縁雅は理解できる。
人間側の最高戦力。
比類なき孤高の鬼神。
”器”たるべき人物。
それでも久遠が告げた2人というのは縁雅と和未を指していることは疑いようもない。
(……どうして私が……)
久遠の言葉は和未を混乱させる一方。
和未の肩に回された縁雅の腕に力がこめられる。
まるで言葉の代わりに。
「縁雅様」
涼成が進み出てくる。
「――ああ。まだ奥にあるな」
ここは、まだ通過点の一つに過ぎないのだと誰もが理解していた。
「恐らく先ほど、かけられた圧のように、この先も相手の策は待ち構えているでしょう」
「それでも進むしかないよな。な、総大将」
あえてなのか玄信が明朗な口調で言う。
縁雅はその言葉へとすぐに返事はせず、前を睥睨していた。
「――行く」
縁雅が端的に言う。
それだけで隊は奮い立つ。
討伐軍は更に進んだ。
奥へ進むほど、歪みは穏やかになる。
まるで”凪”。
荒れてもいない。
抵抗も感じない。
だからこそ、兵たちは危うさに駆られていた。
この整っている状態に油断をしたら一気に寝首を掻かれそうな恐怖。
隊列は揃っていた。
怖いほど正確に。
(違う……)
平常を装うことで観測されている。
こちらの情報を収集し、測られているように和未には思えた。
「うわああ!!」
後方で兵の叫びが響く。
和未が振り返ると、一人の兵が膝まで地面へとめり込んでいた。
地にそこだけ黒い沼が作られたかのように兵は段々と沈んでいく。
「――開けろ」
すぐさま動いたのは縁雅だった。
兵の合間を最短で突っ切っていく。
「左側に核が!」
和未も声を飛ばす。
地に出来た兵が沈んでいく窪みの外縁。
星のように光る針先のような極小の核。
縁雅はその一点へと正確に刀を薙ぐ。
沈みが消える。
兵は引き戻された。
地面へと膝をつく。
「はあ……はあ……」
「大丈夫か?」
両手と両膝を地につけて荒い呼吸を繰り返す兵に、仲間たちが駆け寄った。
「突然、足をとられて……」
「何はともあれ、無事で良かった」
「縁雅様に救われた……」
兵は起き上がりながら、縁雅の背中を目で追いかける。
すでに縁雅は踵を返して隊列の先頭へと戻っていた。
――和未の元へと。
「縁雅様」
「ああ」
縁雅と和未は立ち止まり、前方の同じ場所へと視線を馳せていた。
「どちらか選択しろってか?」
玄信は笑う。
前方には全く同じに見える道が2つ分岐していた。
どちらも繋がっている場所が不明である。
「間違えれば、終わるだろうな」
涼成の声質も硬い。
ふと和未は自分に視線が集まるのを感じた。
「……見ます」
一歩、前に出る。
最初からそのつもりだった。
和未の勘では、どちらに進んでも誤りだと警鐘を鳴らしてきていた。
それは縁雅も同様だった。
「支えが必要なら言え」
「……はい」
縁雅には和未を疑うという選択肢は存在しない。
全面的に信頼されている。
それだけで和未は心強く思う。
(縁雅様の期待に応えたい……)
和未はそっと瞼を閉じた。
五感を研ぎ澄ます。
精神の海がさざ波一つ立たない状態にまで集中力を高める。
そして、目を開く。
濁りのない瞳で、じっと双方の道を見つめた。
(この道は分岐しているわけではない……)
「……どちらも違うようです……」
「何だって?」
和未に対して玄信が疑問を覚える。
「縁雅様、二つの道のちょうど中心点に核があります」
縁雅は紅い瞳で和未の指先が示す場所を辿る。
「俺には何も見えん」
「玄信は黙ってろ」
玄信と涼成が後方で会話を交わしている。
縁雅は和未の意を汲み、和未が示した核を的確に刀で断つ。
途端に双方の道は一つへと重なった。
「嬢ちゃん、どういうわけだ? 何も見えなかったが」
「どちらも違っていたんです。恐らく、あのまま進めば隊ごと呑み込まれていたかと。縁雅様に核を壊していただいたことで、歪みが正され、本来の道が現れたのだと思います」
「へえ。両方、間違いか」
「だから縁雅様は踏み込まなかったのか」
玄信と涼成の言葉を受けながら、ずっと続く頭の疼痛を意識の隅に追いやる。
「すげえ。偽者じゃない。……言葉なしで、あそこまで縁雅様と噛み合うのかよ」
また、あの若い兵が和未に対して、宵の明星のような煌めく眼差しを向けてくる。
「お前は口を閉じてろ」
涼成に注意されて、若い兵はばつの悪い表情を浮かべてはいたが反省はしていないようだった。
感情が先に立ち、本心から縁雅と和未に対して崇めあおいでいる。
余りの純粋な視線と想いをぶつけられて、和未は面映ゆくて俯いた。
「――近いな」
縁雅だけは何事もなかったかのように少しも動じず、ただ状況を見極めて判断する。
開かれた道。
その奥へと縁雅を先頭に隊列は再び進む。
(終点が近いのだわ……)
縁雅の斜め後方を歩きながら、和未は確信する。
上下左右から重い空気で圧迫されているかのようだった。
(え……?)
隊列で動いていたはずなのに、いつの間にか和未は一人で歩いていた。
視界が悪い。
足音も聞こえない。
その場に立ち止まり、ぐるりと視線を周回させる。
誰もいない。
ただ、ただ深い闇があるのみ。
「縁雅様……?」
暗がりに問いかけてみても返事はない。
(ここは、どこ……?)
和未は一人になっていた。
人間側の最高戦力。
比類なき孤高の鬼神。
”器”たるべき人物。
それでも久遠が告げた2人というのは縁雅と和未を指していることは疑いようもない。
(……どうして私が……)
久遠の言葉は和未を混乱させる一方。
和未の肩に回された縁雅の腕に力がこめられる。
まるで言葉の代わりに。
「縁雅様」
涼成が進み出てくる。
「――ああ。まだ奥にあるな」
ここは、まだ通過点の一つに過ぎないのだと誰もが理解していた。
「恐らく先ほど、かけられた圧のように、この先も相手の策は待ち構えているでしょう」
「それでも進むしかないよな。な、総大将」
あえてなのか玄信が明朗な口調で言う。
縁雅はその言葉へとすぐに返事はせず、前を睥睨していた。
「――行く」
縁雅が端的に言う。
それだけで隊は奮い立つ。
討伐軍は更に進んだ。
奥へ進むほど、歪みは穏やかになる。
まるで”凪”。
荒れてもいない。
抵抗も感じない。
だからこそ、兵たちは危うさに駆られていた。
この整っている状態に油断をしたら一気に寝首を掻かれそうな恐怖。
隊列は揃っていた。
怖いほど正確に。
(違う……)
平常を装うことで観測されている。
こちらの情報を収集し、測られているように和未には思えた。
「うわああ!!」
後方で兵の叫びが響く。
和未が振り返ると、一人の兵が膝まで地面へとめり込んでいた。
地にそこだけ黒い沼が作られたかのように兵は段々と沈んでいく。
「――開けろ」
すぐさま動いたのは縁雅だった。
兵の合間を最短で突っ切っていく。
「左側に核が!」
和未も声を飛ばす。
地に出来た兵が沈んでいく窪みの外縁。
星のように光る針先のような極小の核。
縁雅はその一点へと正確に刀を薙ぐ。
沈みが消える。
兵は引き戻された。
地面へと膝をつく。
「はあ……はあ……」
「大丈夫か?」
両手と両膝を地につけて荒い呼吸を繰り返す兵に、仲間たちが駆け寄った。
「突然、足をとられて……」
「何はともあれ、無事で良かった」
「縁雅様に救われた……」
兵は起き上がりながら、縁雅の背中を目で追いかける。
すでに縁雅は踵を返して隊列の先頭へと戻っていた。
――和未の元へと。
「縁雅様」
「ああ」
縁雅と和未は立ち止まり、前方の同じ場所へと視線を馳せていた。
「どちらか選択しろってか?」
玄信は笑う。
前方には全く同じに見える道が2つ分岐していた。
どちらも繋がっている場所が不明である。
「間違えれば、終わるだろうな」
涼成の声質も硬い。
ふと和未は自分に視線が集まるのを感じた。
「……見ます」
一歩、前に出る。
最初からそのつもりだった。
和未の勘では、どちらに進んでも誤りだと警鐘を鳴らしてきていた。
それは縁雅も同様だった。
「支えが必要なら言え」
「……はい」
縁雅には和未を疑うという選択肢は存在しない。
全面的に信頼されている。
それだけで和未は心強く思う。
(縁雅様の期待に応えたい……)
和未はそっと瞼を閉じた。
五感を研ぎ澄ます。
精神の海がさざ波一つ立たない状態にまで集中力を高める。
そして、目を開く。
濁りのない瞳で、じっと双方の道を見つめた。
(この道は分岐しているわけではない……)
「……どちらも違うようです……」
「何だって?」
和未に対して玄信が疑問を覚える。
「縁雅様、二つの道のちょうど中心点に核があります」
縁雅は紅い瞳で和未の指先が示す場所を辿る。
「俺には何も見えん」
「玄信は黙ってろ」
玄信と涼成が後方で会話を交わしている。
縁雅は和未の意を汲み、和未が示した核を的確に刀で断つ。
途端に双方の道は一つへと重なった。
「嬢ちゃん、どういうわけだ? 何も見えなかったが」
「どちらも違っていたんです。恐らく、あのまま進めば隊ごと呑み込まれていたかと。縁雅様に核を壊していただいたことで、歪みが正され、本来の道が現れたのだと思います」
「へえ。両方、間違いか」
「だから縁雅様は踏み込まなかったのか」
玄信と涼成の言葉を受けながら、ずっと続く頭の疼痛を意識の隅に追いやる。
「すげえ。偽者じゃない。……言葉なしで、あそこまで縁雅様と噛み合うのかよ」
また、あの若い兵が和未に対して、宵の明星のような煌めく眼差しを向けてくる。
「お前は口を閉じてろ」
涼成に注意されて、若い兵はばつの悪い表情を浮かべてはいたが反省はしていないようだった。
感情が先に立ち、本心から縁雅と和未に対して崇めあおいでいる。
余りの純粋な視線と想いをぶつけられて、和未は面映ゆくて俯いた。
「――近いな」
縁雅だけは何事もなかったかのように少しも動じず、ただ状況を見極めて判断する。
開かれた道。
その奥へと縁雅を先頭に隊列は再び進む。
(終点が近いのだわ……)
縁雅の斜め後方を歩きながら、和未は確信する。
上下左右から重い空気で圧迫されているかのようだった。
(え……?)
隊列で動いていたはずなのに、いつの間にか和未は一人で歩いていた。
視界が悪い。
足音も聞こえない。
その場に立ち止まり、ぐるりと視線を周回させる。
誰もいない。
ただ、ただ深い闇があるのみ。
「縁雅様……?」
暗がりに問いかけてみても返事はない。
(ここは、どこ……?)
和未は一人になっていた。



