***
討伐軍はその場に留まった。
動けないのではなく、立て直しのためだ。
”引く”のでも”出る”のでもなく、この先に進むために”整える”。
それが先を見越して出来る今の最短で最善の調整だった。
「外縁、五歩後退せよ。結界を維持したまま間を開けろ」
涼成の指示に兵が機敏に動く。
位置が変わるたびに場の圧は僅かに軽くなった。
和未も息がしやすくなる。
先ほどまで空間ごと圧し潰されていたように呼吸の通る感覚すらしなかった。
「――和未」
縁雅が和未に歩み寄る。
「……はい」
その返事が少し掠れてしまった。
「――負担が来ているな」
真っ直ぐに縁雅に案じられ、和未はすぐに返事が出来なかった。
少し間を置いて、頭を小さく二回横に振る。
「……大丈夫です。この身をお守りいただき、ありがとうございました」
「……」
和未は縁雅の目を見られなかった。
頭痛が抜けない。
足元から力を抜いたら倒れそうなくらい疲労が蓄積している。
けれど、大丈夫だと自分を叱咤したら、本当に大丈夫になる気がしていた。
それに明確に縁雅から守られた後に、どんな表情をしていたらいいのか人生経験も積んでいない。
だから言葉を返してこない縁雅の顔を確認できずにいた。
「――無理はするな」
やがて返された端的な一言。
その簡潔さが逆に重い。
(縁雅様は知っている……)
久遠から自分に向けられた他の者とは視線、科白。
そして、それを縁雅が遮ったこと。
(でも、聞けない……)
ここで縁雅に質問すべきものではないと、直感が告げていた。
「総大将」
玄信が縁雅に声をかける。
「久遠が出てきたということは……」
「――ああ。知られているな」
こちらの動きを――と縁雅は言いたいのだろう。
「結界巫女からも話があるそうで」
涼成が結界巫女の一人を連れて、縁雅の元に進み出た。
現在、残っている結界巫女は6人。
その中でも最初から同行している一番経験豊かな一人だ。
「我々結界巫女たちの疲労も限界寸前です。当初より4名が追加されていますが、瘴気の濃さもあり、守りの結界維持すら難しくなってきています。今の時間で回復を優先していますが、長くは持たないでしょう」
結界巫女たちも森が深まるに連れて消耗の度合いが激しいのだろう。
特に和未と共に討伐軍に合流した2名は当初より働きづめで、それが顕著だった。
「――境界は近い」
縁雅が低く落とした一言。
夜明けも近づいてきている。
全員が理解していた。
ここまでとここからは同じ森であっても異なると。
空気が、圧が、何よりも引き返せる感覚がこの場所で途切れていた。
和未は森の奥へと視線の先を向ける。
深い闇の向こう側。
恐らく久遠の本体もいるだろう。
そして、久遠より力を持つ妖も……。
それでも前に進むしかないと、この場にいる誰もが覚悟を決めている。
「再編している間に、一度情報を揃えるか」
珍しく玄信が言い切る。
「手短に頼む」
涼成が縁雅の代わりに玄信に伝える。
「今、出たのは久遠の”本体”ではない」
玄信が軍全体に伝えた。
兵の何人かが息を呑んだ。
「俺も総大将が最後に追わなかった時点まで気づかなかった。総大将は最初から気づいていたんだろう?」
玄信が縁雅へと顔を向ける。
縁雅は何も答えなかった。
けれど、それは無言の肯定なのだと玄信に伝わっているようだ。
玄信と縁雅の付き合いは浅いものではないのだろう。
「それから嬢ちゃんも察していたな」
玄信が今度は和未に注目する。
一斉に自分へと視線が集中したのを肌で感じた。
「……はい……」
和未の返事にまたも兵たちがざわめく。
「嬢ちゃんは、どうしてわかった?」
「……言葉にするのが難しいのですが、久遠という妖の核が探しても見つからず、ずっと、どこか曖昧な重ならない感覚がしていまして……」
和未の科白は不完全だった。
けれど、この場にいる全員が真実を話していると目の当たりにしていた。
縁雅と久遠の戦闘の時に、縁雅は和未の声だけを頼りに動き、久遠に傷を負わせた場面。
いつの間にか、この場にいる人間の誰もが和未が”嘘つき巫女”だと呼ばれていた前提は消失している。
「――以上のことから分体、あるいは干渉体だったと考えるのが妥当だ」
「やっぱり、あんたはすごいな!」
玄信が出した結論の直後に若い兵が場に不釣り合いな声をあげる。
少し遠い位置から和未を真っ直ぐに見つめていた。
先ほど和未に話しかけていた、あの若い兵。
「縁雅様にも先ほど助けていただいて、お礼を言いたかっ……」
若い兵の言葉は涼成の大きな咳払いに阻まれた。
我に返った若い兵はばつが悪そうに自分の配置へと戻る。
玄信は若い兵を咎めることもなく話を続けた。
「恐らく、この先には久遠の本体が待ち構えている」
討伐軍はその場に留まった。
動けないのではなく、立て直しのためだ。
”引く”のでも”出る”のでもなく、この先に進むために”整える”。
それが先を見越して出来る今の最短で最善の調整だった。
「外縁、五歩後退せよ。結界を維持したまま間を開けろ」
涼成の指示に兵が機敏に動く。
位置が変わるたびに場の圧は僅かに軽くなった。
和未も息がしやすくなる。
先ほどまで空間ごと圧し潰されていたように呼吸の通る感覚すらしなかった。
「――和未」
縁雅が和未に歩み寄る。
「……はい」
その返事が少し掠れてしまった。
「――負担が来ているな」
真っ直ぐに縁雅に案じられ、和未はすぐに返事が出来なかった。
少し間を置いて、頭を小さく二回横に振る。
「……大丈夫です。この身をお守りいただき、ありがとうございました」
「……」
和未は縁雅の目を見られなかった。
頭痛が抜けない。
足元から力を抜いたら倒れそうなくらい疲労が蓄積している。
けれど、大丈夫だと自分を叱咤したら、本当に大丈夫になる気がしていた。
それに明確に縁雅から守られた後に、どんな表情をしていたらいいのか人生経験も積んでいない。
だから言葉を返してこない縁雅の顔を確認できずにいた。
「――無理はするな」
やがて返された端的な一言。
その簡潔さが逆に重い。
(縁雅様は知っている……)
久遠から自分に向けられた他の者とは視線、科白。
そして、それを縁雅が遮ったこと。
(でも、聞けない……)
ここで縁雅に質問すべきものではないと、直感が告げていた。
「総大将」
玄信が縁雅に声をかける。
「久遠が出てきたということは……」
「――ああ。知られているな」
こちらの動きを――と縁雅は言いたいのだろう。
「結界巫女からも話があるそうで」
涼成が結界巫女の一人を連れて、縁雅の元に進み出た。
現在、残っている結界巫女は6人。
その中でも最初から同行している一番経験豊かな一人だ。
「我々結界巫女たちの疲労も限界寸前です。当初より4名が追加されていますが、瘴気の濃さもあり、守りの結界維持すら難しくなってきています。今の時間で回復を優先していますが、長くは持たないでしょう」
結界巫女たちも森が深まるに連れて消耗の度合いが激しいのだろう。
特に和未と共に討伐軍に合流した2名は当初より働きづめで、それが顕著だった。
「――境界は近い」
縁雅が低く落とした一言。
夜明けも近づいてきている。
全員が理解していた。
ここまでとここからは同じ森であっても異なると。
空気が、圧が、何よりも引き返せる感覚がこの場所で途切れていた。
和未は森の奥へと視線の先を向ける。
深い闇の向こう側。
恐らく久遠の本体もいるだろう。
そして、久遠より力を持つ妖も……。
それでも前に進むしかないと、この場にいる誰もが覚悟を決めている。
「再編している間に、一度情報を揃えるか」
珍しく玄信が言い切る。
「手短に頼む」
涼成が縁雅の代わりに玄信に伝える。
「今、出たのは久遠の”本体”ではない」
玄信が軍全体に伝えた。
兵の何人かが息を呑んだ。
「俺も総大将が最後に追わなかった時点まで気づかなかった。総大将は最初から気づいていたんだろう?」
玄信が縁雅へと顔を向ける。
縁雅は何も答えなかった。
けれど、それは無言の肯定なのだと玄信に伝わっているようだ。
玄信と縁雅の付き合いは浅いものではないのだろう。
「それから嬢ちゃんも察していたな」
玄信が今度は和未に注目する。
一斉に自分へと視線が集中したのを肌で感じた。
「……はい……」
和未の返事にまたも兵たちがざわめく。
「嬢ちゃんは、どうしてわかった?」
「……言葉にするのが難しいのですが、久遠という妖の核が探しても見つからず、ずっと、どこか曖昧な重ならない感覚がしていまして……」
和未の科白は不完全だった。
けれど、この場にいる全員が真実を話していると目の当たりにしていた。
縁雅と久遠の戦闘の時に、縁雅は和未の声だけを頼りに動き、久遠に傷を負わせた場面。
いつの間にか、この場にいる人間の誰もが和未が”嘘つき巫女”だと呼ばれていた前提は消失している。
「――以上のことから分体、あるいは干渉体だったと考えるのが妥当だ」
「やっぱり、あんたはすごいな!」
玄信が出した結論の直後に若い兵が場に不釣り合いな声をあげる。
少し遠い位置から和未を真っ直ぐに見つめていた。
先ほど和未に話しかけていた、あの若い兵。
「縁雅様にも先ほど助けていただいて、お礼を言いたかっ……」
若い兵の言葉は涼成の大きな咳払いに阻まれた。
我に返った若い兵はばつが悪そうに自分の配置へと戻る。
玄信は若い兵を咎めることもなく話を続けた。
「恐らく、この先には久遠の本体が待ち構えている」



