***
和未は夜営地の後方、身体を休めている兵の並ぶ端で自分も腰を落としていた。
ただ、膝を両手で抱えてじっと座っているだけ。
(私が動いていれば、縁雅様に余計な心配をかけてしまう)
どこを見るわけでもなく、うつろに視線を這わせる。
休もうとすればするほど休めず、蓄積された疲労が和未にのしかかっていた。
「身震いが止まらない」
「風がどうもおかしいよな」
兵たちが会話を交わし合っている。
今は決して夜の帳が降りても寒い季節ではない。
これから待ち受けている出立に備えての武者震いなのか、森の奥から押し寄せる干渉が悪寒を誘うのか。
和未は結界の流れに目線を馳せた。
押し返していたはずの干渉の流れ方が変化を見せている。
なだれ込むような強さへと。
結界で阻み切るのは時間の問題だろうと和未にも察することが出来た。
「――動く」
涼成の傍で縁雅の声が落ちた。
縁雅の一言だけで夜営地全体が奮い立つ。
休息していた兵たちが一斉に立ち上がり、中央へと向かっていく。
和未も遅れながら続いた。
「配置につけ」
「外縁は維持せよ。戻りの導線を確保」
涼成と玄信が指示を飛ばし兵が素早く動いていた。
今度は3人だけではなく、多勢での進軍となる。
夜営地は完全に畳まず、負傷兵と維持要員の少数が留まり、結界も最低限保たれた。
隊列が揃う。
縁雅を先頭に列が延びる。
兵、結界巫女、玄信、最後尾に涼成。
和未には縁雅のすぐ後方に前衛とともに備えるよう指示がある。
無駄のない配置だった。
(出立した全員でここに帰ってこられるのかしら……)
希望的観測をもてないことは和未にもわかる。
兆視で見ていなかったとしても。
過酷という言葉だけで括れないほど、死と隣り合わせの出立。
それでも僅かの希望に縋らなければ、足元が竦んで動けなくなりそうだった。
「――離れるな」
振り向いた縁雅が和未だけに聞こえる吐息交じりの声で告げる。
どくどくと遅れて脈打つ鼓動。
「……はい」
和未は顔を朱色に染め上げながら小さく返答した。
火の明かりを背後に残し、討伐軍は夜営地を離れる。
まだ森の夜は深い闇に閉ざされていた。
兵たちは松明を掲げ、祓火の明かりが結界とともに瘴気を押し退けている。
複数人の足音が静かな森に響く。
呼吸が揃い、誰も余計な言葉を発しない。
進むにつれて外界と隔離していく。
前へ、奥へと。
進むたびに湿り気が増す風。
その風に何かが混じり重みを孕んで、不快さを誘って肌を撫でていた。
(……兆視……)
視界が映し出す森の様子とずれのある場所が断片的に和未の脳に映写される。
「縁雅様……」
毅然とした足取りで前を行く縁雅に和未は声をかけた。
歩みを止めないまま、縁雅は目線だけで和未に振り返る。
「この少し先に空間の綻びがあります。裂け目のような形で……」
「――わかった」
端的な了承だけで再び前を向く。
一見そっけない対応に誰の目にも感じられる。
けれど、和未は縁雅に受け止めてもらえているんだと疑わなかった。
それを証明するかのように、縁雅が静かに歩みを止める。
縁雅に合わせて進んでいた隊列も乱れずに停止した。
「割と大きいな」
「――ああ」
後方から歩み寄ってきた玄信が立ち止まった縁雅に声をかける。
空間を切り裂かれたかのように黒く穴が開いていた。
森の闇に沈む中だと判別するのが難しい大きな綻び。
「――俺が消してもいいが」
「わかってる。この大きさと深さだと総大将に消されても瘴気の散りが舞って危険だ」
玄信が手を上げた合図で結界巫女2人が前に出てくる。
残りの結界巫女に守りは任せ、綻びを繕うために詠唱し始めた。
その間、討伐軍は静止状態となる。
「こんな罠みたいなものもあるのか。恐ろしいね」
玄信は笑い飛ばすように言いながらも、瞳は真剣だった。
「闇に乗じて見えにくいからな」
状況を確認するために前に出てきた涼成も同意する。
隊列が止まっている間に和未は静かに息遣いを整えていた。
僅かな兆視でも負担はかかり、足場の悪い中を歩き詰めて体力も消耗している。
(……もしかして縁雅様が自分で綻びを消さなかったのは、私を少しでも休ませるため……?)
和未は玄信と涼成に挟まれている縁雅の背へと視線を投げた。
躊躇いなく前へと進む背中。
討伐軍に合流してから、ぶれることのない縁雅を追い続けていると和未は改めて思う。
不意に縁雅が振り向く気配がして、慌てて視線を下方へと修正する。
(縁雅様を無遠慮に見つめていたのが、露呈したかもしれない……)
のぼせそうなほど和未の顔は熱かった。
結界巫女により繕いの作業が完了し、討伐軍は再び奥へと進む。
先ほど整えた綻びの先は、明らかに質が変わっていた。
――重い。
どことなしに付きまとう不快感に気づいていたのは和未だけではなかった。
「全員、前との間隔を詰めろ」
後方から玄信の指示が飛ぶ。
隊列の密度が増した。
和未は夜営地の後方、身体を休めている兵の並ぶ端で自分も腰を落としていた。
ただ、膝を両手で抱えてじっと座っているだけ。
(私が動いていれば、縁雅様に余計な心配をかけてしまう)
どこを見るわけでもなく、うつろに視線を這わせる。
休もうとすればするほど休めず、蓄積された疲労が和未にのしかかっていた。
「身震いが止まらない」
「風がどうもおかしいよな」
兵たちが会話を交わし合っている。
今は決して夜の帳が降りても寒い季節ではない。
これから待ち受けている出立に備えての武者震いなのか、森の奥から押し寄せる干渉が悪寒を誘うのか。
和未は結界の流れに目線を馳せた。
押し返していたはずの干渉の流れ方が変化を見せている。
なだれ込むような強さへと。
結界で阻み切るのは時間の問題だろうと和未にも察することが出来た。
「――動く」
涼成の傍で縁雅の声が落ちた。
縁雅の一言だけで夜営地全体が奮い立つ。
休息していた兵たちが一斉に立ち上がり、中央へと向かっていく。
和未も遅れながら続いた。
「配置につけ」
「外縁は維持せよ。戻りの導線を確保」
涼成と玄信が指示を飛ばし兵が素早く動いていた。
今度は3人だけではなく、多勢での進軍となる。
夜営地は完全に畳まず、負傷兵と維持要員の少数が留まり、結界も最低限保たれた。
隊列が揃う。
縁雅を先頭に列が延びる。
兵、結界巫女、玄信、最後尾に涼成。
和未には縁雅のすぐ後方に前衛とともに備えるよう指示がある。
無駄のない配置だった。
(出立した全員でここに帰ってこられるのかしら……)
希望的観測をもてないことは和未にもわかる。
兆視で見ていなかったとしても。
過酷という言葉だけで括れないほど、死と隣り合わせの出立。
それでも僅かの希望に縋らなければ、足元が竦んで動けなくなりそうだった。
「――離れるな」
振り向いた縁雅が和未だけに聞こえる吐息交じりの声で告げる。
どくどくと遅れて脈打つ鼓動。
「……はい」
和未は顔を朱色に染め上げながら小さく返答した。
火の明かりを背後に残し、討伐軍は夜営地を離れる。
まだ森の夜は深い闇に閉ざされていた。
兵たちは松明を掲げ、祓火の明かりが結界とともに瘴気を押し退けている。
複数人の足音が静かな森に響く。
呼吸が揃い、誰も余計な言葉を発しない。
進むにつれて外界と隔離していく。
前へ、奥へと。
進むたびに湿り気が増す風。
その風に何かが混じり重みを孕んで、不快さを誘って肌を撫でていた。
(……兆視……)
視界が映し出す森の様子とずれのある場所が断片的に和未の脳に映写される。
「縁雅様……」
毅然とした足取りで前を行く縁雅に和未は声をかけた。
歩みを止めないまま、縁雅は目線だけで和未に振り返る。
「この少し先に空間の綻びがあります。裂け目のような形で……」
「――わかった」
端的な了承だけで再び前を向く。
一見そっけない対応に誰の目にも感じられる。
けれど、和未は縁雅に受け止めてもらえているんだと疑わなかった。
それを証明するかのように、縁雅が静かに歩みを止める。
縁雅に合わせて進んでいた隊列も乱れずに停止した。
「割と大きいな」
「――ああ」
後方から歩み寄ってきた玄信が立ち止まった縁雅に声をかける。
空間を切り裂かれたかのように黒く穴が開いていた。
森の闇に沈む中だと判別するのが難しい大きな綻び。
「――俺が消してもいいが」
「わかってる。この大きさと深さだと総大将に消されても瘴気の散りが舞って危険だ」
玄信が手を上げた合図で結界巫女2人が前に出てくる。
残りの結界巫女に守りは任せ、綻びを繕うために詠唱し始めた。
その間、討伐軍は静止状態となる。
「こんな罠みたいなものもあるのか。恐ろしいね」
玄信は笑い飛ばすように言いながらも、瞳は真剣だった。
「闇に乗じて見えにくいからな」
状況を確認するために前に出てきた涼成も同意する。
隊列が止まっている間に和未は静かに息遣いを整えていた。
僅かな兆視でも負担はかかり、足場の悪い中を歩き詰めて体力も消耗している。
(……もしかして縁雅様が自分で綻びを消さなかったのは、私を少しでも休ませるため……?)
和未は玄信と涼成に挟まれている縁雅の背へと視線を投げた。
躊躇いなく前へと進む背中。
討伐軍に合流してから、ぶれることのない縁雅を追い続けていると和未は改めて思う。
不意に縁雅が振り向く気配がして、慌てて視線を下方へと修正する。
(縁雅様を無遠慮に見つめていたのが、露呈したかもしれない……)
のぼせそうなほど和未の顔は熱かった。
結界巫女により繕いの作業が完了し、討伐軍は再び奥へと進む。
先ほど整えた綻びの先は、明らかに質が変わっていた。
――重い。
どことなしに付きまとう不快感に気づいていたのは和未だけではなかった。
「全員、前との間隔を詰めろ」
後方から玄信の指示が飛ぶ。
隊列の密度が増した。



