(あの男の人は……)
繰り返し彼の死ぬ姿を兆視で見てきた。
国家直属の武力組織・妖討伐軍総大将。
鬼神と畏怖される男。
九鬼縁雅――その人を。
縁雅は和未の存在に気がつくと、紅い瞳で和未を見た。
一瞬だけ視線が交わる。
和未は自然と身体が震えていた。
縁雅は一瞥しただけで和未の横を通り過ぎていく。
(私が討伐軍の総大将に直接話しかけるなんて無礼極まりないわ……。でも、この人は間違いなく死んでしまう……)
和未は意を決したように踵を返した。
「待ってください……!」
思いのほか和未の声が廊下に大きく響く。
廊下に点在していた巫女たちの視線が一斉に縁雅と和未へと集まる。
和未が討伐軍全軍の頂点に立つ鬼神と呼ばれる縁雅へと話しかけたことで青ざめている巫女もいた。
縁雅はゆっくりと和未へ振り返る。
その姿でさえ、絵になっていた。
縁雅の紅い両眼が和未を捕らえる。
(もう後戻りはできない……)
縁雅から放たれる言い知れない圧力に怯みそうになりながらも和未は縁雅へと近づいた。
喉を何かで塞がれているように声を出しにくい。
あの光景が瞼の裏に浮かぶ。
燃え上がる社の下に広がった恐ろしいまでの惨状。
「あなたは……死にます……」
巫女たちは不届きな和未の発言に凍りつく。
和未が縁雅に斬りつけられて、この場で殺されるのではないかと案じた巫女もいた。
けれど、誰も言葉も発さない。
発することができないのだ。
縁雅はそこに佇むだけで周りを緊張させる風格がある。
圧迫感さえ伴う空気の中、縁雅は黙って和未を見下ろしていた。
鋭い双眸が細められる。
「――どうして、そう思う」
縁雅が和未に低い声で問いかける。
何故かもう和未は惑わなかった。
「――見ました……」
ただ真っ直ぐに縁雅に伝える。
「社が崩れて……黒い瘴気が溢れて、大勢の人間が……」
あの惨劇が思い起こされて胃の中のものが迫り上がる感覚が襲う。
「あなたもそこで……」
――死にます……とは言葉を続けられなかった。
(伝えてしまった……)
これからどうなるのかは恐れていたものの、和未に後悔はなかった。
縁雅の美貌は表情を変えずに、ただ和未を見つめている。
息苦しささえ漂う沈黙を打ち破ったのは成り行きを見守っていた一人の巫女だった。
「また、あの“嘘つき巫女“だよ」
「縁雅様にまで伝えるなんてどういうつもり?」
巫女たちから和未を非難する言葉が飛ぶ。
指先が震えても和未は縁雅の紅い両眼から目を逸らさずにいた。
「――そうか」
縁雅は一声そう低く返す。
否定しない。
笑ったりも、馬鹿にしたりもしない。
ただ和未の言葉を受け止めた。
“嘘つき巫女“と呼ばれ、誰も真剣に受け止めない和未の話をただ聞いてくれた。
それも鬼神と呼ばれる妖討伐軍の総大将が……。
和未は胸の奥から何かが広がる感覚がした。
また前へと縁雅は歩き出した。
「待ってください……」
再び呼び止める和未の声を聞き入れるように縁雅は足を止める。
けれど振り返りはしなかった。
「……私の言葉を信じてくれるんですか?」
縁雅の後ろ姿に疑問を投げる。
凛と伸びた背筋。
後ろから見た立ち姿だけでも只者ではない縁雅の威厳が漂っていた。
「お前の言葉だけは――な」
「私の……?」
「結城和未。俺はお前に一度、救われている」
和未は驚いて声を出せなかった。
自分の名前を縁雅が知っていたこともそうだったけれど、何より縁雅の言葉の意味を測りかねて。
「――だから軽くは扱わない」
縁雅は視線だけ振り返る。
縁雅の紅い瞳へと和未の目線の先が奪われた。
「――信じる」
端的な縁雅の言葉。
それでも和未の心を大きく揺さぶった。
和未にとって初めてだった。
和未が兆視巫女となってから、自分の兆視を全く疑わずに受け止めてくれた人は。
縁雅はそのまま歩き去っていく。
一切の躊躇のない背中を和未はずっと見つめ続ける。
やがて、和未が視線を落とした時には廊下へと一粒の涙も落下していた。
(信じて……もらえた……)
兆視を告げるのには勇気がいる。
兆視は万能な予知能力ではない。
断片しか見えない時が多く、いつ発生することなのかもわからない。
解釈を誤る可能性もあって、見えた未来がそのまま起きるとは限らない。
それで和未は一度大きな混乱を招き、”嘘つき巫女”と烙印をおされた。
笑われる。
馬鹿にされる。
”嘘つき”だと揶揄される。
18歳の和未にとって、それらの周囲の反応に傷つかないわけがなかった。
けれど、それよりも信じてもらえないことで誰も救えない無力感のほうが和未には苦痛だった。
だからこそ縁雅の言葉が余計に和未に深く響く。
(世界でたった一人、私の言葉を揺るぎのない眼差しで受け止めてくれた人……)
和未がやることは一つだった。
悪夢のような光景。
縁雅に待っている死。
(絶対にあの未来を変える……)
胸の奥に残る恐怖と、確かな決意を和未は抱えていた。
繰り返し彼の死ぬ姿を兆視で見てきた。
国家直属の武力組織・妖討伐軍総大将。
鬼神と畏怖される男。
九鬼縁雅――その人を。
縁雅は和未の存在に気がつくと、紅い瞳で和未を見た。
一瞬だけ視線が交わる。
和未は自然と身体が震えていた。
縁雅は一瞥しただけで和未の横を通り過ぎていく。
(私が討伐軍の総大将に直接話しかけるなんて無礼極まりないわ……。でも、この人は間違いなく死んでしまう……)
和未は意を決したように踵を返した。
「待ってください……!」
思いのほか和未の声が廊下に大きく響く。
廊下に点在していた巫女たちの視線が一斉に縁雅と和未へと集まる。
和未が討伐軍全軍の頂点に立つ鬼神と呼ばれる縁雅へと話しかけたことで青ざめている巫女もいた。
縁雅はゆっくりと和未へ振り返る。
その姿でさえ、絵になっていた。
縁雅の紅い両眼が和未を捕らえる。
(もう後戻りはできない……)
縁雅から放たれる言い知れない圧力に怯みそうになりながらも和未は縁雅へと近づいた。
喉を何かで塞がれているように声を出しにくい。
あの光景が瞼の裏に浮かぶ。
燃え上がる社の下に広がった恐ろしいまでの惨状。
「あなたは……死にます……」
巫女たちは不届きな和未の発言に凍りつく。
和未が縁雅に斬りつけられて、この場で殺されるのではないかと案じた巫女もいた。
けれど、誰も言葉も発さない。
発することができないのだ。
縁雅はそこに佇むだけで周りを緊張させる風格がある。
圧迫感さえ伴う空気の中、縁雅は黙って和未を見下ろしていた。
鋭い双眸が細められる。
「――どうして、そう思う」
縁雅が和未に低い声で問いかける。
何故かもう和未は惑わなかった。
「――見ました……」
ただ真っ直ぐに縁雅に伝える。
「社が崩れて……黒い瘴気が溢れて、大勢の人間が……」
あの惨劇が思い起こされて胃の中のものが迫り上がる感覚が襲う。
「あなたもそこで……」
――死にます……とは言葉を続けられなかった。
(伝えてしまった……)
これからどうなるのかは恐れていたものの、和未に後悔はなかった。
縁雅の美貌は表情を変えずに、ただ和未を見つめている。
息苦しささえ漂う沈黙を打ち破ったのは成り行きを見守っていた一人の巫女だった。
「また、あの“嘘つき巫女“だよ」
「縁雅様にまで伝えるなんてどういうつもり?」
巫女たちから和未を非難する言葉が飛ぶ。
指先が震えても和未は縁雅の紅い両眼から目を逸らさずにいた。
「――そうか」
縁雅は一声そう低く返す。
否定しない。
笑ったりも、馬鹿にしたりもしない。
ただ和未の言葉を受け止めた。
“嘘つき巫女“と呼ばれ、誰も真剣に受け止めない和未の話をただ聞いてくれた。
それも鬼神と呼ばれる妖討伐軍の総大将が……。
和未は胸の奥から何かが広がる感覚がした。
また前へと縁雅は歩き出した。
「待ってください……」
再び呼び止める和未の声を聞き入れるように縁雅は足を止める。
けれど振り返りはしなかった。
「……私の言葉を信じてくれるんですか?」
縁雅の後ろ姿に疑問を投げる。
凛と伸びた背筋。
後ろから見た立ち姿だけでも只者ではない縁雅の威厳が漂っていた。
「お前の言葉だけは――な」
「私の……?」
「結城和未。俺はお前に一度、救われている」
和未は驚いて声を出せなかった。
自分の名前を縁雅が知っていたこともそうだったけれど、何より縁雅の言葉の意味を測りかねて。
「――だから軽くは扱わない」
縁雅は視線だけ振り返る。
縁雅の紅い瞳へと和未の目線の先が奪われた。
「――信じる」
端的な縁雅の言葉。
それでも和未の心を大きく揺さぶった。
和未にとって初めてだった。
和未が兆視巫女となってから、自分の兆視を全く疑わずに受け止めてくれた人は。
縁雅はそのまま歩き去っていく。
一切の躊躇のない背中を和未はずっと見つめ続ける。
やがて、和未が視線を落とした時には廊下へと一粒の涙も落下していた。
(信じて……もらえた……)
兆視を告げるのには勇気がいる。
兆視は万能な予知能力ではない。
断片しか見えない時が多く、いつ発生することなのかもわからない。
解釈を誤る可能性もあって、見えた未来がそのまま起きるとは限らない。
それで和未は一度大きな混乱を招き、”嘘つき巫女”と烙印をおされた。
笑われる。
馬鹿にされる。
”嘘つき”だと揶揄される。
18歳の和未にとって、それらの周囲の反応に傷つかないわけがなかった。
けれど、それよりも信じてもらえないことで誰も救えない無力感のほうが和未には苦痛だった。
だからこそ縁雅の言葉が余計に和未に深く響く。
(世界でたった一人、私の言葉を揺るぎのない眼差しで受け止めてくれた人……)
和未がやることは一つだった。
悪夢のような光景。
縁雅に待っている死。
(絶対にあの未来を変える……)
胸の奥に残る恐怖と、確かな決意を和未は抱えていた。



