低く楽しむような久遠の声。
久遠は意図的に和未の周辺へと雑妖を数体出現させる。
周囲の兵がそれらを蹴散らしている隙を狙って、和未の周りに空いた間を作った。
(わざと……)
和未を隔離させた次の瞬間には何かが飛来してきていた。
尖らせた矢のように鋭利な圧の塊。
(避けられない)
和未はきつく瞼を閉じた。
間近で火花が弾ける。
割り込んだ縁雅の刀がそれを叩き落としていた。
「……縁雅様」
目を開ければ、縁雅の背中。
刀身を久遠へと向けながらも、和未を隠すように立っていた。
『やはり、その女を取るか』
宙に浮かびながら、久遠は満足げに笑った。
『こちらに踏み込めば、もう一度、私を斬れただろうに』
縁雅は挑発的な久遠の科白に答えなかった。
和未の位置から縁雅の顔は見られない。
けれど、縁雅の後ろ姿から久遠への威圧が数段増したのはわかった。
久遠は二人を見下ろしながらも、わかりやすく和未だけへと視線を送る。
『敵に回しておきたくない。妖側に来い』
「……え?」
『人間よりも良い待遇を約束しよう。人間と違って妖は“嘘つき巫女“などとお前を蔑まない』
久遠の誘いにビクッと和未の胸が縮こまる。
(何で、久遠という妖がその呼び名を……)
確かに巫女庁で肩身の狭い日々を送ってきた。
”嘘つき巫女”と蔑まれ、自分の居場所がないような、無力感に苛まれた日々。
それでも和未は妖側につこうなんて気は微塵もない。
和未が断る前に、口を開いたのは縁雅だった。
「――答える必要はない」
縁雅は目線だけで振り返り、和未へと低く告げて、すぐに久遠へと向き直る。
和未が目を瞬かせていると、
「――和未は渡さない」
と、縁雅は久遠に言い切った。
心拍数を上げて熱を帯びていく胸のうち。
同時に冷まそうとしている自分がいることを和未は否定できなかった。
(縁雅様が私を守りたいのは討伐軍の総大将だからで……)
――そして器である縁雅の最期は近いのだから。
「……」
和未は悲哀な表情を浮かべながらも、黙することを選択した。
何も言葉が見つけられなくて、そうするしかない。
多数の妖を斬り捨てながら、涼成も玄信も三者の様子を窺っていた。
『女は拒んでいないようだが……』
「……」
びくりと身を揺らしながらも、和未は表情を隠すように下を向く。
縁雅に庇護され続けてはいけない気がしていた。
和未は複雑な胸中を奥底にしまい込んで、縁雅の背から一歩前へと出る。
顔を上げて、久遠だけを一点に視線の先を据えた。
――それが和未の拒絶だと。
久遠は虚をつかれたように目を瞠ると、和未から目を離せなくなっていた。
久遠へと和未は微笑みかける。
それは僅かに和未へと残っていた幼さや初々しさが消えた、蠱惑的で気高いもので。
「――縁雅様、あの妖の喉元に核が」
和未に見惚れていたと久遠が自覚した次の瞬間には目の前へと縁雅が距離を詰めていた。
――謀られた。
和未に自分の隙を作られたと久遠が認識した時には縁雅の刃が首へと届いていた。
確かな手応え。
(……届いた……)
久遠の存在が初めて崩れかけた。
縁雅の刃が核まで迫っていた刹那。
『……厄介な女よ……』
久遠は不敵に笑う。
その途端、和未は意識が途切れた。
まるで空を仰ぐように和未は後ろへと倒れていく。
『無理させすぎだ……』
後頭部や背中を地面へと強打する直前に縁雅が滑り込むように腕で支えた。
その間に久遠の首の切断面は瘴気を纏いながら、元の形に結ばれていく。
「んっ……」
縁雅の腕の中で瞼を閉ざしたまま、和未の眉間が苦しそうに寄っていた。
『私の核さえ見破ることができるのか……。ただ視える代償は大きいぞ』
「うっ……んんっ……」
久遠の科白を肯定するように、和未は締めつけるような激しい頭痛に襲われていた。
『その女を使い潰す気か?』
縁雅は苦痛に顔を歪ませる和未を自身の膝へと乗せて腕に抱きながら、久遠の問いには答えなかった。
ただ苦しげに荒い呼吸を繰り返す和未を緋色の瞳で見つめている。
――その双眸を細めて。
『長くはもたないぞ……ん?』
宙へと立つ久遠に向かって、矢の群れが一斉に飛んでくる。
和未と縁雅の手によって久遠が核を断たれそうになったことで妖が一時的に生まれなくなり、兵に余裕が生まれた。
結界巫女も詠唱を変える。
討伐軍全体として攻撃対象を久遠へと照準をしぼった。
『またお前たち二人か……』
久遠は矢を払いながら、縁雅と和未に向かって告げる。
その表情からは余裕が消えていた。
核を斬られる直前だったことで痛手は大きく、回復する力も弱まっているようだった。
『奥で待つ』
久遠の身体が消えていく。
気配は残っている。
遠ざかっただけだった。
片足の鳥居の更に奥へと。
久遠は意図的に和未の周辺へと雑妖を数体出現させる。
周囲の兵がそれらを蹴散らしている隙を狙って、和未の周りに空いた間を作った。
(わざと……)
和未を隔離させた次の瞬間には何かが飛来してきていた。
尖らせた矢のように鋭利な圧の塊。
(避けられない)
和未はきつく瞼を閉じた。
間近で火花が弾ける。
割り込んだ縁雅の刀がそれを叩き落としていた。
「……縁雅様」
目を開ければ、縁雅の背中。
刀身を久遠へと向けながらも、和未を隠すように立っていた。
『やはり、その女を取るか』
宙に浮かびながら、久遠は満足げに笑った。
『こちらに踏み込めば、もう一度、私を斬れただろうに』
縁雅は挑発的な久遠の科白に答えなかった。
和未の位置から縁雅の顔は見られない。
けれど、縁雅の後ろ姿から久遠への威圧が数段増したのはわかった。
久遠は二人を見下ろしながらも、わかりやすく和未だけへと視線を送る。
『敵に回しておきたくない。妖側に来い』
「……え?」
『人間よりも良い待遇を約束しよう。人間と違って妖は“嘘つき巫女“などとお前を蔑まない』
久遠の誘いにビクッと和未の胸が縮こまる。
(何で、久遠という妖がその呼び名を……)
確かに巫女庁で肩身の狭い日々を送ってきた。
”嘘つき巫女”と蔑まれ、自分の居場所がないような、無力感に苛まれた日々。
それでも和未は妖側につこうなんて気は微塵もない。
和未が断る前に、口を開いたのは縁雅だった。
「――答える必要はない」
縁雅は目線だけで振り返り、和未へと低く告げて、すぐに久遠へと向き直る。
和未が目を瞬かせていると、
「――和未は渡さない」
と、縁雅は久遠に言い切った。
心拍数を上げて熱を帯びていく胸のうち。
同時に冷まそうとしている自分がいることを和未は否定できなかった。
(縁雅様が私を守りたいのは討伐軍の総大将だからで……)
――そして器である縁雅の最期は近いのだから。
「……」
和未は悲哀な表情を浮かべながらも、黙することを選択した。
何も言葉が見つけられなくて、そうするしかない。
多数の妖を斬り捨てながら、涼成も玄信も三者の様子を窺っていた。
『女は拒んでいないようだが……』
「……」
びくりと身を揺らしながらも、和未は表情を隠すように下を向く。
縁雅に庇護され続けてはいけない気がしていた。
和未は複雑な胸中を奥底にしまい込んで、縁雅の背から一歩前へと出る。
顔を上げて、久遠だけを一点に視線の先を据えた。
――それが和未の拒絶だと。
久遠は虚をつかれたように目を瞠ると、和未から目を離せなくなっていた。
久遠へと和未は微笑みかける。
それは僅かに和未へと残っていた幼さや初々しさが消えた、蠱惑的で気高いもので。
「――縁雅様、あの妖の喉元に核が」
和未に見惚れていたと久遠が自覚した次の瞬間には目の前へと縁雅が距離を詰めていた。
――謀られた。
和未に自分の隙を作られたと久遠が認識した時には縁雅の刃が首へと届いていた。
確かな手応え。
(……届いた……)
久遠の存在が初めて崩れかけた。
縁雅の刃が核まで迫っていた刹那。
『……厄介な女よ……』
久遠は不敵に笑う。
その途端、和未は意識が途切れた。
まるで空を仰ぐように和未は後ろへと倒れていく。
『無理させすぎだ……』
後頭部や背中を地面へと強打する直前に縁雅が滑り込むように腕で支えた。
その間に久遠の首の切断面は瘴気を纏いながら、元の形に結ばれていく。
「んっ……」
縁雅の腕の中で瞼を閉ざしたまま、和未の眉間が苦しそうに寄っていた。
『私の核さえ見破ることができるのか……。ただ視える代償は大きいぞ』
「うっ……んんっ……」
久遠の科白を肯定するように、和未は締めつけるような激しい頭痛に襲われていた。
『その女を使い潰す気か?』
縁雅は苦痛に顔を歪ませる和未を自身の膝へと乗せて腕に抱きながら、久遠の問いには答えなかった。
ただ苦しげに荒い呼吸を繰り返す和未を緋色の瞳で見つめている。
――その双眸を細めて。
『長くはもたないぞ……ん?』
宙へと立つ久遠に向かって、矢の群れが一斉に飛んでくる。
和未と縁雅の手によって久遠が核を断たれそうになったことで妖が一時的に生まれなくなり、兵に余裕が生まれた。
結界巫女も詠唱を変える。
討伐軍全体として攻撃対象を久遠へと照準をしぼった。
『またお前たち二人か……』
久遠は矢を払いながら、縁雅と和未に向かって告げる。
その表情からは余裕が消えていた。
核を斬られる直前だったことで痛手は大きく、回復する力も弱まっているようだった。
『奥で待つ』
久遠の身体が消えていく。
気配は残っている。
遠ざかっただけだった。
片足の鳥居の更に奥へと。



