孤高の鬼神は、嘘つき巫女だけを信じている

 玄信の声が遅れて届く。
 それでも足並みを揃えられない。
 揃え方さえわからない。
 歩幅がばらつく。
 前との距離が縮まらない。
 逆に遠ざかる。
 いつの間にか後ろにいたはずの兵が前にいた。
 列が意味を失っていく。

「空気に引かれるな。合わせろ、縁雅様に!」

 涼成の指示が飛ぶ。
 それも音が外れて全体へ届く。
 兵たちは従う。
 縁雅へと視線を向ける。
 兵も結界巫女も縁雅の背中へと基準を合わせた。
 縁雅の存在だけがこの世界で揺らがない。
 すると、完全ではないが足並みが揃ってくる。

「――和未」
「……はい」

 前だけを見据えている縁雅から和未の名を呼ばれる。
 
「――この場の核、わかるか?」
「……核……ですか?」

 確かに縁雅を指標として隊は前に進んでいる。
 それでも、重力があやふやになった世界を抜けきらない。
 境界の核を断たなければ出口のない迷路のように延々と、彷徨(さまよ)い続けなければいけないのだろう。
 縁雅はこの空間が現世から切り離されていると見抜いていた。

「……やってみます」
「――悪い。和未に任せる」

 縁雅の一言に和未の胸の奥がぎゅっとなる。
 
(縁雅様が私を……)

 不覚にも和未は目許が熱くなった。
 おこがましくても、力不足でも、縁雅に並びたいと願っていた自分を認められた気がして。

「――俺が支えている」

 前だけを見据えていた縁雅が和未の瞳の奥まで射抜くように一瞥する。
 それは、すぐに正面へと戻された。
 今、討伐軍全体の基準は縁雅になっている。
 縁雅が前方から目を離すわけにはいかない。
 それでも縁雅自身の意志を伝えるように和未を見てくれた。

(……核を探す)

 和未は縁雅に手を繋がれながら、視線を走らせた。
 あの境界を越えてから、どこまでも続く暗い歪んだ輪郭の定まらない森。
 まるで水の中にいるかのように、全ての動きに抵抗を感じる。

(……どこにあるの? どこに……)

 焦りが先に立って、視界を曇らせる。
 和未は息を詰めたまま、闇雲に視線を走らせた。

(少しも掴めない……)

「――息を整えろ」

 縁雅の低い声が鼓膜に到達する。

「探すな。すでに見るべきものはある」

 縁雅に和未の意識は引き戻された。
 
(探していた……)

 必死に、目に映るものだけで。
 和未は縁雅に言われた通り、一度、深呼吸をした。
 動いているものを追おうとするから、見つからない。
 留まっている不変の一片(ひとひら)
 揺れているはずの空間で、ほんの僅かな一ヶ所が静止している。
 和未の目線の先はそこへと吸い寄せられた。

「――見えたか?」

 縁雅の問いに答えようとした時、動きが封じられるような圧力が和未を襲った。
 強制的に足が止まる。

「何だ、これは」
「落ち着け!」
「息が出来ない」

 和未だけじゃなく、身体ごと押し潰すような重圧が隊全体にかかっていた。

(……動けない……)

 縁雅に伝えようとしても、圧迫されて唇すら動かせなかった。

「――和未」

 ただ一人、縁雅だけが屈しない。
 身動きがとれないほど、上から押さえつけられる圧の中、和未は縁雅と握られた手を支点にするように力をこめた。
 もう一方の指でどうにか核を指さし、口を開く。
 
「……あの木の手前に固定されている一点が……」

 なけなしの力を振り絞り、縁雅へと伝える。
 縁雅は和未の震える指先が指し示す先へと視線を馳せた。

「――あれか」

 縁雅の緋色の瞳もその淡い一片を捉えたようだ。
 
「少し耐えてろ」

 繋がれていた手を離される。
 と、思った次の瞬間には小さな点のような核の前へと縁雅は移動していて刀が振り下ろされていた。
 音もなく、一閃で核が絶たれる。
 途端に激しい重圧から急に解放された。
 兵たちが、それぞれに息を吐いている。
 和未も膝に力が入れられなくなり、前へと倒れ込んだ。
 
「きゃっ……」

 地面が接近していく。

(まずい……)

 顔面から強打するかと思った直前に前から縁雅の腕が回って強く抱き寄せられていた。

「――助かった」

 縁雅に告げられる。
 今までにないほどの密着した距離に和未は思わず呼吸を止めた。
 縁雅の緋色の瞳は和未を真っ直ぐに見つめている。
 縁雅に抱き締められているような姿勢のまま、和未は身動きがとれずにいた。

『やはり人間側の”核”は、お前たち2人か……』

 久遠の声が響く。
 縁雅は片腕で和未を引き寄せながらも、警戒を崩さない。
 周りの兵たちも構えに入り、神経を尖らせている。 

『どこまでやれるのか見てやろう』

 久遠の言葉はそこで途切れた。
 
(人間側の核……)