孤高の鬼神は、嘘つき巫女だけを信じている

 縁雅は、ただ見下ろしている。
 余燼(よじん)がくすぶる玄信の焼死体を。
 感情を表情にのせることはなく、緋色の瞳で。
 和未は縁雅へと歩み寄った。
 そっと隣へと立つ。
 かろうじて、人だったということしか判別不能な黒ずんだ遺体。
 焼けた黒い腕が、何かを押さえ込むような形のまま残っていた。
 最期の最期まで久遠を離さなかったのだろうとわかる。
 不思議と煙や焼死体の腐敗臭は漂っていない。
 反射的に和未は目を逸らしそうになったが、縁雅と視界を共有するように玄信を見下ろした。

(玄信殿……)

 和未は目を伏せて合掌する。
 己の最期の言葉を和未へと託した玄信。

(最後まで縁雅様の傍にいてほしいと……)

 どんな気持ちであの言葉を和未に告げたのか、和未の胸は抑えこんでも震えだす。
 今にも嗚咽が漏れそうで必死に耐えた。

「玄信らしい最期だったな」

 和未の隣には涼成が立っていた。
 誇るでも慰めるでもなく、事実を告げる声。
 自らを犠牲にして道を作った玄信。
 生き残った兵たちが静かに玄信の遺体の方角へと頭を下げ続けていた。

「……終わった……のか……」
「俺たち、勝ったよな……」

 兵たちはようやく戦場を見回して声を発した。
 それぞれに結界を行使し続けていた結界巫女たちも煤や土埃で顔を汚しながら、視線を巡らす。
 戦場一帯は無数の遺体が散乱している。
 息はしていても身体の一部を損傷していたり、起き上がれない兵も多くいた。
 けれども妖は久遠が連れ去ったかのように行方が知れない。
 縁雅が久遠を第三の目ごと斬った時に出来上がった地面の裂け目だけが残っていた。
 極限の緊迫が続いていただけに兵たちは荒い呼吸を繰り返すのみ。
 不自然な閑寂(かんじゃく)が場を覆い尽くしていた。

(……終わってなんかいない……)

 和未の本能が先に告げてきた。
 それを物語るように縁雅も涼成も警戒を緩めていない。
 三者の目線の先にあるのは同一のもの。
 ――禍津日神の封印の社。
 地の底で何かが、ズッ……と轟いた。
 風が止む。
 ゆっくりと脈打っている。
 空間ごと、全てが。
 深く、重く。
 それは、まるで巨大な何かの呼吸のようで。
 ――逃げろ、と。
 全員の直感に訴えかけられただろう。
 しかし、全てが遅い。
 逃げ場なんて境界に入った時から、すでになかった。

(これは……禍津日神の……)

 空気が爆ぜる。
 音速で広がっていく世界そのものを叩き潰すような衝撃。
 悲鳴を上げる間さえない。
 身体が浮く。
 兵も、巫女も区別なく吹き飛んだ。
 結界の光が一瞬で闇に溶かされる。
 和未の視界は白く弾け、世界は暗転した。