覚悟のうえです」
「俺は……」
縁雅は言葉を切った。
縁雅は器としての宿命を不変のものとして受容している。
だから縁雅の何もかもを和未へと遺さないようにしているのだと。
一片の言葉でさえも。
自分が先に逝くと縁雅は知っているから。
和未は縁雅の感情をそう解釈していた。
――誰よりも和未の全てを見てくれていた縁雅は死ぬ間際まで和未を慮ろうとする。
「――和未は生きろ……」
縁雅の揺るがぬ紅い瞳に憂いが混ざった。
封印の社に火が回っていく。
炎が揺れる。
崩壊の時が迫っていた。
空気ごと大きく振動し、規則正しく地が脈打っている。
禍津日神の鼓動だと。
すでに封印は限界を迎えていた。
「……これからも私は生きるつもりです」
和未は右目だけで縁雅の緋色の瞳をしっかりと捉えた。
「縁雅様と、ご一緒に……」
縁雅の双眸が細められる。
これから身を以って禍津日神の封印の器となり最期を遂げる縁雅へとかける言葉にしては適正を欠いていた。
「……縁雅様に待つ死の未来を変えたいと、ずっと思ってきました……」
「器は他の誰にも務まらない」
「わかっています。縁雅様が器として封じなければ禍津日神は復活します。今度こそ瑞國が滅びの危機を迎えることも」
「わかっていない」
縁雅の口調は厳しかった。
縁雅は何にも揺らがないことを和未は脳髄まで知っている。
けれど和未も引くわけにはいかなかった。
「……兆視で見た未来は変えられます。現に変わってきています」
「俺が器であることは変わらない」
「はい。……でも、私がここにいます」
和未の大きな瞳は澄み渡り、どこまでも深かった。
「……私が禍津日神の核を見つけます」
縁雅は双眸を瞠った。
縁雅にしてはわかりやすい表情の変化だった。
和未の申し出は縁雅を以ってしても不意をつかれる提案だったのだろう。
「私たちの先人に禍津日神の核が見える人間が存在しなかったのかもしれません。もしくは、禍津日神の核まで断てなかったのか……。禍津日神の封印がかろうじてでも残されている今しか好機はありません。完全に復活したら、もう探すことすら難しいかと……」
「――探せるのか?」
「探します。久遠の核も見抜けました」
「だが……」
「縁雅様の懸念もわかっています。現にこうして私は兆視を酷使したことで左目の視力を失いました」
禍津日神の核を探すことがどれだけ薄氷を踏むことであるのか想像もつかない。
死と隣り合わせであることも。
(怖くないと言えば嘘になる……。でも……)
「私は縁雅様と、今だけじゃなくて未来も共に生きたいです……」
縁雅はまるで壊れ物でも扱うかのように、そっと和未を片腕だけで抱き寄せた。
手負いだからだという理由だけで済まされないほど圧倒的な力を持つ縁雅が優しく、繊細に。
まだ自身で何かを抑制するかのように、身体同士が触れ合わない距離感で。
それでも互いの熱を帯びた温度が感じ取れる。
縁雅の自分のものとは違う鍛え上げられた硬い上半身。
和未は輪郭さえ曖昧になるほどの至近距離で血に濡れた円環の紋を眺める。
触れなくても息づいているのが伝わってきた。
「私が禍津日神の核を見つけるだけでは終わりません……」
「……」
「縁雅様しか禍津日神の核を断てません」
瑞國の歴史を辿れば、永きに亘って何千、何万、幾星霜もの犠牲が妖によって人間に齎されてきた。
頭では理解していても実際に戦場で妖との闘いを目の当たりにして、いかに理不尽で壮絶であるか和未は何度となく心を砕かれた。
現実に打ちのめされても、滅びの未来しか見えなかったとしても。
一条にも満たない光明を信じて、誰もが命を賭して妖と対峙してきた。
現実から目を背けず、逃げないで。
「――俺から離れるな」
器が宿命として一人で背負い、一人で消える。
代々、脈々と受け継がれてきた系譜。
縁雅は父親から、父親はその前の器から。
縁雅が亡くなれば、一族の人間の中から、次の器が選ばれ発動する。
繰り返されてきた残酷な古流。
今まさに繋ぐため、縁雅は黙したまま立ち上がる。
裂けた皮膚から血が溢れ出た。
苦痛を伴わないわけがないにも関わらず縁雅は面に出さない。
「動けば傷が広がります……」
声をかけても和未に何も語らない縁雅。
今から縁雅が何をしようとしているのか和未は知っている。
兆視で見た――縁雅の死の場面。
あの場面に現実が追いつく。
和未は足元が揺れながらも、前へ進む。
縁雅の隣へと。
「――来るな」
「嫌です」
即答だった。
いつも慎重に言葉を選びながら、ゆったりと話す和未にしては尖った口調。
縁雅の美貌が顰められる。
実際には、ほぼ縁雅は無表情なのだが、和未には些細な変化を感じ取っていた。
「私も行きます」
「――戻れ」
「縁雅様に置いていかれるほうが嫌です……」
縁雅が足を止めて、和未へ向き直る。
「――和未も死ぬかもしれない」
「……覚悟のうえです」
「俺は……」
縁雅は言葉を切った。
縁雅は器としての宿命を不変のものとして受容している。
だから縁雅の何もかもを和未へと遺さないようにしているのだと。
一片の言葉でさえも。
自分が先に逝くと縁雅は知っているから。
和未は縁雅の感情をそう解釈していた。
――誰よりも和未の全てを見てくれていた縁雅は死ぬ間際まで和未を慮ろうとする。
「――和未は生きろ……」
縁雅の揺るがぬ紅い瞳に憂いが混ざった。
封印の社に火が回っていく。
炎が揺れる。
崩壊の時が迫っていた。
空気ごと大きく振動し、規則正しく地が脈打っている。
禍津日神の鼓動だと。
すでに封印は限界を迎えていた。
「……これからも私は生きるつもりです」
和未は右目だけで縁雅の緋色の瞳をしっかりと捉えた。
「縁雅様と、ご一緒に……」
縁雅の双眸が細められる。
これから身を以って禍津日神の封印の器となり最期を遂げる縁雅へとかける言葉にしては適正を欠いていた。
「……縁雅様に待つ死の未来を変えたいと、ずっと思ってきました……」
「器は他の誰にも務まらない」
「わかっています。縁雅様が器として封じなければ禍津日神は復活します。今度こそ瑞國が滅びの危機を迎えることも」
「わかっていない」
縁雅の口調は厳しかった。
縁雅は何にも揺らがないことを和未は脳髄まで知っている。
けれど和未も引くわけにはいかなかった。
「……兆視で見た未来は変えられます。現に変わってきています」
「俺が器であることは変わらない」
「はい。……でも、私がここにいます」
和未の大きな瞳は澄み渡り、どこまでも深かった。
「……私が禍津日神の核を見つけます」
縁雅は双眸を瞠った。
縁雅にしてはわかりやすい表情の変化だった。
和未の申し出は縁雅を以ってしても不意をつかれる提案だったのだろう。
「私たちの先人に禍津日神の核が見える人間が存在しなかったのかもしれません。もしくは、禍津日神の核まで断てなかったのか……。禍津日神の封印がかろうじてでも残されている今しか好機はありません。完全に復活したら、もう探すことすら難しいかと……」
「――探せるのか?」
「探します。久遠の核も見抜けました」
「だが……」
「縁雅様の懸念もわかっています。現にこうして私は兆視を酷使したことで左目の視力を失いました」
禍津日神の核を探すことがどれだけ薄氷を踏むことであるのか想像もつかない。
死と隣り合わせであることも。
(怖くないと言えば嘘になる……。でも……)
「私は縁雅様と、今だけじゃなくて未来も共に生きたいです……」
縁雅はまるで壊れ物でも扱うかのように、そっと和未を片腕だけで抱き寄せた。
手負いだからだという理由だけで済まされないほど圧倒的な力を持つ縁雅が優しく、繊細に。
まだ自身で何かを抑制するかのように、身体同士が触れ合わない距離感で。
それでも互いの熱を帯びた温度が感じ取れる。
縁雅の自分のものとは違う鍛え上げられた硬い上半身。
和未は輪郭さえ曖昧になるほどの至近距離で血に濡れた円環の紋を眺める。
触れなくても息づいているのが伝わってきた。
「私が禍津日神の核を見つけるだけでは終わりません……」
「……」
「縁雅様しか禍津日神の核を断てません」
瑞國の歴史を辿れば、永きに亘って何千、何万、幾星霜もの犠牲が妖によって人間に齎されてきた。
頭では理解していても実際に戦場で妖との闘いを目の当たりにして、いかに理不尽で壮絶であるか和未は何度となく心を砕かれた。
現実に打ちのめされても、滅びの未来しか見えなかったとしても。
一条にも満たない光明を信じて、誰もが命を賭して妖と対峙してきた。
現実から目を背けず、逃げないで。
「――俺から離れるな」



